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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十一章
144/226

甲府会議

 



 ーーーーーー




 甲府。かつては甲斐武田家の拠点となっていた町だが、その武田家は滅んだ。今は織田、徳川、北畠、北条軍による占領を受けている。


 その町中を軍隊が行進していた。先頭は錦旗。続いて織田家の織田木瓜、北畠家の笹竜胆、徳川家の三ツ葉葵、北条家の三つ鱗ーーいずれも甲府の人々は見たことのない旗印だ。それが、人々に支配者の交代を印象づける。


 各軍が装備した夥しい量の鉄砲、大砲。馬も大型のいい駒が揃っている。特に織田軍の一部や北畠軍では軍装まで統一されており、ガシャガシャと音を立てて数千人が一糸乱れず行進する様は、見る者に威圧感を与える。勇壮な音楽が華を添えるとともに、威圧感を増大させていた。


 この軍事パレードは具房が発案したものだ。軍事力を見せて甲府の人々に安心してもらおう、というお題目だが、これはあくまでも建前。本当の目的は、逆らったらこの軍隊がお前らに向かうぞ、という警告だ。


 新たな支配者を拒絶する勢力は必ず存在し、それをどう抑え込むかがこれから大切になる。一番の懸念材料は武田の旧臣だ。既に新府城に詰めていた武田兵から、勝頼の子ども(男子)が甲斐を脱出したとの情報を得ていた。彼らを頼みに、旧臣がレジスタンス的な抵抗運動を展開するかもしれない。


 レジスタンスを含む抵抗運動は厄介だ。潰しても潰しても、台所の敵のようにまたどこからともなく現れる。普段は一般人に紛れ込んでいるため、なかなか気づけない。いるとわかっていても見分けがつかないから始末に困る。まさか、皆殺しというわけにはいかないからだ。


 そこで、真に有効なのは抵抗運動を敵にしてしまうこと。軍事パレードで強大な力を見せつけ、逆らうとそれが向けられると教える。人は基本的に生存欲求に忠実だ。抵抗運動に誘われれば、自分たちに害があると考え、参加を躊躇する。あるいは、こいつが下手人です、と突き出してくるかもしれないし、そうなることを望んでいた。


「しかし、凄まじい威容ですな」


 氏政は改めて、北畠軍や織田軍の鉄砲の多さに驚く。徳川軍も北条軍より装備数が明らかに多い。


「これからは盟友です。ご入用でしたら、用立てますよ?」


「お願いいたす」


 佐竹家は関東における抵抗勢力として残り続けており、これと対決しなければならない。さらに将来的には上杉家との戦いにも駆り出されると氏政は予測していた。そのとき武功を立てるためにも、軍備の増強は進めるべきだ。


 氏政は早速、中古ながら千梃の鉄砲を注文した。支払いは伊豆の金。支払う方もそうだが、売る側も中古とはいえそれだけの鉄砲を持っていること自体、驚きだ。氏政も鉄砲の価値は知っている。千梃は……と難色を示されると予想していたので、二つ返事で引き受けられるとは思ってもみなかった。


(凄まじい……)


 北畠家の力に舌を巻く氏政。だが、一大工業地帯となった伊勢を領有し、堺や京などの商人と親しい具房と関係を結んだ意義は大きかったといえる。少なくとも関東では抜きん出た軍事力を備えられるのだから。飛躍を予感し、氏政はほくそ笑んだ。


 戦いは終わったわけだが、それで撤退できるわけではない。決めなければならないことが多い。書状でやりとりするのは面倒なので、ここで決めてしまおうということになった。


 躑躅ヶ崎館は北畠軍の砲撃で外郭がボロボロになっていたが、建物はほとんど無事だった。今はそこを四家合同で使っている。戦地の出張所みたいなものなので、広さとしては十分だ。また、会議を開くことも容易というメリットがあった。


 それぞれが帰る前に決めたいこととは、詰まるところ領土について。武田家の領土であった甲斐、信濃、上野をどのように分配するのか、ということだ。まだ全土を確保したわけではないが、それはもはや時間の問題。なので、分け前をどうするかに信長たちの関心は移っていた。


「相模守(北条氏政)、上野はどうか?」


「はっ。開城は進んでおります。残っているのは沼田の真田、厩橋の北条くらいですな」


 その二城についても降伏した信廉など、武田一門の生き残りから開城するよう説得していた。彼らからの報告では、条件が折り合えば降る見込みだという。


「上野には滝川を入れる。仕置きは任せるぞ」


「はっ」


 一益は上野と真田領の統括を任された。後日、彼は軍を率いて上野へ入国。北条軍の武力を背景に真田氏から沼田城を、北条高広から厩橋城を接収する。以後、関東管領として厩橋城を拠点に上野統治を行うとともに、東国の諸大名を統括する重役を担った。


「頑張ってください」


「はい!」


 具房も別れ際、激励の言葉をかけた。上野に行くとはいえ、尾張の所領はそのままなのでご近所でなくなるというわけではなかった。離れてしまったが、二人はその後も交流を続けていく。


 他方、北信濃は森長可が中心となって攻略を進めていた。報告を受けた時点では海津城を目前としており、時間的にそろそろ占領できるだろうと思われる。


「北陸でも義弟が活躍してくれている」


 信長は嬉しそうだ。今回の武田攻めにあたって懸念されたのは上杉家の介入である。内紛が続いて割とボロボロだが、それでも武田が滅べば明日は我が身。援助しても不思議ではない。それを抑止すべく、最上家などに東北方面から圧力を加えさせるとともに、北陸から軍を進めて圧迫していた。それを担当したのが、手取川で半壊した軍を再建した浅井長政である。


 長政は銃火器を使って越中の上杉軍を圧倒。破竹の勢いで進撃し、要衝である魚津城を陥落せしめ、春日山へと雪崩れ込まんとしていた。さすがに国境を固められた上、物資も心許なくなってきたために進撃は止めたようだが。


 北陸は織田家で確定。上野は北条家から織田家が借りる、という形式をとっている。ここまではいい。問題は甲斐と信濃だ。これを誰が取るのかで揉めている。


「三郎(徳川家康)、南信濃は要らんか?」


「いえ、これ以上は無理です」


 信長は家康に南信濃を勧める。が、家康は断った。駿河は安定化してきたとはいえ、新しい領地を統治できるほど余裕があるわけではない。それに、信濃などただの山国である。旨味がまったくない。


「某は甲斐から産する金の一部でも貰えれば……」


「それは困る」


 家康は甲斐にある金山の採掘権を要求した。しかし、これは信長がダメと言う。甲斐もやはり山国で、武田信玄が必死に治水などを行なって農地を広げたものの、濃尾平野の収穫量には遠く及ばない。それだけなら領有したくない土地だが、この国には鉱山がある。しかも金山だ。これこそ武田飛躍のきっかけ。信長は但馬生野銀山を押さえているが、金山は持っていない。これを手に入れれば、財政がかなり潤う。いくら家康とはいえ、これを持っていかれるわけにはいかなかった。


「義弟殿(具房)はどうだ?」


「飛地はちょっと……」


 管理が面倒だ。しかも山国で何もない。強いていえば木材だが、それは伊賀や紀伊に腐るほどある。わざわざ信濃から運んでくる必要を見出せなかった。


 結局、甲斐も信濃も信長が支配することとなった。これで領土問題は解決したが、鉱山の採掘権問題は残っている。さらに具房への褒賞問題まで発生し、事態の収集には至っていなかった。


「わたしは金や銀の購入にいくらか便宜を図っていただければそれで……」


 具房の領地では金銀が産出しない。銅からわずかに含有された金銀を取り出すことで貴金属を得ていたが、やはり限界がある。だからそれをお友達価格で売ってくれ、という要望だった。領内では貨幣経済が急速に活発化しているため、マネーストックが足りていない。金銀が少しでも安く入ってくれば具房としては嬉しかった。


 信長はそれくらいなら、と要求を受け入れた。金を独占できないばかりか、既に持っている銀山からの収入までも目減りするわけだが、働かせるだけ働かせて褒賞ゼロとはいかない。渋って変な要求をされるよりはマシか、という判断をした。


「三郎(家康)も金を安く売るのはどうだ?」


 家康にも同じような条件を提示した。う〜ん、と悩む家康。信長との関係は大事だ。とはいえ財政は火の車であり、財政的には金山がほしい。


「……家臣と話し合いたいと思います」


 決めかねた家康は持ち帰ることにした。その夜、徳川家が使っている区画からは夜遅くなっても灯りが消えることはなく、時折怒号が飛び交う。


 翌日、再び会合が開かれて家康の返答がなされた。


「木綿を多く買っていただけるならば、金を安く売るということで我々も受け入れたいと思います」


 要は、金を買うだけの余裕がない。だから特産品の木綿を信長に買ってもらい、それを金の購入にあてるというのだ。


「木綿か……」


 信長は渋い表情になる。あまり乗り気ではない。なぜなら、綿の生産を始めていたからだ。


 本願寺を降伏させた信長は畿内の開発に着手していた。そのとき、金儲けの手段として綿花の栽培を始めている。手本にしたのは家康が治める三河。伊勢への輸出を中心に、かなりの収入になっていた。そこに目をつけたのである。具房とも生産されたものを買うということで話がついており、成功はほぼ約束されていた。


 が、ここで三河から綿が入ってくると今はともかく、将来的には勃興してくる綿産業の障害となる。だから受け入れたくないというのが本音だ。


(ま、自国産業は守りたいわな)


 グローバリズムが進み、国際的な分業が進んだ現代を生きた具房からすれば、その考えは無駄に思える。が、戦国時代は分業などまったく考えられていない。自分で何でもやる、というのが基本姿勢だ。産業保護は当たり前の考えである。


 気持ちは理解できるが、ここで折り合わなければ両者の関係が拗れかねない。具房は駿河を先に取ったのは性急だったかな? と過去の自分の行動を反省しつつ、ある提案をした。


「綿はわたしが買いましょうか?」


「っ! よいのか?」


 信長は喜色を浮かべる。だが、それでは北畠家が丸損だと思い直した。実質的に、北畠家が徳川家の金をも買いつけるというのである。普通は躊躇するはずだ。もう少し慎重に決めなければならないだろう、と信長。彼は人のいい具房が、善意から申し出たものだと思ったのだ。


「大丈夫ですよ」


 止められたにもかかわらず、具房はそれで通そうとする。別に親切心で買おうというわけではない。その気持ちもないわけではないが、大きいのは冷徹に算盤を弾いて出した結果だ。


 北畠家による綿の買取案。一見すると北畠家が損をするように思える。国産化されて値は少しく下がっているとはいえ、まだまだ安いとはいえない綿。出費はかなりのものだ。領内での需要はあるとはいえ、過剰供給は必至だ。


 しかし、具房の手にかかればその綿が金に化ける。転売するのではない。まったく別の商品にするのだ。それが火薬。綿火薬を造り、それを他家に売り払おうというのである。火薬は綿の比ではないほどの貴重品であり、値段もはるかに高い。加工費などの差額を引いても、お釣りが十分に出た。


 これからは取引相手に北条家も加わり、間違いなく需要が増える。火薬の増産を考えていた具房にとって、綿の輸入拡大は既定路線であり、今回の話は渡りに船であった。


 火薬が綿からもできるという絡繰を知らない信長と家康は心配するが、大丈夫大丈夫と押し切る。


「すまんな」


 と信長や家康は申し訳なさそうにしていた。だが、内心では、


(ありがたい)


 と喜んでいた。だが、どこか引け目を感じており、具房に対する感謝の気持ちを抱くのだった。


 かくして交渉は妥結し、織田家は甲斐と信濃を領有。北条家は上野を得て(織田家が借りる)、北畠家が武器などの通商などを行うこととなる。北畠、徳川家は甲斐から採れる金を安く売ってもらうことに。そして北畠家は徳川から綿を購入することとなった。


 甲府で済ますべき用事はなくなった。自然、解散という流れになる。甲斐の統治を任されることになった河尻秀隆を除いた部隊が撤退の準備を始めた。


「相模守。助力に感謝する」


「当然のことです。皆様、お元気で」


 まず北条氏政が八王子を経由するルートで小田原への帰途につく。


 具房、信長、家康(とその子どもたち)は東海道を使って帰ることになっているため、駿府まで馬を並べる。


「ご無事のお戻りを」


 駿府では同地を拠点にする家康が離脱。徳川軍は遠江、三河でも離れていった。そして具房も尾張で信長たちと別れる。


「甲府で会う、という約束は達成されましたね」


「ああ。これからも頼むぞ、義弟殿」


「こちらこそよろしくお願いします。左近殿(房信)もしっかり。雪のこともよろしく頼むぞ」


「お任せください!」


 房信はこれから織田家の東国支配を担っていくことになる。重責を負う彼を激励したのだ。あと、妹のことを案じて。


「倅殿(鶴松丸)も息災でな。京で待っているぞ」


「はい」


 信長もまた鶴松丸を激励する。次に会うのは京で行われる彼の元服だ。しばしの別れ、と四人は別れた。が、直後に具房はあることを思い出した。


「そうそう、忘れてた。左近殿」


 慌てて房信を呼び止める。


「? 何でしょう?」


「雪から口止めされていたんだがもういいだろう。おめでとう、懐妊したそうだ」


「えええっ!?」


 最後の最後でとんでもない爆弾を放り込んだ。







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[気になる点] >「はっ。開城は進んでおります。残っているのは沼田の真田、厩橋の北条くらいですな」 北条高広(きたじょうたかひろ)でしょうか?
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