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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十一章
156/226

勢揃い(下)

 



 ーーーーーー




 具房が京に到着した翌日、北陸方面で戦っていた浅井長政が入京した。長政は信長、その次に具房の許を訪ねる。


「雪道は思いの外、時間がかかるのですな」


 これまで、長政は所領のある近江の近くで戦ってきた。畿内にも雪は降るが、豪雪というほどではない。なので、北陸の深い雪のなかを進む感覚がわからず、余裕を持たせなかった。その結果、吹雪に見舞われて数日間の足止めを食らい、年始くらいには着こうと思っていたのが遅れてしまったという。


「わたしも冬の嵐で船が出ず、少し遅れてしまいました」


 だが、何はともあれ無事で何より、と具房。それから歓談に入ったが、長政は北陸戦線の話を持ち出した。


「かなり苦戦されているご様子」


「そうなんです。上杉軍は山などに籠もって頑強に抵抗を続けて……」


 歩兵というのはかなり厄介だ。塹壕や地下などの陣地に籠もった歩兵は堅い。現代では核兵器をはじめとした大威力の大量破壊兵器が存在するが、それを歩兵の陣地に落としても(十分な備えがあれば)殲滅することはできない。どれだけ技術が進んでも、最後は人なのだ。


「それは根気強くやらないと」


 こればかりはどうしようもない。銃砲火で援護しつつ突撃して陣地をひとつひとつ落としていく。それが基本的ながらも最適解だ。


「今年の留学生が春に卒業するので、それに期待ですかね」


 伊勢には多くの学校があるが、そこでは友好勢力からの留学生を受け入れていた。浅井家からは集英館に石田三成、軍学校に大谷紀之介が入っている。とはいえ、これらの学校を卒業したからといって戦況が打開できるわけではない。具房は過度な期待はしないように、と注意した。


 それから話は縁組みになる。前々から、信長を中心とした同盟を強化するための婚姻が進んでいた。織田家からは信長の妹が北畠、浅井家に、娘が徳川家に嫁いでいる。北畠家も織田家に雪が嫁ぎ、嫡男の具長には家康の娘が嫁ぐことになっていた。残るは浅井、徳川と浅井、北畠の婚姻である。


 前者については最近生まれた長政の娘が信康の子どもに嫁ぐことが決まった。こうなると具房も先延ばしにはできず、話し合いの末に茶々が長政の子の万福丸に嫁ぐことになる。少し歳は離れているが、仕方がない。今後は婚約者として、万福丸が伊勢を訪ねることになっていた。茶々は少し気難しいところがあるので、馬があえばいいのだが……と具房は少し心配。万福丸の年上としての器量に期待である。泣かせるようなことがあれば家族会議だ。真剣持ちのO・HA・NA・SHIである。ちょっと怪我をするかもしれないが、問題ない。多少の怪我は男の勲章である。


「娘(茶々)のこと、よろしくお願いしますよ」


 ははは、と具房は笑う。音声的には笑っているのだが、顔は真顔。特に目がヤバい。瞳孔が開いて見せられないよ、な状態になっている。


「う、右府様? 顔が怖いんですが……」


「そんなことあるわけないだろう。ワタシハフツウダヨ」


 子煩悩、ここに極まれり。長政は万福丸に、嫁(茶々)の扱いにはくれぐれも注意するように言い聞かせようと思った。具房が怖すぎる。


 長政を恐怖させた具房だが、実際は娘の幸せを願う普通の親だ(この時代の基準からすると、かなり常軌を逸している)。


「お帰りなさいませ、父上」


「おう、亮丸か」


 具房が京に戻るのに合わせて伊勢から合流した人間が数人いる。亮丸はそのひとりだ。ライバルの具長が武田攻めで初陣し、その次の戦では亮丸も初陣する予定だった。しかし、予定が狂って元服が行えず、初陣もずれ込んでいた。


「父上、式は明日ですよね?」


「ああ。駿河殿(家康)が烏帽子親だ」


 本当は督姫を貰う具長の烏帽子親になるのが普通だが、嫡男ということで信長が優先された。そのため家康は亮丸の烏帽子親になっている。


「待ちきれません」


「はっはっは。気持ちはわかるが落ち着け。常に冷静にと教えたはずだぞ」


「は、はい」


 具房が注意するも、亮丸はすっかり興奮していた。本人の性格というよりは、焦りとその反動といえるだろう。だからプレッシャーを増やしても問題ない。


「四国攻めにも連れて行くからな」


 待遇としては具房の副官だ。最前線には出ないが、初陣は初陣である。


 翌日、亮丸の元服が行われた。烏帽子親の家康が烏帽子を被せ、名づけを行う。


「これからは顕康と名乗るがいい」


 亮丸は家康から「康」の字を貰って顕康となった。「顕」の字もまた北畠家の通字だ。南北朝時代の顕家たちが有名である。顕康は浪岡北畠家を継承するため、この名前にした。


 伊勢に支援を求めた浪岡家の残党は秋田氏の支援を受けて旧領回復に挑んだものの、津軽為信に敗れている。このとき、生き残っていた男子が敗死したため、浪岡家の血統は絶えてしまった。残るは伊勢に残った女子(湊)ひとりであり、具房は湊を懐いている顕康に娶せ、浪岡家を継がせることとした。ゆくゆくは、彼を旗頭にして東北平定を行うーーというのが信長と具房の構想だ。


 実母の葵も元服に立ち会うために上京している。顕康の浪岡家継承構想を聞かされたときは、農民の娘の子が奥州の名家を継ぐなんて……と恐縮していた。昔はともかく、今は自分の出自を気にしなくなっていたが、継承問題ともなれば慌てるらしい。代わりに他の子ども(お市や敦子が産んだ子)を後継にしてはどうかと言ってきたが、具房は政略結婚といえども本人たちの相性などを可能な限り考慮して決めたいと思っている。具房は出自も特に重視しないため、顕康が選ばれた。


「これでそなたも一人前だ。兄(具長)を好敵手と思って切磋琢磨するのもいいが、少しは落ち着きも持つように」


「しっかりするのですよ」


「はい。父上、母上」


 式が終わり宴会が行われる。挨拶回りをしようとする顕康に対して、具房と葵はそう言葉をかけた。


 顕康の元服は、残念ながら具長のそれと比べると格が落ちる。信長は不参加で、代わりに弟の信包を送っていた。烏帽子親の家康や具房よりも勢力で劣る(格下の)大名である長政や北条氏直は出席している。


 宴の途中、具房は氏直と別室に向かった。会談のためだ。その場に同席するのは二人の他に、伊勢から出てきた律。氏直の叔母だ。葵たちについてきた。曰く、稚児を作るため。妻たちのなかで子どもがいないのは彼女だけだ。家と家のつながりでもあるので子どもは重要。それはわかる。問題は京にまで出向くほどのことかということだ。具房としてはその辺りを疑問に思ったが、問うようなことはしない。責めていると思われるかもしれないからだ。


「叔母上、お元気そうで何よりです」


「はい。甲斐にいた頃とは大違いですよ」


 楽しく過ごしている、と律。具房がいるから出たおべっかではなく本音だ。着るものも食べるものも上等で、北畠家での暮らしは中世でも最高レベルの生活である。不満があるとすれば、具房が忙しすぎてあまり会えないことか。だからこうして押しかけてきたのである。


 北条家の叔母甥が話し込んでいる横で、具房は書状を読んでいた。送り主は氏政。隠居の身ではあるが、未だに実権を握っている。内容はお礼とお願い。


 お礼は、北畠家との交易で領内が好景気だよありがとうということだった。具房としては、代わりに伊豆などから産出された金が手に入るのでとても儲かっているので気を遣ってもらわなくてもいい。ひと言あるとすれば、じゃんじゃん買ってください、ということだけだ。買ってもらえればもらえるほど儲かる。


 お願いについては、軍需品(特に鉄砲)を売ってほしいというもの。北条家は現在、関東平定に乗り出している。最後に残った常陸の有力大名・佐竹氏を討伐するために武器を求めていた。北条家は上野を除く関東勢を動員して攻撃している。しかし、佐竹氏は東北勢と友好関係にあり、後方を気にせず戦えていた。そのためかなり苦戦を強いられている。それを打開すべく、具房に武器を求めた。


「承知した。なるべく早く届けよう」


「っ! ありがとうございます」


 氏直は嬉しそうにしている。だが、具房にとっても嬉しい話であった。現在、北畠家は四国攻めを行っているが、戦闘によって武器が消耗している。鉄砲はライフリングが削れると使えない。寿命を迎えたものから新しいものに交換され、古いものは後送された。


 ここで鉄砲は二つの道をたどることになる。ひとつは銃身を交換されて前線へ再び送られる、もうひとつは機関部をマッチロック(火縄)式に代えて他家に売り払うというものだ。残っているライフリングを削らなければならないという手間はあるものの、こちらの方が儲かる。それに作業は具房がするわけでもない。技術流出を考えると必要な手間だ。


 それほど時間があるわけでもないので、会談は用件を済ませると終わる。見ていなかったが、顕康は挨拶回りの仕事をきっちりとこなしたようだ。具房は褒める。褒めるべきことはちゃんと褒めるのが具房の子育てスタイルだ。


「疲れただろう。明日は馬揃えだからな。早く休むといい」


「わかりました」


 おやすみなさい、と顕康。具房もおやすみ、と応えた。息子を見送っていると、横にいた律がちょいちょいと袖を引いてくる。言葉はないが、わたしのことを忘れてない? と訴えかけるようだった。そんなわけないぞ、と具房は彼女と一緒に寝室へ向かう。明日の予定があるので今日のところは軽い運動に留めておいた。




 ーーーーーー





 織田、北畠、徳川、浅井、北条。


 京には現在の中央政権に参画する有力大名が勢揃いしていた。彼らが率いる軍勢が一堂に介し、列をなして京の町を進む。


 正親町天皇をはじめとした朝廷関係者、町民たちが見守るなか、第一陣として浅井長政以下の浅井軍が現れた。宮部継潤が先頭を行き、騎馬武者が続く。そして磯野員昌、遠藤直経、浅井亮親らを伴って長政が現れる。先ほどまでの浅井勢とは異なり、馬がいい。特に長政のそれは特に立派だ。群衆は喝采を送る。


 次に現れたのは北条軍。遠方かつ戦時であるため、当主が来ているといってもその数は少ない。ただ、見慣れない坂東武者の姿に人々は好奇の目を向けていた。


 徳川軍で目を引くのは武将たちの馬のよさ。特に家康、信康父子の馬は素晴らしい。先に通った長政のそれと比べても遜色がなかった。また、連れてきたのが駿河衆ということもあり、武将を除くと軍装が統一されていて、賑やかさという面では劣るが、無骨さとそれからくる威圧感がある。


 続いて公家衆が現れた。武芸に秀でた人間が選抜され、参加を許されている。筆頭格はやはり近衛前久。毛並みがよく、大柄な馬に乗った彼はとても目立つ。若いころ、上杉謙信と組んで関東で大暴れしていた。さすがに前線で刀を振っていたわけではないが、その迫力は他の比ではない。その他、日野輝資や烏丸光宣なども参加していた。輝資の馬も前久には劣るがなかなかのもので、人々の注目を集めている。


 だが、この日一番の注目を集めたのは北畠軍だった。まずなんといっても馬体がいい。武将がいい馬に乗っているのは珍しくもなんともないが、一般兵に至るまでが良馬に乗っていることに人々は驚く。三列になって進む北畠軍は先頭を大きな旗を持った兵士が進む。旗には雪、月、花の意匠が施されており、それぞれ雪部隊、月部隊、花部隊ということを表している。銃を背に斜めにしてかけ(スリングを利用)、儀仗用の騎兵槍を掲げていた。具房は大きな白馬に乗り、彼らを従えて悠然と進む。すぐ後ろには、旗印である笹竜胆の大旗が翻っていた。


 北畠軍に主役を盗られた感はあるものの、あくまでも彼らはゲスト。ホストはあくまでも織田家だ。その織田軍、先頭を進むのは丹羽長秀率いる若狭衆、二番手は明智光秀率いる畿内(摂津、河内、和泉)衆、三番手は柴田勝家率いる越前衆、四番手は房信以下の一門衆(房信、信雄、信包、信興、信孝など)だ。ただ、良馬揃いの北畠軍と比べると、一部の武将だけがいい馬に乗っている織田軍では迫力に欠けた。


 そこへ登場したのが信長だ。この大連合の盟主は自分だといわんばかりの、威風堂々とした佇まい。周りを固める将兵も、北畠軍に劣ることない良馬に跨っていた。この軍は信長直轄。北畠軍を真似た常備兵であり、惜しむことなく金を突っ込んでいた。なので、質はともかく見た目は整っている。


 その日、群衆の話題は馬揃えの話題一色だった。話は北畠軍の馬についてから始まる。


「伊勢様(具房)の軍、あれはいい馬だったな」


「伊賀で飼っているそうだ」


「伊勢様の領内では、村ごとに必要な数だけ馬が配られるらしいぞ」


 やいのやいのと北畠家関係の話で盛り上がる。すると、決まってこのような反論が出た。


「織田様(信長)の馬もよかったではないか」


 と。たしかにその考えは間違っていないのだが、政治に明るい京の人間としては失格だ。


「お前、知らないのか? 織田軍の馬はほとんど北畠家から買ったものだぞ」


「そうなのか?」


 うんうんと頷く人々。この程度は常識だ。柴田勝家など具房が嫌いな人間を除き、織田家をはじめとした友好的な諸大名、公家たちは北畠家から買ったり、前久などは献上されたりしている。


 京以外からの人もそのような話を聞き、北畠家すげえ、という空気が生まれた。具房は意図していないのに、北畠家の株が知らないところで爆上がりするのだった。







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