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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十二章
160/226

運命の一弾


【お断り】感想返信について


 前回、たくさんの感想ありがとうございます。否定的な感想も多かったですが、予想していたことではあります。批判は甘んじて受け入れます。ただ、今後も拙作を読んでいただけると嬉しいです。


 さて、本題なのですが、表題にもあるように感想の返信についてです。多くの感想を頂き、ありがたく拝読させていただいております。しかし、返信は今しばらくお待ちください。本文を読んで頂ければわかると思いますが、本能寺は前回と今回の話で前後編となっています。なので、この二回分を実質一話とカウントし、両方に寄せられた感想に対して一括で返信させていただきます。作者の都合で申し訳ありませんが、どうかご理解ください。では、本編をどうぞ。

 

 



 ーーーーーー




 信長が屋敷で戦っているのと同時刻、房信は妙覚寺にいた。近衛信基たちと能を鑑賞し、その後は宴会となる。能をこよなく愛する房信は、同じく能を愛する信基と語りあった。つい夢中になってしまい、夜が更ける。しかも酒を飲みながらだったので、かなりの酒量を飲み、酔っ払ってしまった。屋敷に帰るのは厳しいため、寺の住職で叔父である日饒の厚意でそのまま泊まることにした。


 酒を飲んでぐっすり寝ていた房信だったが、織田屋敷が襲撃されたことで家臣に叩き起こされる。


「なんだと!?」


 気持ちよく寝ているところを起こされたので、頭は半分以上眠っていた。だが、織田屋敷が襲われたと聞いて、眠気は月の彼方まで吹っ飛んだ。


「太刀! それと馬だ!」


 鎧はないため、持ってきていた刀を腰に差し、馬に乗ると屋敷へ駆け出す。近習も慌ててそれに続いた。しかし、房信が着いた頃には完全に明智軍によって取り囲まれており、入ることはできない。どうしようかと思案していると、村井貞勝らがやって来た。


「殿、ここは危険です。直ちにお戻りください!」


「戻るといってもどこへ?」


 まさか妙覚寺に戻るわけにはいかない。あそこには信基など公家たちがいる。彼らを戦災に巻き込めない。


「二条城へ向かうのはどうでしょう?」


 貞勝はそう提案する。二条城は義昭が京に居たとき、居城として整備された城だ。今は御親兵の屯所となっている。そこへ逃げ込めば御親兵の保護を得られると貞勝は考えた。屋敷への救援と明智軍の討伐も依頼できる。


「そうしよう」


 房信も納得し、一行は二条城を目指す。だが、そんな彼らを明智軍の一隊が目撃する。


「ん? あれは何者だ?」


「御親兵ではないな」


 軍装が整っているため、御親兵はひと目でわかる。光秀からは、御親兵でなければすべて敵だと言われていた。


「追うぞ。そなたは内蔵助(斎藤利三)に報せよ」


「はっ!」


「続け!」


 織田屋敷への寄せ手、その二番手である明智光忠は房信たちを追いかけた。


「殿! 後ろから追手が!」


「くそっ! 走れ! 構うな!」


 戦っては不利だと判断し、房信は逃げに徹する。光忠は銃撃させ、足止めを図った。攻撃前なので鉄砲の弾は込めてある。馬で逃げる相手に徒歩の鉄砲は追撃に参加できないため、ここで使っておこうという腹だった。そしてこれが思わぬ効果をもたらす。


「うわっ!?」


「「「殿!?」」」


 放たれた銃弾は何人かに当たる。そのなかの一発がたまたま房信の馬に当たった。驚いて馬は竿立ちになり、不意のことに房信は対応できず振り落とされた。それで身体を強かに打つ。


 房信が落馬したことで一団の歩みは止まり、明智軍に追いつかれてしまった。幸い、道はそれほど広くはないので十数人の房信たちでも防ぐことはできた。ただし、長くは保たない。


「殿、大丈夫ですか?」


「ああ、大事ない」


 心配する貞勝に、房信は問題ないと答える。ただ、乗っていた馬は使い物になりそうにない。すると、随伴していた毛利良勝が自らの馬を使うよう申し出た。


「すまぬ。だが新左衛門(毛利良勝)、そなたはどうするのだ?」


「ここで奴らを足止めいたします」


「だが、それでは……」


「ご安心ください。この新左衛門、桶狭間にて大将首を挙げた豪傑でございます。この程度、ものの数ではございませぬ」


 そう言って笑って見せる良勝。さあお早く、と房信を急かす。いつまでもここにいては保たないし、どうにもならない。


「……すまぬ」


 馬に跨った房信はそう言い残してその場を離れる。その場に残ったのは良勝をはじめとした勇者たち。


「ここよりは通さん!」


 通せんぼをして毅然として言い放つ。とはいえ、やはり数が違う。個人の武力では良勝たち近習が優っているが、津波のように押し寄せる明智兵を前には無力だった。ひとり、またひとりと討たれていき、容易に突破されてしまう。そのなかでも良勝は奮戦して最後まで残ったが、桶狭間の英雄は四方八方から串刺しにされて散った。


 良勝の犠牲でどうにか窮地を脱した房信たちだったが、落馬によるタイムロスは痛かった。距離が縮まってしまい、飛び道具が届いてしまう。先ほどから数名の落伍者を出していた。距離を開けようと何人かが居残るが、数で押し切られて突破されてしまう。そしてまた数人が居残り……ということを繰り返していた。戦力の逐次投入はガダルカナルの例を引くまでもない下策であるが、京は条坊制の町であり、大勢を残すと迂回されて無力化される恐れがある。なので逐次投入もやむを得ないことではあった。


「このままでは追いつかれてしまう。近場に何かないか?」


 立て籠もれればどこでもいいというわけではない。明智の手が回っておらず、なるべく早く防衛態勢が築けるところでなければならなかった。


「……某の屋敷が近くにございます」


 話を聞いていた貞勝は自分の屋敷に籠もることを提案した。近くには本能寺があり、こちらは堀があって防備がしっかりしている。ただ、僧侶たちがいるためそれを退去させる時間が必要だ。


「しばらく某の屋敷で時を稼ぎ、退去が済めば包囲を抜けて本能寺へ移りましょう」


「御親兵にも早く出てもらわねば……」


「そうだな。……よし、我らは村井屋敷へ向かうぞ。それから三十郎(野々村正成)。そなたは二条城へ行き、早々に兵を出してもらうよう申せ。ただし、あくまでも父上が先じゃ」


「承知しました」


 房信は正成を二条城へ遣り、残りを村井屋敷へ向かわせた。しかし、身を寄せた村井屋敷はお世辞にも防御力が高いとはいえなかった。そもそも戦闘を想定していないため、武家屋敷としては本当に最低限の機能を備えているだけだ。


 籠もるのは供回り含めて五百。恐らく万を超える明智軍相手には心許ないが、織田屋敷に半数が割かれるとすれば彼我の兵力差は十倍となる。それだけでも少しは気が楽になった。絶望的な数字であることに変わりはないが、こういうのは気持ちの問題でもある。


 もっとも、状況は気持ちでどうにかなる次元を超えていた。光忠は利三ほど準備がよかったわけではない。だが、光秀の下で一門とはいえ重臣をしているだけあって、彼もまた有能だった。


「行け行け! 臆すな! 突っ込め!」


 兵たちを叱咤し、屋敷へ嗾ける。御親兵が来たらアウトだし、時間をかけて守りを固められてもアウトだ。被害を度外視した速攻、強攻。これしかない、と光忠はひたすら兵を前線に送り出す。彼らに与えられた命令は至ってシンプル。目の前の敵を倒せ、だ。


 織田屋敷へ向かっていた主力から藤田行政が派遣されてきた。無論、房信を討つためである。


「おお、伝五郎(藤田行政)。そなたは裏から攻めてくれ」


「承知した」


 指示に従い手勢を裏手に回すと、行政は光忠に倣って損害を顧みない猛攻を加える。


「裏手もか!」


 防戦していた房信たちは新手の藤田勢の対応にも追われる。既に苛烈な攻撃を受け、少なからず死傷者が出ていた。そこに新手。しかも別方向からの攻撃により、守りは一気に薄くなった。とにかく戦力が足りない。房信自身が刀を振るうくらいには払底していた。


「義兄上(具房)の教えを今こそ活かすとき!」


 雪にベタ惚れした房信は、彼女の気を引こうと躍起になった。兄であり雪が懐いている具房が剣術の達人であったことから、教えを乞うて何度か稽古をつけてもらっている。自分でも鍛錬を欠かさなかった。もっとも雪が具房に懐いているのは幼い頃、彼に愛情を注いでもらったからであり、剣術に長けているから懐いているわけではない。雪の気を引くという意味では無駄になった剣の鍛錬だったが、ここでは役に立った。


 剣術といってもただ斬るだけではない。どちらかというと相手を地面に倒し、急所あるいは鎧で守られていない場所を突くことが多かった。斬るには相当の技が要る。刃を最適な角度で入れなければ斬れない。だが、戦いでは相手も自分も動いているためそれが難しいのだ。防具にでも当たれば最悪、刀が折れてしまう。だから敵は倒して突くのがいい。そうして房信は群がる雑兵を次々と始末していった。


 しかし、いくら斬っても敵は減らない。それどころか、明智軍は周りの家屋や塀に登り、弓矢や鉄砲まで撃ち込み始めた。高所から撃ち下されるため被害が増える。


「屋敷の中へ!」


 房信はこのままではいい的だと考え、屋敷の建物内へ入るよう命じた。そこならば矢も銃弾も飛んでこない。


 矢雨、弾雨のなかで房信たちは懸命に戦う。追いすがる明智兵を斬り払い、どうにか後退する時間を確保していた。


「殿! 早くお下がりください」


 貞勝が早く屋敷に入るよう忠告する。だが房信は、味方の退避が済んでいないと断った。指揮官が先頭に立つ姿勢は素晴らしいが、具房が見れば酷評しただろう。指揮官が前に出ることはいいことだが、それは別に兵士と一緒に前線で戦えということではない。負傷するリスクが高まり、指揮系統が混乱する可能性があるためむしろ有害といえるだろう。ましてや大将である房信が最後まで残って戦うなどナンセンスだ。


 そして、最悪の事態が起きる。


「ぐっ!」


 よろめき倒れる房信。貞勝たちが慌てて駆け寄る。その姿を見て倒れた原因はすぐわかった。着物の前身頃が血で汚れている。明智軍が放った銃弾が房信の右腿に当たったのだ。これで右足に力が入らなくなり倒れたのである。


 足を負傷したことにより房信は戦線離脱を余儀なくされた。しかも復帰は絶望的である。また、戦況も徐々に旗色が悪くなっていた。屋敷には火が放たれ、メラメラと燃えている。家臣のほとんどは討死するか負傷しており、戦える者はかなり減っていた。


「耐えられなかったな」


 房信は最後を悟る。


「今ならまだ間に合います。すぐ屋敷を出て落ち延びてください!」


「それは無理だ。この足ではな」


 脱出を勧める家臣に、房信はぽんぽん、と負傷した右足を軽く叩く。徒歩での脱出は不可能。馬に乗るにしてもひとりでは無理で、二人乗りすれば敵に追いつかれてしまう。もはや逃げ場はない。


 屋敷に退いてから何とか入口を死守していたのだが、つい先ほど突破された。家臣たちが決死の抵抗を続けているが、怪我で戦闘力が落ちているためもはや敵は止められない。じきに房信たちがいる場所に到達するだろう。


「父上はご無事だろうか?」


「きっとご無事です」


「そうに違いありません」


 信長のことを気遣う房信に、家臣たちは大丈夫だと言う。もはや命はないものと覚悟している。その死が無駄ではなかった、意味があったと思いたいのだ。


「皆、よくやってくれた。だが、これでは褒美はやれぬな。相すまぬ。現世では叶わぬが、来世ではきっと褒美を遣わすぞ」


「殿……」


「無念です……」


 房信は家臣たちの奮戦を称え、褒美を与えられないことを詫びる。全員、悔しさを滲ませた。


 しんみりした空気が漂うなか、房信は紙と筆を用意させ、短いながら手紙を書く。それは岐阜の雪に宛てたものだった。


「孫十郎(前田玄以)」


「はっ」


「最後の命だ。これを岐阜の雪に届けてくれ」


「っ! しかしーー」


「そなたなら、屋敷にいた僧に扮して脱することもできよう。頼まれてくれぬか?」


 玄以はここで房信と一緒に死ぬつもりだったが、生きて岐阜へ行けとの命令を受ける。あくまでも死のうとしたが、房信が強く頼むので折れた。


「何としてでもお届けします」


「頼んだぞ。……さあ行け」


「御免!」


 深く礼をすると、玄以は手紙を懐に仕舞って部屋を出て行った。


「我らは殿をお守りするぞ」


「「「はい、父上」」」」


 貞勝は三人の息子を連れて部屋を出た。房信が自害する時間を稼ぐためである。廊下で待っていると、喧騒が近づいてきた。


「ここより先は我らが通さぬ!」


 村井親子四人は明智軍の中へ順に突入し、息絶える瞬間まで戦い続けた。


 房信は部屋で自害。遺骸は明智軍に見つからないよう床下に隠された。


 その他、残った者たちのほとんどは討死。信長と直接の血縁関係にある者はほとんどが自害した。ただし、織田長益は付き従っていたものの自害はせず、戦いの混乱に乗じて逃亡。同じように逃げた者もわずかにいたが、全体的に見れば生き残りはごくわずかであった。


 史実とは異なる場所ではあったが、本能寺の変に相当する事変が明智光秀の手によって引き起こされた。ときに天正十年(1582年)六月のことである。








 というわけで信長、房信はここで退場となります。これから話はどう動いていくのでしょうか? 次回をお楽しみに

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも更新楽しみにしています。 [一言] 史実のタイミングでは対策して回避したけど、ズレたタイミングで起きてしまったとかにすれば、転生者で知ってたはずとかそんな伏線無効にできて、無用な批判…
[一言] まず最初に全然一言ではなくて申し訳ない。 現実では嫌な事に関してよりも良い事に声を上げる人が多いけどこういった個人の特定が難しいネットなどでは逆に良い事に関してよりも嫌な事に声を上げる人が多…
[一言] 歴史通り事が起きてしまったか……。 具房も意識はしていたけど信長に警告するにも根拠なんて出せないし、光秀の行動自体が突発的なものだったしなあ。 にしても光秀はなぜ行動を起こしたのか。この後は…
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