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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十三章
177/226

阿波の状況

 



 ーーーーーー




 到着早々、具房は左近と阿波の状況について報告を受けていた。


「このところ戦が続き、民は疲弊しております」


「報告は受けた。兵を集めるのも大変だったそうだな」


「はい。食糧を与えることでどうにか集めましたが、士気は低いです」


 申し訳ありません、と謝る左近に対して、具房は気にするなと言う。阿波のーーというより、三好家の領土が悲惨であることはわかっていた。そもそも三好家衰退のきっかけを作ったのは他ならぬ具房である。彼らが畿内にやって来る度にボッコボコにして海へと叩き返していた。その間に長宗我部家が力をつけ、度重なる畿内への出兵で疲弊していた三好家に襲いかかったのだ。むしろ、よく保ったものである。


 度重なる戦争(しかも負け戦)によって阿波や讃岐の男子人口は減少していた。村々には後家が多数いるという。ここで更に男手を出せというのだから、抵抗されるのは当然といえる。無理矢理出させることもできたが、左近は不足している食糧を提供することで円満に解決した。


「苦労をかけるな。だが必要なことなのだ。許してくれ」


「承知しております」


 左近が上手くまとめたが、普通ならこんな状態で徴兵はしない。対応を誤れば領民が反抗するからだ。それでもやったのは、止むに止まれぬ事情があるからである。


 四国は西に毛利、九州勢という仮想敵が存在するため、統治にあたっては軍備を最優先にしていた。このうち、特に警戒しなければならないのが毛利だ。彼らは瀬戸内海西部の制海権を握っている。これはいつでも伊予へ上陸が可能ということだ。しかも毛利は五万くらいは平気で動員してくる。伊勢から救援を送るにしても時間がかかるため、彼らに対抗するためには四国でも早急に軍を整えなければならなかった。無茶な動員にはそういう背景があったのである。


「しばらくは基礎訓練をやりつつ、兵士の慰撫を行なっていきます」


 一年くらいすれば実戦投入もできる部隊にする、と左近は明言した。できるのか? とは訊かない。彼の手腕は信頼している。だから具房は頼むぞ、とだけ言った。


「しかし、食糧で話がまとまるということは、かなり厳しいのだな」


「やはり相次ぐ戦災で農業生産が滞ったことが響いています」


 場所によれば、この冬には餓死者が出かねないという。


「それは拙いな」


「開発計画のなかに甘藷サツマイモの栽培がありましたが、それも待っていられない状況です」


 事態はかなり切迫している。これを聞いた具房は、左近にある依頼をした。


 そして後日。一宮城には大勢の村人が集まっていた。彼らはただの村人ではない。村の顔役ーー平たくいえば村長である。阿波の村長が勢揃いしていた。呼んだのは左近であるが、その裏に具房がいるのは言うまでもないだろう。


 集められた村長たちは顔見知りごとにグループを作り、あれこれ話し合っていた。話題はほぼ同じ集められた目的についてだ。


「また兵を出せってか?」


「ふざけるな。こっちは田植えに収穫にと、どれだけ苦労してると思ってるんだ」


「食い物をくれたのはありがたかったが、これ以上は辛いぞ」


 などなど、否定的な発言ばかりが出てくる。それが民衆の本音だった。集まってあーだこーだ言っているうちに、人々はテンションが上がる。デモ行進で一部が暴徒化した、みたいな感じだ。さすがにそんなことをすれば殺されてしまうので、そこまではしない。ただ、責任者にガツンと言ってやる! みたいな空気になっていた。


 喧騒を吹き散らすように太鼓の音が響く。偉い人が来るという合図だ。しかし、それで喧騒が止むことはない。むしろ敵が来た、みたいな感じで気炎を上げている。ガヤガヤと騒がしいなか、左近と具房が現れた。


「おい、島様の隣にいるのは誰だ?」


「甥っ子か?」


「若いからご子息かもしれんぞ」


 具房の姿を見た村長たちが別の意味で騒がしくなる。あいつ(具房)は誰だ? と。具房は1547年、左近は1540年生まれで、年齢はそれほど離れていない。それでも子どもじゃないかと間違われるのは、左近が髭もじゃの老け顔であるのに対して、具房は髭もなく若々しい顔をしているからだ。


 騒めきは二人が着座したことでさらに大きくなる。なぜなら、左近を差し置いて具房が上座に座ったからだ。あいつは何者だと、騒ぎがますます大きくなる。その答えはすぐに示された。


「こちらは阿波を領する北畠左大臣である!」


 瞬間、場は水を打ったように静かになる。左大臣といえば朝廷でとてつもなく偉い人だ。それくらいは民衆も知っている。村長たちは黙って平伏した。


(朝廷権威って凄えな)


 具房も予想以上の効力にびっくりである。だが、これから話す身としては静かになってくれて嬉しかった。別に学校の先生のように「皆さんが静かになるまで何分かかりました〜」といびるつもりはない。それでも黙ってくれると声が通る。


「さて、今日は皆に話がある」


「何でしょう? これ以上、兵は出せませんが」


 機先を制するように前の方にいた村長が言う。うんうんと周りも頷いていた。具房は安心させるように、兵は十分だと答える。


「その方らも大変ななか兵を出してくれて感謝するぞ」


 と、具房は感謝を伝えた。その言葉が聞こえていた村長たちは目を瞬かせる。偉い人に感謝されるという経験は、彼らにとって初めてだった。まあ、下の者が上の者に奉仕するのは当然、という世界なので無理もない。むしろ具房が異端なのだ。


「それで、だ」


 戸惑う村長たちの意識をこちらに向けさせるべく、具房は話題を変える接続詞を挟んだ。狙い通り、具房に注意が向けられる。無数の視線を感じつつ、具房は今回の目的を告げた。


「相次ぐ戦禍によって諸君らは大きな被害を受けたと聞く。日々の食にも困っているとか。ならば領主として、皆を助けたいと思う。帰りに村の場所と人数を伝えてほしい。そうすればなるべく早く、二人につき一石の五穀を届けさせよう」


 村長たちの前でそう宣言した。一石は成人ひとりが一年に食べる米の量に相当する。二人につき一石なので半年分だが、それでも困窮する村にとってはありがたかった。


「本当に!?」


「ありがたい!」


「北畠様!」


 人が多いので全員に周知されるまで時間がかかったが、全員が知る前に大歓声が湧き起こった。そんなことをする領主はいなかったのだから当然だ。具房の宣言を聞いた村長たちは不満など吹き飛び、満足そうに帰っていく。嬉しい土産ができたと喜んでいた。


「かなりの量だな」


 夜。文官が集計した要求量を見て、具房は苦笑していた。二人につき一石ということだが、人間の性として多目に申請する。もらえるものはもらっておけ、の精神だ。まあ、伊勢の食糧事情が苦しいわけでもなく、最初から多く申請されることは織り込み済みだ。


「運べますか?」


「難しくない」


 船は通商で忙しいが、有事に備えていかなるときも一個兵団を運べる輸送船はプールされている。それを転用すればいい。長島から送れば問題なく届くはずだ。輸送は港までで、そこからは村人たちが受け取って運ぶことになっている。家臣のなかにはこんなことやらなくてもという声もあったが、むしろこの程度で民心が得られるなら安いものだ。


「むしろ大変なのはここからだぞ」


「わかっております」


 最低限の軍備は整え終わった。次に何をするのかといえば、行政機構の整備である。徴兵制度の基礎となる戸籍の作成、検地に庁舎の建築もやらなければならない。


「伊予の権兵衛殿が、またやるのかと嘆いておりました」


「散々手伝わせたからな。だが、あいつはずっと長島にいたのだ。腕が鈍っていないことを証明してもらおう」


 とは言うものの、実際にやるのは下級の官僚たちで、権兵衛などはその監督だ。昔よりは楽なはずである。


「それに合わせて渭津に城を築き、町を整備しよう」


 一宮城は内陸にあるため少し不便だった。そこで具房は渭津ーー現在の徳島市に城を築き、新たな拠点にすると決める。ある種の公共工事であり、こちらも困窮する人々を救済することが目的だ。


「金がかかりますな」


「そうだが、いくらかはこちらに返ってくるさ」


 近場には売店や食堂などができるが、これらは具房の息がかかっている。そこで使われた金は具房のところに帰ってくるわけで、工事費=損失というわけではなかった。


 そんな見込みがあるとはいえ、じゃあ好きに使えということにはならない。金は無限に出てくるわけではないので、少しでも安く上げたかった。金がかかるのは城だけではないのだ。


「近くの城から石垣などを運んで、材料費をなるべく抑えてくれ」


「その方がいいですな」


「他にも治水事業とか港湾の整備とか、金がかかるものがあるからな」


 城は一部を移築することで安くできるが、これらはそうもいかない。ある意味、城を作る以上の金食い虫であった。


「当分、退屈はしなさそうですな」


「それなら構わんが、敵が攻めてきたときのために、自分が居なくても問題ないよう調整することを忘れるなよ」


 左近に限って問題ないとは思うが、万が一もある。念のために具房は釘を刺しておいた。阿波、讃岐、土佐では相次ぐ戦争により大きなダメージを受けている一方、伊予は豪族の争いに終始していたため他の三国と比べれば被害は少ない。結果、当面の主力は伊予兵団となる。伊予に権兵衛、藤堂房高、岸茂勝の三人を配したのは、伊予兵団を効率的に運用するためだ。これが機能不全に陥れば四国防衛が瞬く間に崩壊する。だから豪華な面子になっているのだ。


「承知しております」


 気を悪くすることなく、左近は頷いた。バックアップに入る自分たちの重要性を認識しているからこそ、内政に注力しすぎないようにとの忠告を素直に受け入れる。


 翌日から具房は阿波各地を視察して回った。渭津城の築城予定地や港の建築予定地、農場試験場予定地などを見て、担当者と方針を詰めていく。そうこうしているうちに阿波滞在の最終日を迎えた。


「ではよろしく頼む」


「はっ。殿もお気をつけて」


 具房は左近を信頼しているため、細かいことをあれこれ言わず大方針を打ち出して、委細は彼に任せた。左近はその信頼を受け止めつつ、讃岐へ向かう主君の無事を祈った。







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― 新着の感想 ―
[一言] できたら主人公と万里小路家の婚姻か,親しくさせてください 北畠家と万里小路家は南朝で一緒に戦った同士ですから!
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