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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第二章
16/226

富国強兵

 



 ーーーーーー




 明治の近代化を四字熟語で表せといわれれば、この三つになるだろう。すなわち、


 文明開化


 殖産興業


 富国強兵


 である。殖産興業を成功させて税収を増加、安定させた具房が着手したのは富国強兵政策であった。


 まず、安濃津城の改築にとりかかった。基本は、藤堂高虎が江戸時代に行った大改修に準拠する。


 安濃川、岩田川が付近に流れているため、これを天然の堀として利用し、南北の守りに使う。東は海なので、防衛上の弱点は西。そこで真田丸のような出城を二つ築くことで防備を厚くする。凸凸のような形で、無視すれば十字砲火を浴びせられ、突出部も相互に支援できるようにして防御力を増していた。


 こうして縄張りが終わった。本丸、二の丸、三の丸(と出城)を備えた平城である。これと並行して市街地の建設も進められる計画だ。東は港が近いため商業地となる予定で、町の建設には商人たちからも出資を募っている。


 具房にとって嬉しかったのは、堺の豪商である納屋(今井宗久)や天王寺屋(津田宗及)などが出資してくれたことだ。彼らは北畠家からもたらされる珍品(生糸や冬虫夏草)を商いたいと考えていた。さらに、朝廷に真珠を献上したという情報も得ており、こちらにも期待するところ大である。


「これより安濃津は津と改める」


 シンプルイズベスト。また、名前を変えることで北畠家の新たな拠点として象徴的な意味を持たせる。そして、その新拠点の造営を任されたのは、


「普請奉行は猪三に任せる」


「ははっ」


 猪三だった。こういうことに向いている権兵衛は長島を任せているため不在。徳次郎は畑違いであるし、佐之助は忙しそうだ。葵は女子だから反対される、と卜伝に諭された。こうなると具房自らやるか、猪三に任せるしかない。


(どう考えても俺がやった方がいいよな……)


 猪三は文字や数字を前にすると眠くなってしまうような人種である。そう思って自分がやろうとしたが、これに待ったをかける人物がいた。葵である。


「わたしにお任せください」


「いや、だがーー」


「女子だから、奉行になれないことは承知しております。なので、名目上の奉行として猪三を任じ、実際の仕事はわたしが致したく」


「……なるほど」


 そう言われ、具房は可能かどうかを検討する。猪三を呼び、話をもちかけた。諸々の書類は葵が用意するので、猪三の名前で発給するために署名だけしてくれるようにーーというのが彼女の要求だった。それに対して猪三は、


「いいぜ」


 と快諾した。何をしなくても功績が転がり込んでくるのだから、猪三にとって悪い話ではない。問題は葵だ。彼女の功績が正当に評価されないのは、具房としてはやるせない。


「本当にいいのか?」


「はい。その代わり、太郎様に褒めていただければ」


 とは言いつつ、艶やかに笑う葵。彼女が何を求めているのか、わからないほど具房も愚鈍ではない。やれやれと呟きつつ、了承した。


 権兵衛が守る長島城にも手を入れる。具房は軍隊の迅速な展開、並びに商工業を発展させるために道を拡充するなどのインフラ整備を行なっていた。これは先述のようなメリットがある反面、敵にも攻められやすいというデメリットもあった。


 そこで重要になるのが、長島城と津城の連携だ。雪と月の部隊がおり、この相互連携で敵を牽制、撃破するーーというのが具房の防衛構想だ。重要なのは防御力。津城は拠点として産業にも配慮した造りをしたが、長島城はステータスを防御力に全振りしていた。一見すると伝統的な中世城郭だが、実は綿密に擬装が施され、さながら要塞である。


 これは、近くにあって大きな影響力を持つ一向宗(浄土真宗)の寺院・願証寺を意識してのことだ。万が一、陸路が封鎖されても制海権さえあれば海路で物資を運び込める。さらに籠城に備え、常に半年分以上の物資を蓄えていた。このため、北畠軍が出征した際の補給拠点にもなる。


「権兵衛。これから長島は我が北畠家にとってより重要な地となってくる。しっかり治めてくれ」


「承知いたしました」


 長島の改築状況を視察した際に、具房は権兵衛をこのように激励している。ここは尾張と近く、陸路のみならず海路の要衝でもあって、戦略的価値は非常に高かった。そのため、過剰ともいえる防備を施したのである。


 具房が次に手を出したのは武器だ。今後の戦争の主役となるのが鉄砲である。だが、その製造技術は堺や国友といった場所に独占されていた。鉄砲はドル箱商品であるから、作り方を教えてもらえるはずもない。そこで具房は鉄砲を購入し、津城下に集めた刀鍛冶に複製させる。


 その上で具房は、若い職人を中心にある改造を施すように命じた。内容は、後装式かつボルトアクション方式の銃。これには薬莢などの技術もついてくる。この時代としては、オーバーテクノロジーといえる代物だった。だが、圧倒的な軍事力を得るためにはそれくらいしなければならない、というのが具房の考えだ。


「難しいとは思うが、頑張ってくれ」


 具房は職人たちをそう激励する。ただ、彼はブラックだった。職人たちには銃の改良だけでなく、大砲の開発も命じている。優先順位としては第一に手榴弾、第二に迫撃砲(擲弾筒)、第三に野砲であった。これは野戦での勝利を重視し、攻城用の野砲は後回しにしたためだ。


 また、大量の火器を運用するためには火薬が要る。原料である硝石は、現状、外国からの輸入に頼っていた。火薬を安定的に供給するためには堺などを押さえていなければならないが、そこは信長の経済力を上げるために取らない。代わりに硝石丘法を用いて硝石を確保する。


(より大規模にやらないとな)


 理想は『空気からパンを作る』といわれるハーバー・ボッシュ法を用いて硝酸を生成することだが、この時代に高温高圧状態で化学反応を起こす装置を作ることは夢物語である。よって、その考えは早々に放棄した。


 様々な政策を打ち出す具房だが、彼は止まらない。三旗衆の練度も上がり、税収もかなり増えた。そこで軍隊の拡充へと乗り出す。三旗衆から優秀な人材を引き抜き、彼らを部隊長とした新部隊を編制する。隊旗を与える際に、具房は将兵に対して訓示した。


「諸君! 軍とは国防の要だ。主上が治め給う日本ひのもとは今、戦乱の只中にある。これを一刻も早く治めねばならぬが、そのためには諸君の力が必要なのだ! ゆえに、これは日本を救う義挙なのである!」


 北畠家のために戦うのではなく、日本のために戦えと言う。そうすることで兵たちの使命感を煽り、不満を抑えたのだ。


 具房が理想とするのは近代軍制である。つまりは国民皆兵。そして早期に総力戦体制を構築し、国力を増し、大戦争に備える。すべては北畠家が生き残るために。


(戦国は、早く終わらせないといけない)


 だからこそ、具房は技術革新を起こすことに対して躊躇しない。産業のみならず軍事も同じだ。具房は士官学校を設立し、やはり三旗衆から人材を集めて火器を使用した戦闘を叩き込む。こうして将校を育成していった。いずれはこの卒業生が、北畠軍の中核を担うことになるだろう。家柄など関係ない、能力至上主義の世界を目指していた。その制度が定着するのには、まだまだ時間がかかるだろうが……。




 ーーーーーー




 このように具房が内政に心血を注いでいるころ、霧山城では北畠具教と晴具が話し合いをしていた。主な議題は二つ。ひとつ目は、具房の行動についてだった。


「父上。太郎は何をしているのでしょう?」


 具教にはわからなかった。具房がやっていることが。城の改築や街の造営、道の整備はまだわかる。だが、国人領主から土地をすべて召し上げて代官を置くなど考えられない。さらに農民から兵を募り、常に訓練をさせている。その数、五千。毎日の食事まで面倒を見て、俸給まで与えているという。そんなこと、ただの浪費ではないか。


 家臣のなかには、具房が次期当主となることを恐れる者が現れている。それは、北伊勢で行われていることが自分たちにも起こるのではないかと考えているからだ。気の早い者は、弟の具藤や具教の他の子どもを次期当主に据えようと画策してすらいる。


(だが、具房以外の選択肢はない)


 長野家との講和で、具藤が長野家当主となった。彼を北畠家の当主とすれば、一門衆とはいえ新参の長野家に実権を奪われかねない。さりとてそれより下の子どもが当主となれば、具藤は面白くないだろう。分家ーー木造家などから当主を出すということも考えられるが、本家からの反対は必至。ゆえに、次期当主は具房以外にあり得ないのだ。


 このままでは北畠家は分裂してしまう。


 そんな危機感を抱いた具教は、こうして父・晴具に相談したのだ。隠居したとはいえ、名将としての呼び声高い彼の存在は周辺国へのプレッシャーとなっている。間違いなく名君であり、そんな彼にアドバイスを求めるのは当然といえた。


 相談を受けた晴具は、最初は瞑目して話を聞いていた。彼自身も具房の行動については耳にしている。そしてこちらは具教とは異なった結論を導いていた。


「実に上手い」


「……は?」


「太郎の手腕よ。実に上手い。その老獪さ、噂に聞く美濃の蝮(斎藤道三)のごとし」


 晴具は具房の行いを高く評価していた。国人領主から所領を取り上げる際、大人しく従った者には支配権を安堵し、逆らった者の支配権を与えて懐柔する。かと思えば、急速に軍事力を拡大させて領主を圧倒する力を得た。この力を背景に支配権をも取り上げる。


 このように内にばかり目を向けていれば外部の存在を忘れそうなものだが、具房はきっちり対策をしてあった。それが伊勢国司の肩書きと、朝廷とのパイプだ。幕府よりも上位にあり、神聖不可侵である禁裏の力を利用し、六角家の介入を防いだ。彼らにできたのは抗議することだけ。軍を出しての実力行使には至らなかった。そのバランス感覚を、晴具は老獪と評したのだ。


 この言葉に込められた裏の意図を、具教は正確に読みとった。すなわち、心配は無用。むしろ、下手に手出しして具房の計画を狂わせるな、と。了承したことを、軽く頭を下げることで示す。


 これで堅苦しい話は終わり、具教は無意識に入っていた肩の力を抜く。事が事だけにかなり緊張していたのだ、と今更ながら自覚する。


「そうじゃ。それでよい」


「父上……」


 気づいていたのですか、という言葉を具教は呑み込む。結局は、自分もまだまだだということだ。


「ところで、織田との同盟ですが」


 具教は決まりの悪さを振り払うかのように、あからさまに話題を変えた。彼が産まれてからずっと見ている晴具は、そろそろ限界かとそれに乗っかる。へそを曲げられても困るからだ。


「ふむ。先日、太郎が上洛した折に文(書状)を預かったのだったな」


「はい。それがこれです」


 具教は信長の書状を手渡す。それを流し読みした晴具は、


「かかかっ! こうなるとはな!」


 と笑う。書状には、信長から上洛にあたって尽力した北畠家へのお礼の内容が書かれてあった。具教は、織田家との同盟を強く求めている具房がこれを断ることはないと思っていた。書状にあるお礼は多少の問題はあれど、それに目を瞑れば呑めるものだ。具教としてはむしろ、自分の仕事がひとつ片づくと歓迎してさえいた。


 ただ、晴具がどう思うのかが心配で、こうして書状を見せて意見を訊いた。すると、膝を叩いて笑っている。この反応を見て、具教は晴具が信長のお礼を受けるつもりなのだと察した。


 具教はその日のうちに信長へ、お礼をありがたく受けるという主旨の書状を出した。信長は準備が整い次第、お礼に伺うとの返書を出す。だが、そのやりとりは否応なしに中断することとなった。


 時に永禄三年五月のこと。駿河、遠江、三河を治める三国の大々名・今川義元が二万を超える大軍を尾張に差し向けたためだ。







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