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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十一章
157/226

味方の味方は敵だったりする

 



 ーーーーーー




 馬揃えの後、参加した諸将は信長主催の打ち上げに参加していた。


「此度はご苦労だった。今宵は立場を気にせず、飲み明かそうぞ。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 信長が開会の言葉を述べ、宴会が始まる。ひとまず配られた酒を飲み干し、それから武将たちは挨拶回り。具房たち大名は挨拶をしたりされたりして、それから飲み食いが始まる。


 無礼講だと言われているので、身分に関係なくワイワイ騒いでいた。なかには飲み比べを始める者まで出る。アルコールが回ったのか調子に乗ったのか、自分に勝ったら家宝を渡す、なんてことを言う者まで現れた。


(酒に賭け事って、完全にダメ人間じゃねえか)


 具房はそんな彼らを上座から見て呆れる。やるのはいいが、呑取(日本号)みたいな問題を引き起こさないでほしい。そう願うばかりだ。


 こういう席では、あまり酒を飲まない具房と信長は一緒にいることが恒例となっている。二人の仲のよさを示すこととして諸将にも認知されていた。今回はここに近衛前久も交じっている。するとそこへ明智光秀が現れた。


「失礼します」


「おう、キンカン(光秀)。いかがいたした?」


「はっ。右府様(具房)にお話がございまして、少しお時間をいただけないでしょうか?」


 光秀はお話をしましょう、と誘ってきた。信長がどうする? と目線で訊ねる。具房は光秀に質問した。


「ここでは話せないことか?」


「はい」


「わかった」


 具房は二人で話したいという光秀の希望を容れることにした。信長と前久に断りを入れ、別室で光秀と話す。


「先日は失礼いたしました」


 冒頭、光秀は謝罪した。一瞬、何のことかわからず記憶を辿る具房。そして、上京した日に織田屋敷で会った際、簡単な挨拶で済ましたことだと気づく。


「気にしていないから、謝罪は不要です」


 人間、そういう日もあるさ、というのが具房の主張だ。仕事をしていれば嫌なことのひとつや二つはある。具房も、不愉快な思いになったことは多い。まあ、その八割以上が某将軍関係なのだが。


「そう言っていただけるとありがたい」


 下手すると手打ちにもなるこの時代、具房の寛容さは救いであった。光秀は改めて感謝を述べる。そして、その流れで本題を持ち出してきた。


「お願いがございます」


「伺おう」


「長宗我部と和睦していただきたいのです」


(やっぱりか……)


 予想通りの展開に内心でため息を吐く具房。この話をするために謝られたのでは? と疑念を抱かざるを得ない。


「そう言われても、相手が受けてくれなければ……」


 難しい、と言う。北畠家は具房が強権を握っているが、それで表面上は文句が出ないのは家臣全員が所領なしという平等な条件だからだ。誰もが所領がないなら、自分が主張するのは憚られる……という集団心理が働いていた。


 しかし、ここで長宗我部元親に土佐の領有を許せば、不満が一気に噴出する。ともすると、安定していた北畠家の体制が動揺するかもしれない。そんなことは容認できなかった。だから具房は頑として譲らない。


「そこを何とか」


「明智殿の頼みでも無理なものは無理なのです」


 土佐の統治を任せるというのが譲歩できる最低ラインだ。いきなり国持ちになれるだけでも北畠家としては破格の待遇である。そこのところを、具房は光秀に説明して理解を求めた。


「ご承知の通り、戦にはかなりの金がかかる。余裕のある我らも、徒らに金を使うわけにはいきません。なので、交渉は今年の春まで。それを過ぎれば停戦を破棄します」


 それまでに条件を受けるように圧力をかけてくれ、と言外に要求する。あまり長い間話してはいられないので、これで終わりと具房は席を立つ。


(しかし、この調子だと交渉はまとまらないだろう)


 廊下で、具房はふと思う。それはいいのだ。まとまるなんて、交渉を始めた時点でまったく思っていないのだから。問題は、前に元親が言った毛利との連合だ。これが実現するようなら、かなり厄介なことになる。光秀というストッパーが機能しない以上は、毛利に走られる可能性も視野に入れるべきだろう。その対応策は、寄る辺である毛利に長宗我部を支援する余裕を失わせること。そのためには、信長を動かすしかない。


「中国へ?」


「はい。山陰、山陽そして四国。これらを同時に叩き、西国における形勢を確定させるのです」


 具房は信長に、連携して西国を攻めるよう打診した。毛利家に二正面作戦を強いて、四国に手を出す余裕をなくそうというのだ。手を出してきたら出してきたで戦力が減り、撃破しやすくなる。どちらに転ぼうが、具房としてはいいことずくめだ。


「奇遇だな」


 返答を待つ具房にそんな言葉がかけられた。


「奇遇、とは?」


「我も同じようなことを思うておったのよ」


 信長から言うつもりが、具房に先を越されたという。この策は一見、織田家が被害担当のように思える。だが、きちんとメリットがあった。それは四国からの圧力だ。毛利はいつ四国から攻められるかわからなくなる。その心理的なプレッシャー、防御のために兵力が割かれることによって、信長の担当正面は弱体化することが期待された。


 加えて、中国を担当する秀吉からは増援の要請が入っていた。秀吉は毛利よりも兵は少ないながらも補給を断つなど上手く立ち回り、じりじりと侵攻。宇喜多氏を寝返らせて毛利本国への道を開くと、その入口ともいえる備中高松城の攻撃に取り掛かっていた。ここで信長に出陣してもらい、一気に片をつけるというのが秀吉の狙いだ。


「そうだったのですか」


「だから任せておけ」


 信長は雪解けとなる春ごろから動員を開始し、初夏には出兵するという。その際の先鋒は明智光秀。これまで明智軍は遊撃を担当していたが、東国の情勢が落ち着いているのでその任務を解除することとした。その任は代わりに房信軍が担うこととなり、明智軍は信長本軍の主力として行動する。


「実は、我々も春に攻撃するつもりでした」


「本当に我らは気が合うな」


 具房が計画を打ち明けると、信長は意外そうな顔をした後、破顔した。釣られて具房も笑う。その日は二人とも気分よく飲み明かした。




 ーーーーーー




 四国、白地城。


 この地では北畠軍と長宗我部軍が睨み合いをしつつ、和睦に向けた交渉が続けられていた。しかし、双方の条件が合わず、交渉は暗礁に乗り上げている。元親は縁のある明智光秀を介して具房に圧力をかけていたが交渉は進展せず、脅しに毛利と結んだと言えば逆に圧力をかけられる始末であった。


 役立たず、というのが元親の本音。だが、光秀はよくやっている。そもそも具房と光秀では身分が違う。大名と大名の家臣。さらにいえば、具房は信長の盟友であり、光秀が意見を言ったところで本来なら知らね、と一蹴されてもおかしくない。具房が交渉に応じているのは彼の厚意と光秀と親交があるからだ。だから光秀は必ずしもサボタージュしているわけではない。


 とはいえ、そんな事情は元親には関係ない。どれだけ努力していようが、結果が出なければ意味がないのである。織田家とのつながりは光秀に頼っていたこともあって、仲介はどうしても光秀にやってもらわなければならなかった。仕方なく光秀に働きかけを行う。そんななか、光秀からの手紙には北畠軍の作戦が書かれていた。


「『北畠軍は春ごろに攻撃を予定』か……。なるほど」


 聡い元親は、光秀の狙いを見抜く。光秀は自分には止められないので、元親が北畠軍に打撃を与えることで圧力をかけ、交渉の条件を引き下げさせるつもりなのだ。


(いいだろう。乗ってやる)


 他に案があるわけではないので、元親は光秀の策に乗ることにした。


(攻撃されるのは間違いなくここ、白地だ。さて、いかにして後の先をとるか……)


 元親は思案した末、畿内に人を遣ってこれまでの北畠軍の戦いぶりを調査させる。事例を研究して、攻撃の直前に敵の輸送が活発になることを突き止める。また、砲撃が盛んに行われるということも判明した。元親は輸送量の増大という兆候を見逃さないため、警戒を厳にするよう家臣たちに伝えた。


(これまで散々、煮湯を飲まされてきたがそうはいかんぞ)


 どうせ勝ちはない。だが、やられっぱなしというのは癪だ。せめて一矢報いてやらねば、と元親はやる気を漲らせた。


 長宗我部側で策略が練られているなか、北畠側は実にのんびりしている。具房は山は寒い、と言ってコートを被って震えていた。陣幕の外では再会した具長と顕康が稽古に打ち込んでいる。兵士たちも参加だ。


 油断しているといってもいいが、警戒を怠っているわけではない。四交代制を敷いており、当番の組は臨戦態勢をとっている。さらに周囲には忍たちがおり、怪しい行動はかなりの確率で察知できた。だから攻められても対応できる。


 万全の警戒態勢を敷いており、兵士たちは休んでいるが暇ではない。一方、具房は暇だった。書類仕事はあるものの、伊勢にいるときほどではない。その大半は決裁文書であり、内容を読んで可、不可(差し戻し)を判断するだけだ。すぐ終わる。具房の前世は歴史研究者。年に無数の論文や書籍を読むため、文字を読むスピードは速い。数が多くてもそれほど苦労はしなかった。


 暇を持て余した具房は、だらしなくグデーッと横になる。敵でもなければいきなり陣幕に入ってくることもない。安心してだらけることができた。寒さもあり、なるべく動きたくない。


「父上、よろしいですか?」


「入っていいぞ〜」


 だらけているため、声も間延びしたものとなる。そんな具房に呆れ顔をするのは彼の息子たち。稽古は終わったらしい。


「だらしなくしないでください、父上」


 顕康は入ってくるなり苦言を呈する。具長にライバル意識を持つ彼は何事にもきっちりしていた。生母の葵は寛容な性格なのだが、環境が人を育てる典型例といえるだろう。


「父上の陣幕は暖かいですね」


 対して、具房を真似てコートを被り、ぬくぬくし始めたのは具長。実母のお市はこういうとき、だらだらしない! とピシャリと言う性格だ。なのにだらだらしているのは、彼の性格が具房に似たからである。こちらは似たもの親子であった。


「兄上まで!」


「まあまあ、落ち着け次郎(顕康)」


 プンスカ怒る顕康を宥めてまったりタイム。子どもたちは緑茶で、具房はコーヒーだ。あまり量がないので貴重品だが、こういうまったりした空気のなかで飲むコーヒーは最高である。ちなみに、具房以外にコーヒーは不評だった。どうもコーヒーの苦味と酸味が苦手らしい。これが美味しいのに、と具房が思えば、あんなものが飲めるなんて!? と周りは彼を不思議クリーチャー扱い。具房としては不本意であった。


 それぞれが飲み物を飲みながら雑談する。だが、完全なフリートークというわけではなく、戦についての話が中心だ。注目されたのは、最近の長宗我部家の動きについて。


「そういえば、蒔母上が最近、敵の隠密がよく警戒にかかると仰っていました」


 北畠軍の陣地周辺には忍による警戒網が敷かれ、敵の忍や斥候を狩っていた。最近、その数が急激に増加しているという。


「敵に我々の作戦が漏れるのでは?」


 顕康は防諜について訊ねる。


「問題ないだろうが、警戒するに越したことはないな」


 彼我には諜報能力に大きな差があるものの、油断していいわけではない。気をつけるよう、関係各所に注意喚起することにした。


「油断しないという心がけはいいことだぞ、次郎」


「はい」


 弟が褒められ、具長は自分も何か言わなければと対抗意識を燃やす。


「盛んに偵察をしているということは、何か気になることでもあるのでしょうか?」


「あるだろうな」


 具房が即答したことに、具長は意外という表情を見せる。ここまで反応が早いとは思わなかった。


「父上は理由をご存知なので?」


「知らないが、察しはつく」


 春に攻撃があることを察知し、動向を監視しているのだろう、と具房。長宗我部側の狙いを正確に看破していた。


「なぜそう思うのですか?」


「それはな次郎、父がそうなるよう仕向けたからだ」


「「えっ?」」


 具房の爆弾発言にどういうこと? と息子たちが詰め寄る。カラクリはとても簡単だ。周りに人の気配がないことを確かめてから、具房は裏の事情を話す。


「二人も知っているように、長宗我部は明智を介して我らに交渉をもちかけてきた。両者の間には繋がりがあるというわけだ。しかし、交渉は難航している。それはなぜかな?」


 具長に目を遣る。答えろということだ。


「条件が合わないからです」


「そうだな。そして我々は最初から条件を変えていない。必要ないからな」


「拒否すれば長宗我部を滅ぼせばいいから、ですね」


「その通り」


 この父子、かなり物騒なことを言っているが実際そうなのだから間違ってはいない。


「つまりは、長宗我部の立場が悪いのは軍事的に劣勢だからだ。では、それを挽回するためにはどうすればいいと考える?」


 今度は顕康に目を向ける。彼はしばらく考えた後、


「やはり戦で勝つことでしょうか?」


 と答えを捻り出した。


「それが最後の望みだろう。明智としても交渉がまとまらず、さらに長宗我部が滅んだとあっては面目丸潰れ。そこで両者は我らを負かそうとするわけだ。だから俺は明智殿に、敢えて春に攻撃すると言った」


「なるほど……。しかし、それでは敵に警戒されて、打撃を与えられないのでは?」


 具長から至極もっともな質問が飛ぶ。たしかに攻撃があることを察知されてしまうと守りを固められ、いくら戦闘力に差があるといえども被害を増やしてしまう。具房の行動は一見すると悪手だ。


「もしや、時期をずらすのですか?」


「惜しいな」


 顕康の答えは惜しかった。敵の裏をかくという点では正しいが、時期をずらすわけではない。


「いいか、二人とも。覚えておけ。戦において大切なのは、敵の防備が薄いところを攻めることだ」


 具房はくっくっく、と悪役めいた笑みを浮かべていた。







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― 新着の感想 ―
[一言] 私の実家と言うか本籍が北畠神社の近くで毎年初詣に行ったりして馴染みがあります、いつも活躍しない北畠氏がこの小説では主役、しかも活躍するので一気に読んでしまいました。これからも頑張って更新続け…
2021/05/16 19:28 イルカップ
[一言] 敵の防備が薄いところ、まさか土佐の南側の海上から本拠に対する敵前上陸だったり?
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