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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十二章
173/226

賤ヶ岳の戦い

 



 ーーーーーー




 前田利家、金森長近の離脱前、柴田軍は中央に前田隊、左翼に勝家本隊、右翼に佐久間盛政という布陣だった。ところが中央の部隊が離脱してしまったため、兵力に余裕のある本隊から抽出して中央の部隊を再編した。主将は毛受勝照だ。予備として勝家の義理の息子である柴田勝豊が控えているが、雀の涙のような数だった。数で劣るため、守って消耗を強いる作戦をとる。


 対する羽柴軍は左翼に元からいた浅井長政に加えて具房が入り、中央を秀吉、秀長兄弟の羽柴本隊、右翼を丹羽長秀と滝川一益が担う。主将格である長秀と一益が集まっているのは、相手が屈指の戦上手である勝家だからだ。攻撃担当は北畠、浅井連合軍。両者とも火力を全面に出す戦闘スタイルなので、一緒に配置して突破力の底上げを図っている。左翼から突破して半包囲、というのが羽柴勢が抱く構想だ。


 開戦の号砲は北畠、浅井連合軍の砲撃だった。浅井軍は北畠家から購入した大砲を、北畠軍は擲弾筒を使っている。本家が大砲を使わないのは、砲を随伴していないからだ。砲兵は行軍に時間がかかるため置いてきた。伊賀兵団の山砲すら置き去りにしたのだから、どれだけ急いでいたのかがわかる。その代わり、大量の擲弾を用意した。擲弾筒部隊のみならず、通常の歩兵や騎兵にも持たせ、輸送力の問題を人海戦術で解決している。おかげで火力重視の戦い方は変えずに済んだ。


「撃て撃て! 規定数以外は使っていいという通達だ! ひたすら撃ち込め!」


 軍隊の悲しいところは、訓練で満足に射撃ができないということだ。お金持ちな某国の軍隊はいざ知らず、自衛隊などは一、二ヶ月に三十発程度を撃つくらいだ。北畠軍でも余裕があるわけではなく、実弾射撃で使われる弾薬量には制限されている。その鬱憤を晴らす機会が実戦であった。


「相変わらず凄い」


 長政は具房とともに戦況を見守っていた。北畠軍の猛烈な砲撃、これは毎度のことだが長政は苦笑するしかない。浅井軍も同時代の軍としては卓越した火力を誇るが、北畠軍とは比べ物にならなかった。


「ははっ。今回は大したことないですよ」


 擲弾を大量に持ってきたが大砲はない。だからいつもより火力は低いと具房は言う。恐ろしいのはそれが事実であるということだ。謙遜であってくれと願わずにはいられない。長政はもうその次元を通り過ぎ、諦観している。具房には基本的に逆らわない。幸いにも具房は理性的な人間で、武力を背景にあちこち喧嘩を売りまくるという性格ではない。そこは救いだった。


 両軍の攻撃に曝された佐久間隊は堪ったものではない。敵とぶつかっていないのに、じわじわと兵力を削られる。佐久間隊は砲弾から逃げるために右往左往することしかできなかった。


 砲撃による被害を受けないためにはどうすればいいか。方法は三つある。一番わかりやすいのは逃げること。射程外に逃れれば問題ないというわけだ。だが、ここで逃げれば柴田軍の右翼が崩壊するため、この方法はとれない。


 二番目は塹壕を掘ること。砲弾による被害はほとんどが弾片によるものだ。だから穴に身を隠すだけでも被害を少なくできる。直撃を受けるケースは稀だからだ。しかし、こちらは準備が必要だった。穴を掘るのはかなりの重労働で時間もかかるため、急に隠れることはできない。


 となると必然的に三番目の方法をとらざるを得なくなる。それは前進。敵中に斬り込めば砲撃は味方をも巻き込みかねないため中止するしかない。盛政は躊躇なくこれを選んだ。


「皆、続け!」


 先頭に立って突撃する盛政。指揮官が先頭に立つことで、一方的に攻撃されて下がった士気を盛り返そうという狙いもあった。それに織田家の武闘派、柴田軍という意識も決断を後押しした。強いといわれる北畠軍だが、北陸で一向宗相手に血みどろの戦いを続けてきた自分たちには敵わない、という変な自信を持っていた。


 しかしながら、これは最悪の手だった。北畠軍ーー特にボルトアクション式小銃をすべての兵士が装備する三旗衆、伊賀兵団に突撃することは無謀のひと言に尽きる。盛政に続いて突撃した兵士たちが直面したのは銃弾の嵐だった。


「玄蕃允(盛政)は前に出すぎだ」


 左翼から見ていた勝家は盛政が暴走したと見て、後退を命じる。攻勢に出るのはあくまでも敵の攻撃をいなした後だからだ。だが、盛政はこの指示を無視した。それでは一方的にやられるだけだからだ。


「玄蕃允は何をしている!」


 指示に従わない盛政に対して、勝家は怒り心頭だった。しかも見たところ旗色も悪い。なぜ攻勢に出るのかわからなかった。


 苦戦している右翼とは対照的に、勝家が指揮する左翼は安定していた。必ずしも戦が上手いとはいえない長秀はもちろん、人並み以上の一益をも上手くあしらっている。その統率力はさすがといえた。


「権六(勝家)は崩れんな」


 本陣で長秀は渋い顔。奇しくも一益も同じような顔をしていた。


「左翼は圧倒している……このままでは伊勢様(具房)たちにいいところをもっていかれるぞ」


 最初から左翼が敵戦線を突破、片翼包囲するということになっていた。ほぼ部外者ともいえる人間に美味しいところを持っていかれたのでは、織田家の面子が潰れかねない。とはいえ、一益はそこで無理をするほど浅慮な人間ではなかった。堅実に攻める。兵力的には一益たちが優っているので、兵力差で押し潰すやり方が正しいし、間違いがない。


 他方、中央では睨み合いが続いていた。兵力差的には簡単に潰せるが、勝家たちに側面を曝すことになる。敵右翼は北畠、浅井連合軍に圧倒されているが、勝家の左翼は互角の戦いをしていた。しかも、まだ余裕がある様子。迂闊に攻撃すれば逆襲されるかもしれない。秀吉はとにかく慎重だった。


「敵の右翼が崩れたときが勝負だぞ」


 逸る家臣たちを、秀吉はこう言って抑える。かくて、戦いの形勢は両翼の動きによって決まらんとしていた。


「押し切れん」


 勝家は兵を上手く操って丹羽、滝川勢の攻撃を食い止めていた。二人も色々とやっている。攻めるポイントを変えてみたり、手持ちの火縄銃を一点に向けて斉射したりと。一益など、虎の子である大砲までも持ち出して突破を図った。このような努力にもかかわらず、勝家の戦列は崩れない。それどころか、逆に丹羽、滝川勢の士気が低下し始めていた。攻め疲れたのだ。


「そろそろ頃合いか。よし、押し出せ!」


 それを見た勝家は反撃に出る。後方に温存しておいた部隊を前進させた。戦っていない元気な部隊と戦い疲れた部隊。どちらが有利かはいうまでもない。


「踏ん張れ! 上野での屈辱を忘れたか!」


 一益は兵たちに奮起を促す。上野では北条家に敗れた。辛うじて重臣の地位を保ってはいるが、いつその座を失うかわからない。今回の戦いでその失点を取り返さなければならなず、こんなところで負けられなかった。


「そうだ! ここで恥の上塗りはできない!」


「俺たちはまだやれるぞ!」


 本陣の兵をも前に出し、崩壊しかけた前線を支える一益。その姿には鬼気迫るものがあった。


「左近(一益)が踏ん張っている。我らも負けてはいられぬな」


 長秀も予備戦力を出し、前線に新鮮な兵力を送り込む。これによって右翼は持ち堪えることになった。


「五郎左(長秀)に左近、やるではないか」


 こうなると、ここからは互いの気力の戦いだ。双方とも、正面に立っていた兵士は疲労している。ゆえに、今前に出ている兵士が最後だ。兵力的には丹羽、滝川勢。勢いとしては柴田勢。どちらが勝つかーー熱いガチンコ勝負はしかし、第三者によってその帰趨が決することとなる。


「殿! 殿! 一大事です!」


 急使が駆け込んだのは勝家の陣地。


「何事だ!?」


 いいところだったのに、と不満そうな勝家。ゲームでラスボス戦をしているところに、親から声をかけられた子どもみたいな顔だった。しかし、使者はそれどころではないのでまったく気にしていない。


「右翼がーー佐久間様が崩れました!」


「何だと!?」


 ガチンコ勝負云々はこの時点で勝家の頭から吹き飛んだ。敵左翼が中央軍に向かうならいいが、相手は具房と長政。そんな悠長な手は使わない。一気に後方に回り込んで、柴田軍を包囲するつもりだ。実際、騎兵部隊が後ろを取ろうとしていた。


「退け! 撤退だ!」


 この場に留まり続ければ包囲される。勝家は撤退を決めた。居城である北ノ庄城は失ったが、他にもある。最悪、佐々成政のいる越中まで逃れればいい。今後のことはそれからだ。


 ひとりでも多くの家臣を逃すため、勝家は自ら殿を勤めようとした。これに待ったをかけたのが、中央の部隊を率いる毛受勝照だった。


「某が引き受けます。殿はお早く」


「だが……」


「時間がありませぬ」


 さっさとしろ、と勝照。時間切れになれば敵に囲まれ、二人揃って討死だ。そうならないためにも殿をしろーーつまりここで死ねと命令してくれ、と懇願する。


「……わかった。そなたに殿を任せる。後のことは心配するな」


「はっ」


 かくして勝家は越前へ、勝照は敵中へ向かう。戦っておらず元気な毛受隊は敵中央、羽柴軍を無視して戦線を突破した敵左翼、その先頭を走る浅井軍に襲いかかった。


「これ以上は行かせん!」


 と凄まじい気迫で突撃を敢行する。それを見た浅井軍の大谷紀之介は、


「あんな敵に正面からぶつかる必要はない」


 と軍を動かす。軍歴の長い兵士で構成された精鋭部隊が敵を足止めしている間にそれ以外の兵を左右に展開。敵を包囲してしまった。


「北畠軍に伝令。『先手はお任せする』」


 浅井軍は毛受隊の殲滅にかかるので、包囲形成は北畠軍に任せるということだ。これで左翼の先頭は北畠軍となる。


「見事なものだ」


 後方で指揮をしていた具房は、浅井軍の見事な動きに感心する。隣にいた長政は、


「伊勢の学校を出た大谷紀之介という者です。とても優秀で、若いですが一軍を任せております」


「なるほど」


 史実の大谷吉継ならば納得だ、と具房は盛んに頷く。当代きっての名将に褒められたことは紀之介にも伝えられ、大いに奮起した。


 話を戦に戻す。浅井軍が寄って集って毛受隊をボコボコにしている間、北畠軍は敵の後軍である柴田勝豊隊を蹴散らし、一気に東へ駆け抜けた。これにて包囲の完成である。


 取り残された主な面子は佐久間盛政と毛受勝照。柴田勝豊は北畠軍との激突の際に討たれた。勝照も程なく浅井軍によって討たれ、残すは盛政のみとなる。


「湖を背にしろ!」


 背水の陣だが、状況は絶望的だ。佐久間隊に加え、戦場に取り残された柴田軍を糾合したものの、数は既に千にも満たない。しかも戦い続けてボロボロだ。援軍の見込みもない。


 対する敵は、これまで動いていなかった羽柴軍までもが出てきてその数を増やしている。秀吉は降伏を勧告したが、盛政は受けなかった。自分が崩れたせいで負けた。その責任をとろうというのだ。責任をとるとは、単に役職を辞めるだけでは済まされない。当然、命を以って贖うのだ。


「あまり苦しめるのも酷です。楽にしてやりましょう」


「そ、そうですな……」


 具房の発言を意訳すれば、さっさと殺せとなる。相手を思い遣った発言に聞こえるが、秀吉はその真意が面倒だからさっさと殺ろう、ということだと気づいた。過激だなあ、と引く。晩年あれこれやらかしている彼だが、この時代はまだ理性的なのだ。


 最後くらいは自分が、と佐久間隊の始末は羽柴軍が行うことになった。佐久間隊は耐えられず、その数をみるみるうちに減らしていく。だが、それが面白くない人物がいた。


「暇だな〜」


 そう呟くのは鈴木孫一である。愛銃である竜舌号を撃ちたくて堪らないトリガーハッピーな彼は、最終局面の仕事がなくなって不満だった。戦の最後は武将(的)が多い。最も楽しい瞬間なのだが、それが目の前でなくなったのだ。面白くないわけがない。


「……まあ、少しなら参加してもいいんじゃないか?」


 それを見た具房は、手を出すなと言われているわけでもないし参加すれば? と言った。この言葉を聞いて目を輝かせたのが孫一ひとりだけではなかったことに、具房はこいつらはもうダメかもしれない、と諦観を覚える。思考が完全にバトルジャンキーだ。戦えると聞いて喜ぶのは末期だろう。具房は過激なことこそ言うが、戦いと聞いて気分が昂ることはない。まだ救いのある方だった。


 具房の許可をとりつけた孫一たちは竜舌号を片手に獲物を物色する。獲物を探し、引き金を引く彼らの顔は生き生きしていた。それを見ながら具房は、なんでこんな面子が集まったんだろう? と疑問に思うのであった。







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