房信の遺産
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伊勢、尾張国境で北畠、織田両軍による睨み合いが続く。気がつけば年を越していた。その間、甲信をめぐる戦いーー史実における天正壬午の乱ーーは終結する。上野は北条、北信濃は上杉、その他は徳川と史実通りの結果に落ち着く。
「そうか。悪いが弾正(松永久秀)たちはそのまま長島に向かうよう伝えろ」
応援に向かっていた松永久秀率いる東国軍(伊勢留守兵団、志摩留守兵団)は長島に転用される。正規の部隊が復員しているが、最近帰ったばかりでまたすぐに出動させるのは可哀想なので他所にいるものを転用した。
国境に大兵力が展開したためか、信雄は兵を引いた。北畠軍もこれを見て東国軍を帰還させる。警備隊は残した。いつまた襲撃があるかわからないからだ。ただこちらも順次、正規兵に代えていく予定だ。休養が取れてからなので、しばらくはこのままになるが。
「ひとまず平和が戻ったな」
国境で織田軍の姿は確認できない、と報告を受けた具房。平和が回復されたことを素直に喜ぶ。
「それにしても変ね。急に兵がいなくなるなんて」
隣にいたお市が素直な疑問を呈する。それに答えたのは、東国での戦いから戻ってきた久秀だった。
「恐らく、我らの兵数が多いので戦を避けたのでしょう」
北畠軍を見てこれは敵わん、と兵を引いたのだと久秀は解説する。兵数の多寡で有利不利を判断するのは自然なことだ。しかし、お市は納得いかない様子。
「それはわかるけど、数が少ないうちだって攻めてこなかったのに、増えたら兵を引くなんておかしいじゃない」
「攻める気がないのに、数が増えたからって兵を引くのはおかしいってことか?」
「そうよ」
久秀が言うように、敵が増えたから兵を引くというのは自然なことだ。しかし、それ以前に攻め込めばいい感じに戦えていたはず。なのにそれをしなかった。数ヶ月もの間ずっと。この消極的な姿勢からは、信雄に攻めるつもりは最初からなかったとも受け取れる。であるならば、敵が増えたからといって兵を引くという行動は不自然であった。
「わからんな。弾正はどうだ?」
「兵が増えたからとしか思っていなかったゆえ、何も……」
久秀は情報が少ないからわからない、と答えた。メディアが発達していないこの時代に、遠隔地で起きた出来事の仔細を答えろというのは酷な話である。もっとも、メディアが発達しても偏向報道や誤報などの危険はつきまとうのだが。
この後も色々と考えたが、結論は出なかった。調査は続けるが、とりあえず兵力差が生まれたから不利を悟って撤退した、ということにしておく。
では、真相はどうだったのか。実のところ、信雄は最初からやる気だった。軍を出して伊勢へ侵攻。伊勢に囚われている雪と三法師を「救出」する、というのが彼の思い描くプランだった。
これを聞いて慌てたのは家臣たちである。織田家全体ならともかく、尾張だけの軍事力ではとても北畠家には敵わない、と何度も中止を具申した。信雄は聞き入れなかったため、良識派はサボタージュを敢行する。野党の牛歩戦術のようなものだ。村を襲ったのは少数のやる気のある人間だけで、他は国境にただいるだけ。そして北畠軍の増援を見るとこりゃ敵わん、と帰ってきたのである。
「腑抜けが!」
当然、信雄は怒り狂う。サボタージュは知らないが、戦意に乏しいことはわかる。その怒りは激烈だった。しかし、家臣たちからすれば死ぬより信雄の罵声を浴びていた方がマシである。申し訳ありませんとコメツキバッタをしてやり過ごす。最終的に謹慎を食らうが、何が起きても無謀な戦場に出なくていいと逆に喜んでいる始末だ。
「北畠はいかん。三七(信孝)も筑前も誰も彼もが知らぬ顔をする」
家臣たちが退出した後、信雄は今後の方針を考える。そこで出てきたのは恨み節だった。信雄は以前から、織田家臣に対して雪と三法師を北畠家から奪回するぞ! という檄を飛ばしていた。二人を自分の手許に置くことで、家中での影響力を高めようというのだ。雪を妻にして、三法師の義父となることで織田家を我がものにしようという野心もある。
そもそも、房信が死んで跡継ぎ(三法師)が幼少である以上、その代理は自分が務めるべきなのだ。なのに信孝はしゃしゃり出てくるし、秀吉などに唆されて外野の北畠は口を挟んでくるしと、後見人になれない。一応、信孝と並立しているが、そんなことは断固として認めない、後見人はオンリーワンだ、というのが信雄の主張である。だが、それに賛同しているのは柴田勝家くらいのもので、彼にしても秀吉に対抗するために渋々、信雄を擁立しているという次第だ。彼は知る由もないが。
そんな状態なので、北畠家討伐に賛成する者は勝家を除いていない。その勝家にしても、優先度は高くなかった。信孝派の家臣の手に三法師たちが渡っていないならそれでいい。具房も信孝派だが、他所の家に口出しするな、と言えば済む。ゆえに、優先されるべきは信孝派の排除である。
ところが、信雄は三法師たちに固執していた。盛んに勝家に協力を求めている。今は何とか諫めている状況だが、どう転ぶかはわからない。その危機感から勝家が出した書状が波紋を呼ぶことになる。
「岐阜へ……」
それは、北畠よりも信孝を何とかすべきだ、というものだった。勝家としてはそれで信雄の目が逸れればいい、程度の認識だったが存外、大きな効果を及ぼす。
(たしかに、尾張の領分を削ろうとしてきたな)
領土紛争は記憶に新しいところである。たしかに北畠よりも信孝の方が危険なのでは? と思い始めた。そこで、今度は岐阜へ向けて挑発を始める。家臣たちも北畠よりはマシだと考え、積極的に参加した。信孝もこれを見て出兵。両軍は国境で睨み合うことになる。
北畠軍との睨み合いと違ったのは、両者が好戦的だったことだ。信孝にすれば話し合いでは負けたが、実力では負けないと示したい。信雄は実力でも上回っていることも示したいと考えている。雪の件と領土紛争で一勝一敗の両者はこれで白黒つけよう、と奇しくも思考が一致していた。
ゆえに、激突はもはや必然といえる。
きっかけはとても些細なことだった。睨み合いにありがちな小競り合い。ところが、負けられるかと双方が援軍を送りあった結果、大規模な紛争へと発展する。
「何だと!?」
聞いて驚いたのは勝家だ。戦いが始まるとは夢にも思っていなかった。そこまで無分別ではないだろう、と思っていたが、完全な見込み違いである。もっとも、これは信雄が暴走したというわけではなく、本当に様々な要因が重なった偶発的なもの、いわば事故なのだが。
「又左(前田利家)たちに兵を準備させろ」
てきぱきと指示を出す勝家。信長に重用されるだけあって、彼は有能だ。手際がいい。
「あなた」
そこへ現れたのは勝家の妻である小少将。前の越前領主・朝倉義景の愛妾である。彼女は愛王丸を産んでいたことから、実子がおらず新たな越前領主となる勝家の妻になった。愛王丸がいることで越前の民心も多少は慰撫されるし、柴田家も断絶せずに済む。まさしく一石二鳥であった。
本心では主家である織田家との婚姻を望んでおり、小少将が宛てがわれたことに不満を持っていた勝家。だが、たしかな教養を持つ小少将は戦から帰ってくる彼に癒しを与えてくれ、いつしか彼女の虜になっていた。加えて、衰えない彼女の美貌も勝家を満足させている。二十代でも通用するような見た目だ。
「越前のことはお任せを。あなたは気兼ねなく出征してくださいな」
うふふ、と妖艶な笑みを浮かべる小少将。これまでも勝家の出征時には見事に領内をまとめていた。元は勝家が何から何までやっていたが、最近では戦時において小少将が統治を行っている。
「頼むぞ」
すっかり小少将を信頼している勝家は軍をまとめると急いで越前を発った。そんな夫を見送った小少将。今まで見せていたのは外へ向けたもの。部屋に戻ると隠していた素が顔を出す。
「すっかり信用しているようですね。まったく、落ち目だというのに……」
彼女が手にしているのは一通の書状。差出人は羽柴秀吉であった。その内容を簡単に述べれば、勝家を裏切るなら彼の養子になっている愛王丸を助命するというものだった。息子を溺愛する小少将にとってそれは嬉しい提案だったが、彼女が裏切りを決断したのはおまけについていた戦後の生活保障。彼女はここを詰め、年五百貫の支給を約束させた。これは上級武士の収入に相当する。それだけあれば着物を仕立てたり、好きな美術品をたくさん買ったりと贅沢ができた。
(唐物……は手に入れるのが難しいわね。伊勢絹にしましょう)
具房が殖産興業政策として生産を始めた絹。最近はソックス産業から発展して、着物の仕立ても行うようになった。小少将はどんな柄がいいかと考える。
(っと、いけないいけない)
今やるべきは領内の手配だと思い直す。実際、今の想像は裏切りが上手くいかないとただの絵空事に終わってしまう。自らの栄華のため、小少将は慎重に準備を進めていた。そのときに役立ったのは、朝倉家時代からの人脈である。全容は勝家すらも把握していない。だから暗躍することができた。
小少将は北陸の諸勢力が北ノ庄を通り、羽柴軍と遭遇したところで挙兵。柴田軍を一夜にして袋の鼠にしてしまうのだった。小少将を勝家に娶せた房信の遺産を上手く秀吉が利用した。
「あのアマぁ!」
報告を受けた勝家は小少将をこう罵った。かくも盛大な裏切りを食らって怒らないはずがない。まして今は羽柴軍が行く手を塞いでいることへの怒りもあり、怒りのボルテージが上がっていた。
当然だが、秀吉に対してこれはどういうことかと問い合わせた。その返事が、
『お方様(雪)より、「柴田権六(勝家)に逆心あり。即刻、討伐せよ」との上意を受けております』
とのことだった。勝家は謀反しているから討て、という命令である。もちろん勝家に身に覚えはない。それに対する秀吉の回答は、
『三介様(信雄)を立てて徒に家中の対立を煽り、混乱のなかで己がお家を牛耳ろうという貴殿の目論見は明らか。そしてこれは、合議によって事を決めようという岐阜での決定に違反するものです』
だから討伐が決まったのだ、と秀吉は言う。勝家からすればお前が言うな、である。秀吉だって同じように信孝側に立ち、対立を煽っていた。思いっきり天に向かって唾を吐いている。それが罷り通るのは、雪という権力者が味方だからだ。上の人間が白と言えば、カラスも白くなるのである。ビバ権力。
勝家はこのままでは不利だと、戦を避けることにする。とりあえず、雪へ釈明すると申し出た。謀反云々は誤解であり、面会して誤解を解くというのである。だが、ここで勝家を滅ぼす気満々の秀吉はこれを拒否。
「言い逃れとは見苦しいぞ!」
なんて罵倒までした。元百姓ーーつまり被支配階級にいた秀吉にここまで言われて勝家は黙っていられない。それに彼は気づいた。秀吉は何が何でも自分をここで始末するつもりなのだと。ならば、その目論見を正面から粉砕するのみ。
「やるぞ、お前ら!」
「「「おおーっ!」」」
包囲されている状況でも兵士の戦意を維持できているのは、さすが勝家といったところか。しかし、流れは完全に秀吉側にあった。搦手が得意な彼は、既に柴田軍に対する調略を済ませていた。小少将もそうだが、これに応じた人物がまだいたのである。
「オヤジ殿(勝家)、すまん」
「兵を引け!」
前田利家、金森長近が離脱を開始する。彼らも秀吉に調略された口だ。さすがに裏切って戦えとは言えないので、手を出さなければ不問にするということで手を打った。
これで柴田軍は三万いたものが二万少々に落ち込む。羽柴軍は丹羽長秀、滝川一益が加わっている他、近江から浅井長政も参戦していた。都合四万余り。柴田軍の倍である。だが、優勢な兵力を持ちつつも秀吉は動かなかった。包囲していればやがて兵糧などが尽きて柴田軍の士気が下がる。それを待っているというのもあるが、一番の理由は戦局を決定づける人物の登場を待っているからだ。
「ふう。何とか間に合ったな」
具房は余呉湖周辺に展開した軍勢を見て、ほっと安堵する。そう待ち人とは北畠軍ーー具房のことだった。秀吉から計画を聞かされた具房は難色を示したが、雪が賛同するので誘いに乗る。準備期間がないため、即応可能な三旗衆と伊賀兵団を率いて慌ててやってきた。
「北畠が!? ……そうか。裏で糸を引いていたのは奴だな」
勝家は得心がいったという様子であるが、具房はむしろ巻き込まれた側である。とんでもない風評被害であった。
そんなことなど露知らない具房。着陣するとただひと言。
「役者は揃ったな……」
合戦が始まろうとしている空気を敏感に感じ取り、そうつぶやいた。