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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第二章
18/226

ご祝儀


前回は8800PVでした。ありがとうございます。


……この調子だと、次回は目標達成かも?(期待感)


【お詫び】


具房の官位を誤って『侍従』としていましたが、上洛時に『左近衛少将』になっていました。すみません。


また、会話文に英語が混ざっていました。多くの皆様に誤りを指摘していただきました。ありがとうございます。たまにこんなポカをやるので、『ここがおかしい』と思ったら通報していただけると嬉しいです。


 



 ーーーーーー




 信長は思考停止状態からなんとか復帰を果たした。あまりの驚きでそうなってしまったのだが、なんとか気を持ち直したのだ。驚きが収まると、代わって疑問が湧く。


「早すぎないか?」


 そう。早すぎるのだ。念のため、信長は恒興に確認をとる。


「勝三郎。羽林殿は、桶狭間の戦勝祝いに参ったのだな?」


「はっ。その通りです」


「……早い」


 信長は唸る。情報が早すぎる。具房の所領は北伊勢。尾張からはたしかに近い。また大名というわけでもなく、比較的身軽な立場にいることも知っている。だが、それにしても早い。


 別件で使者を送ったところ、たまたま桶狭間のことを知ったのなら話は通じる。だが、恒興はたしかにこう言ったのだ。具房自身が来たと。次期当主が使者になる用事などまず考えられない。そうなれば、ある恐ろしい可能性が浮かぶ。


(知っていた?)


 敵の半数以下しかいない織田軍が、数倍の今川軍を破るなどこの世の誰も考えない。だがそうでなければ戦勝を前提として動くはずがないのだ。


(羽林殿。そなたは魔か鬼か……?)


 もし織田軍の勝利を予見して動いていたというなら、具房の軍才に戦慄するばかりである。


「殿。いかがなさいますか?」


「もちろん会う」


 恒興の問いに信長は即答する。何はともあれ、具房は南を任せると誓った盟友だ。その軍才は敵に回すと恐ろしいが、味方であれば心強い。


(そのために引き留めなければな)


 信長は北畠家との関係を強固にしようと改めて決意した。さしあたっては今回の会談を成功させねばならない。出来る限りのもてなしをしようと誓った。


「ーーというわけだ。お市、話は後でな」


「は、はい……」


 何か決然とした表情となった信長に言われ、お市は反射的に首肯した。信長は満足気に頷くと、すぐに部屋を出て行く。


「あっ! 兄上。話はまだーー」


 お市はつい頷いたものの、話はまだ終わってないことに気づいて呼び止めようとする。だが、廊下に信長の姿はなかった。


 妹(お市)を置き去りにして信長は身なりを整える。そして具房が待っている部屋に入った。


「羽林殿。自ら申し訳ない」


「いや、海路を使えばすぐですよ。むしろ、尾張守様が自らお出迎えいただき恐縮する次第です」


 部屋に入ると信長は営業スマイルと疑いたくなる笑みを浮かべていた。しかし、これはそんなものではない。普通に笑っているだけだ。具房もまた笑顔になって応える。


「勝三郎から話は聞いた。桶狭間での戦勝祝いらしいな」


「ええ。倍以上の敵に大勝した。きっと後世にも長く語り継がれるに違いないでしょう」


「あれはいくつもの奇跡が重なったものだ」


「結果がすべてですよ。それに、運も実力のうちともいいます」


「であるか……」


 信長は言葉を吟味するように瞑目する。具房の言葉から事情を推し量ろうとしたのだが、ありきたりなことを言っているだけで、よくわからない。やはり斬り込むしかないのか、と信長は腹を括った。


「ところで羽林殿。本日は戦勝祝いとのことだが、どこでそれを知ったのだ?」


「最初からです」


「なに?」


「ですから、最初からそうなると読んでいました」


 この答えに信長は目を見開く。桶狭間の戦いはどう考えても織田が勝つとは思えないからだ。当事者の自分でさえあれは奇跡だと思っている。それ以外の何物でもない。各個撃破を目指して、比較的小勢な敵を攻撃した。しかし、それでさえ織田軍より倍近くいたのだ。


 たまたま、雨が降らなければ。


 たまたま、攻撃した小勢が今川義元率いる本隊でなければ。


 たまたま、千秋季忠と佐々政次が独断で今川軍に攻撃をしかけなければ。


 いくつもの『たまたま』が重なって桶狭間の勝利は成った。それを、奇跡を、具房は予測していたというのである。


「……なぜ?」


「え?」


「なぜ、我らが勝つと考えたのだ?」


 信長はその理由が知りたいという純粋な欲求に駆られ、訊ねた。これに具房はしばし思案顔となるも、結局は口を割った。


「それはまず、今川軍が愚かであったからですね」


「愚か? 海道一の弓取りが愚かだったと?」


「はい」


 具房は断言する。ならば義元のどこが愚かなのかという疑問が浮かぶ。これに対して、具房は逡巡することなく断じた。


「彼には戦略がなかった」


 と。


「戦略……?」


「そう。戦略です。彼の動きを見るに、目標は尾張の制圧であったように思います。しかし、どのように尾張を制圧するのかという具体的な動きを描けていない」


 具房は今川軍の動きからそのように分析する。義元は大高城救援に一万の軍を投入する一方、沓掛城の救援も目指した。この時点で、織田軍が打って出る可能性はまったく考えていなかったことがわかる。


「このような希望的観測に基づいた用兵は愚の骨頂。結果は言わずもがなですね」


 二兎を追う者は一兎も得ずーーその典型例だと具房は嗤った。


「ならば、どうすればよかったのだ?」


「状況を想定した作戦計画を立てるべきですね」


 具房が考えたケースは三つ。


 一、大高城を全軍で救援する。


 二、大高城を救援し、別働隊を沓掛城に置いて牽制する。このうち、多勢な方に義元がいること。


 三、大高城の救援は見せかけ。本命は出撃してくる織田軍の撃滅。


「このうち、一とそれ以外は対立しますが、二と三は併用が可能です。双方、連絡を密にする必要はありますが」


「むむ……」


 信長はそれぞれのケースで自軍の動きを考える。だが、対抗する手立ては思いつかない。そう考えると具房が言ったように、義元の計画は杜撰であったように思える。完全に相手のミスに助けられた形だ。


「だが、それでも我が勝つという保障はないぞ?」


 義元にはミスがあったが、それを信長が上手く突けなければ敗れることに変わりはない。しかし具房は信長の勝利を予見して動いた。それはなぜなのか、と信長は問う。それに、具房は苦笑を返す。何をわかりきったことを、といわんばかりに彼は答えた。信長をはっきり見据えながら、


「西へ向かう(天下をとる)人物が、このようなところでこけるわけがないですから」


 と言った。それは信頼であり、激励であり、挑発でもある。やると言ったからにはやって見せろーーそんな具房の意図を、信長は正確に受けとった。彼の口元が弧を描く。面白い、と。


「あっ、それで本来の案件ですがーー」


「むっ。そうだったな……」


 具房が本来の用件を思い出して声を上げる。信長も桶狭間についての疑問ですっかり忘れていた。


「それについては家臣たちも交えた場で行おう」


 主だった家臣たちが集まるのは翌日とのことなので、具房は清洲にしばし逗留することになった。その夜はささやかな宴会が開かれ、信長に手厚いもてなしを受けた。


 翌日。具房は清洲城の広間にいた。そこで改めて信長に挨拶をする。


「よく参られた、羽林殿」


「尾張守様におかれましてはこの度、桶狭間にて大勝されたこと、心よりお喜び申し上げます。ささやかなものですが、お納めください」


 具房の口上とともに、彼の部下がご祝儀を運んでくる。評定の間はどよめきに包まれる。それも無理からぬことだろう。具房のご祝儀は品数はそれほど多くないが、とても豪華だったからだ。


 伊勢産の絹織物


 伊勢産の真珠(淡水)


 と、金銀よりも目を引く品物があった。これには信長も目を丸くする。


「羽林殿。これは?」


「我が領内で産出した真珠と、同じく領内で生産された生糸で織られた織物です」


「素晴らしい……お心遣い、痛み入る」


「いえ」


 具房は生産体制が整い次第、販売するつもりだ。なので、これはお祝いといいつつ実は商品の売り込みだったりする。いわばサンプル供与だ。尾張は津島があったりと経済的に豊かなので、お得意様になってくれると見込んでいた。具房にも利益がある話なので感謝されると少し申し訳なくなる。


 お礼は物理的に(お金で)お願いします。


 そう茶化したくなるが、ここは正式な場なので黙っておく。


「ところで、その紙は何だ?」


 真珠や絹織物に驚くなか、信長は一枚の紙に目をつけた。


「目録にございます」


 具房はすぐさま答える。にやり、と心のなかでほくそ笑みながら。


(さあ、ここからが本番だ)


 本日のビックリタイム(真)である。具房はそのときを待つ。はたしてそのときがやってきた。


「う、羽林殿。この市江島というのは、海西郡のことか?」


 信長が少し震えた声で訊ねる。主君の言葉に、織田家の家臣たちも騒ついた。これに対し、具房は鷹揚に頷く。


「はい。服部左京進(友貞)は今川方についておりました。ゆえに軍を発し、これを制圧した次第」


 おおっ、と場がどよめく。織田家にとって津島が生み出す金は、軍事力を支える大切な柱だ。それを脅かしていたのが海西郡の市江島に勢力を持つ豪族、服部左京進だった。常に反抗し、信長を悩ませている。その根拠地を奪取したのだ。友貞の再起は難しい。


 具房は服部左京進が桶狭間の戦いで今川に味方することを知っていた。自ら軍を率いて参戦するということも。彼の所領である市江島は川に挟まれた輪中地帯であり、攻めるのが難しい。だが、奇襲なら比較的容易に落とすことができる。だから桶狭間の戦いが起きる直前に権兵衛たちを動かし、占拠させた。


「尾張のものは尾張守のもの。ゆえに返上いたします」


 それが最大のご祝儀だった。信長は具房に何度も感謝を述べる。家臣たちも同じだ。東からやってきた大敵を打ち破ったかと思えば、獅子身中の虫ともいうべき服部左京進が排除されたのだから。織田家にとって、これほど喜ばしいこともない。


 具房の狙いは市江島を織田家に割譲することにより、同家の反北畠派を沈黙させることだった。なぜ市江島かといえば、ここは尾張国に属する。そこを尾張守(信長)に渡すーー何か問題がありますか? と言い訳が立つからだ。


 また、割譲するのは服部左京進が支配していた場所のみで、他は北畠の領地とする。この辺りは国境が曖昧なので、それを確定させるという意図もあった。誓詞を交わし、決着をつける。そのような条件つきながら、市江島を割譲すると提案したのだ。もちろん信長は快諾し、市江島は割譲され、伊勢と尾張の国境が確定することとなった。


 具房の狙い通り、これで北畠家との同盟に表立って反対する織田家臣はいなくなった。また、具房は一向宗が潜在的な脅威であるとしてここを押さえておくように進言。信長も了承し、弟である織田信興に城(古木江城)を築かせ、滝川一益を与力につけた。


「大成功だな」


 帰路、具房は鳥羽水軍の船に揺られながら満足気に呟いた。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] パターンではなく方策とかがいいかな
[気になる点] 「ならば、どうすればよかったのだ?」 「いくつかのパターンに分けて作戦計画を立てるべきですね」 「ぱたーん…?」
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