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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十章
143/226

武田の最後

 



 ーーーーーー




 甲府を脱出した勝頼は諏訪を目指す。だが、同地の重要拠点である高遠城は落城しかかっていた。織田、徳川軍の主力部隊が到着し、猛攻を加えているためだ。こちらでは房信と一益が、銃砲を潤沢に装備した精鋭部隊を使って激しく攻め立てる。


「小山田備中守(昌成)様、大学助様討死!」


「門が破られました!」


 絶望的な報告が次々と上がってきた。城主の仁科盛信は限界を悟る。


「兄上(勝頼)に申し訳が立たぬわ」


 そう言って自害。高遠城は落城した。落城を知らせる使者が、勝頼の許へ飛んだ。


「ば、バカな……」


 最早、言葉もない。先日、甲府が陥落したとの連絡があった。これで勝頼は進路も退路も絶たれてしまったことになる。完全に袋の鼠だ。


「父上。いかがなさいますか?」


 嫡男の武王丸が訊ねる。


「新府へ向かうぞ」


 仕方ないので、新たな拠点として整備されていた新府城へ向かう。まだまだ完成してはいない。籠城などできっこなかった。が、まともな場所がここしかないので仕方がない。


「……囲まれたか」


 勝頼は杖を突いて立ちながら外を見た。笹竜胆(北畠家)、木瓜紋に永楽銭(織田家)、三ツ葉葵(徳川家)などなど、複数の旗が翻っている。一際目を引くのが錦旗。それが勝頼を憂鬱にさせた。


 城に残っているのはほぼ一門か家臣。兵士はとっくに逃げ出している。防戦など望めない。攻めてきたら討死だーーそう心を決めていた。


 この場に浅井久政はいない。逃亡した。道に詳しい人間を雇い、獣道を利用して包囲を脱出。東海道を通って中国にいる義昭のところへ行く、と彼は言っていた。勝頼は武王丸を除く子どもを同行させている。武田の命脈を保つためだ。


 本当は勝頼も含めて脱出したかった。しかし、足を怪我した状態で山道を歩くのは厳しい。完全に足手纏いになる。もし敵の追撃を受けた場合、逃げきれない。だから残って敵の耳目を引きつける役割を担った。


「そなたも逃げればよかったものを」


「ひとりくらいは父上にお供しなければ」


 横にいる武王丸に対して暗に逃げることを勧める勝頼。だが、武王丸は決して聞き入れなかった。勝頼も仕方がない、とこれを認めている。何だかんだ言いつつ、残ってくれたことを嬉しく思っていた。


 籠城しているが、準備はまったくされていないため食糧はほぼない。付近からできるだけ集めたものの、限界があった。一日二食にするなど工夫して時間を稼いでいる。


 城には使者がやってきて降伏を勧めてきた。しかし、勝頼はこれを拒否し続けている。降伏などあり得ない。ここで降伏すれば、今まで戦ってきた自分は何だったのかということになる。アイデンティティの問題から、降伏を拒絶していた。とはいえ、状況を打開できるかといわれれば否だ。ゆっくりと滅びを待つばかりである。


(今は朝敵。降ったところで打首だ)


 ならば最後はせめて武士らしく死ぬ。つまりは自害だ。罪人として打首になるよりは自害して死にたい。


 翌日、勝頼は武王丸を元服させる。武田家代々の通字である「信」と勝頼の「勝」とを組み合わせて信勝と命名された。慣例ゆえに仕方がない面もあるが、滅亡を目前にしてそのような名前をつけるのは悲哀を感じさせる。


 敵が攻めてきたのは、幸運にも元服が終わってからのことだった。いよいよその時が迫っていた。


「時を稼げ」


「「「はっ!」」」


 家臣たちは勝頼が自害する時間を稼ぐべく城外へ出て行く。攻め寄せたのは織田軍。あくまでも織田軍が主力で戦った、ということにしなければならないからだ。


 土屋昌恒、小宮山友晴、阿部勝宝などが奮戦し、織田兵を寄せつけなかった。多少の負傷は意にも介さず、息絶えるその瞬間まで戦い抜く、という固い意志を胸に得物を振るう。


 織田軍は彼らに手を焼き、房信は銃撃させて排除する。胴体に何発か浴びた程度では気合で立っていたが、頭部などの急所に当たると倒れた。


 土屋昌恒は蜂の巣になる。意思に反して力が抜け、立っていられなくなった。地に這うことになった昌恒。最後に彼が見たのは、火の手が上がる建物だった。そこは勝頼たちがいた場所。昌恒は使命が果たせたことに安堵して意識を手放した。




 ーーーーーー




「そうか。自害したか」


 捕虜にした武田軍の人間から、勝頼たちが自害したという報告を受けた具房。その後、しばし静かに瞑目した。


「四郎(勝頼)を悼むのですか?」


「敵でも味方でも、死ねば皆『死人』だ」


 死者に敵も味方もない、と具房は説明する。なるほど、と訊ねた房信も黙祷を捧げた。


 終戦後、具房たちは部隊を率いて甲府に向かう。そこで信長を迎えるのだ。既に信長は岐阜を発ち、甲府に向かっているという。また家康や北条氏政もそれぞれ甲府を目指して軍を進めていた。


 道中は具房、房信、徳川信康が並びやや遅れて滝川一益が続く。信康の読書談義が始まる前に、具房は話題を振った。


「滝川殿。我が義弟(房信)の戦いぶりはいかがだったかな?」


「見事な武者ぶりでした」


 一益は房信が大砲や鉄砲を上手く活用して高遠城を攻略した、と説明した。


「たしかに、さっきの戦いでも拘泥せず早々に銃撃で仕留めるという判断はなかなか」


「そ、そんなことありませんよ」


 房信は照れていた。無敗を誇る具房はいうに及ばず、一益も戦上手と知られた存在だ。その二人から褒められ、とてもむず痒い。


「三河殿(徳川信康)も飯田城では上手く戦ったとか」


 照れくさくなり、信康の話にすり替える房信。具房はこれに乗った。


「ほう。どうなのだ、石川殿?」


「砲を使い、一気に決めてしまわれました。攻めどころを見極める目はさすがのひと言にございます」


「そうか。織田も徳川も次代は安泰だな」


 軍事的な才能は、房信に関していうと可もなく不可もなく、普通にやっていれば普通に結果がついてくるタイプだ。大きな失敗はない。織田家のような大勢力で大きな失敗がないというのは、かなり厄介だ。普通に強い。


 信康は非凡な才能を持っているといって問題ないだろう。史実でも軍事的な才能は高く、現世においても飯田城攻略の重要性については、誰かに入れ知恵されたわけでもなく自分で気づいていたらしい。さすがである。


 そして二人とも、統治を問題なくこなしている。文武両道を地で行く優秀な人材だった。


「鶴松丸殿は?」


「統治は問題なくこなせているが、軍務はどうかな?」


 鍛えているので腕っ節は保証できるが、指揮能力は未知数だ。今回も初陣ということで連れてきたが、戦場の空気を感じさせるだけで指揮は任せていない。判断しかね、疑問形での返答となった。


 話題に上っている鶴松丸は甲府でお留守番である。新府城攻略で北畠軍はただいるだけになる予定だったからだ。馬鹿みたいに兵力を連れてきても無駄に兵士が疲れるだけなので、三旗衆の雪部隊のみを連れてきていた。


「それにしても、武田は手強かった」


「最後の抵抗も、武田の意地を感じました」


 房信と信康は武田家の壮絶な抵抗を見て畏怖しているようだ。具房も倒れた敵の遺体を見たが、銃創の他に無数の傷があった。明らかな深傷と思われるものも少なくない。あれで戦っていたのだから、なるほど恐ろしい執念だ。


「〜♪」


 自然と歌詞が口を突いて出た。西南の役、屈強な敵軍を前に刀一本で立ち向かった勇士たちを称える歌が。


「歌ですか?」


「苦手なのに珍しい」


 珍しがっているが、具房は意に介さず歌う。


「〜♪ 〜♪」


「「「おおっ」」」


 平凡な歌しか作れず、歌会などには滅多に出ない具房。そんな彼が見事な詩歌を披露したので、場にいる人々は驚く。パクりなのだが、それを知るのは具房のみである。


 それから房信たちも真似て歌い始めた。若さゆえか記憶力抜群で、何回か教えているうちに歌詞をマスターしてしまった。


「ここは声を高くしなければならないのか」


「あ、またずれた」


 などと言いつつも繰り返し歌い、歌詞と曲とをすり合わせていく。数日が経つと、すっかり歌いこなしてしまった。さらに何度も練習したため、周りの兵士たちが耳コピ。気に入ったのか兵士たちも歌いだし、気づけば全員が歌えるようになっていた。これには具房もびっくり。


 また、歌詞から主に誰を称えているのかは察せられ、抜刀隊の隊員は照れつつも誇らしそうにし、ひと際大きな声で高らかに歌っていた。


 傍目から見れば、謎の歌を大合唱して道を練り歩く軍勢だ。民からすれば奇異に見えただろう。が、武田家を滅ぼして興奮している彼らにとって、そんな些細なことは気にならない。


 熱気は甲府に着くまで続き、そこで留守番していた部隊にも伝染。信長たちが着くまでには、兵士全員が歌えるまさしく軍歌となっていた。


「何だ? この歌は?」


 甲府に着いた信長は、そこかしこから聞こえる耳馴染みのない歌に困惑する。氏政や家康も同様であった。そんな彼らも、具房や子どもたちに事情を聞くとなんじゃそれ? と思いつつも一応、納得する。大人な対応だ。気持ちとしては、サブカルを理解できないがそういうもの、として受け入れるおじさん世代だろうか。


 ともあれ、武田討伐に参加した大名家の当主(元も含む)が大集合。初日は親睦会も兼ねて宴会となる。主催は織田家、料理の提供は北畠家。どうせなら織田家でやれよという話だが、軍隊に料理人を組み込むなどという酔狂な真似をしているのは具房だけなのだから仕方がない。


 具房は信長の到着に合わせて食材を取り寄せていた。硝石冷蔵庫もどきのおかげで生鮮食品もある程度は運べる。もっとも、生食はさすがにアウトなので、出されるのは加熱されたものだが。


「本日の料理では蝦夷の味覚を堪能していただきます」


 鮭の粕汁に焼きホッケ、〆の鮭茶漬け。簡素であるが、酒の肴としては十分だ。また、付近の山菜を使った天ぷらや焼き鳥なども用意している。氏政などは無言で貪り食っていた。


(いや、仕事しろよ)


 具房はそれを横目に見ながら心のなかで突っ込んだ。宴会の目的は親交を深めること、つまりは話すことである。なのに黙々と食べられたのでは困ってしまう。


「どうです、相模守殿(氏政)?」


「おお、内府様(具房)。おかげさまで楽しんでおります」


 そりゃそうだろうな、と具房は思う。美味いものをたらふく食べれば幸せだろう、と。だが、そんな彼は気づいているのだろうか? 信長がすごい目で見ていることに。


(食べたいんだろうな〜)


 信長は挨拶攻勢を受けており、料理にはほとんど手をつけられていない状況だ。そんななか、目の前でバクバク食べられたら気分は必ずしもよくない。


 具房もこの場では信長に次いで偉く、挨拶をされる立場だが信長ほどではない。それに普段からあっちこっち行っているため積もる話もなく、割とあっさり終わっている。


 家康は信長同様、駿河からほとんど動いていないので挨拶攻めに遭っている。とはいえ、数はそれほどでもない。


 氏政は敵対していた過去から警戒されている様子だ。もっとも、一番の理由は必死こいて食べているところに挨拶に行くのは憚られるというものだろうが。他の人に挨拶していれば丁度、腹も膨れるころだろうと考えられていた。


 ちなみに、鶴松丸や房信といった若様たちも忙しい。有力大名の次期当主ということで、印象をよくしようと思って近づいてくる者が多いからだ。若い二人にはなかなか大変だが、この場では挨拶しかできないし、多少の失敗は無礼講である。それに変なことを言い出す奴は、お目付役が排除していた。


 具房は氏政のところに行って食事を楽しみながら、他愛もないことを話す。氏政が気にしていたのは律のことだった。


「粗相はしていないか?」


「よくやってくれていますよ」


 彼女は駿府に残っている。伊勢に送ってもいいのだが、どうせなら武田一門も一緒にということになった。先々代の当主・信虎の婿養子となり分家を興した徳次郎。彼がいる紀伊に、信廉たち降伏した武田一門が合流することとなっていた。


 裏切り者としていじめられるとは考えていない。実は、武田一門についての扱いは北畠家と織田家とで大きく異なっている。織田家では基本的に降伏に応じなかった者は処刑。逃げた家族もろともだ。信長は北畠家でも同様の対応にするよう求めたが、具房が断っている。


 なぜこのような扱いの差が生じたのか? そこで注目を集めるのが律だ。駿府での話はほとんどの人間が知らない。知っているのは律が北畠軍に捕らえられ、具房の側室となったということだけ。これだけ切り取って武田一門の待遇を考えれば、彼女がその身を具房に捧げて一門を救った、ということになる。となれば彼女は自分たちを救ってくれた存在。ぞんざいに扱うことはできないだろう。


 まあ、その解釈では具房が一族を助けてほしければ俺の女になれ、と脅したクソ野郎になるのだが、律が貶されるよりはマシだと沈黙していた。それに、内大臣という権威で黙らせることも可能だ。


「それはよかった。しかし、このホッケという魚は美味ですな」


「ええ。わたしも好きです」


 前世からの大好物である。居酒屋に行ったときは必ず注文していた。何より噛むと滲み出る脂が絶品だ。


「我も気に入ったぞ」


「あっ、義兄殿(信長)」


 具房は信長を軽くあしらうが、


「右府様」


 氏政はさすがに食べるのを中断して平伏した。


「よいよい今宵は無礼講だ」


 信長は気にせず酒を勧める。本人は飲まないので、世が世ならアルハラだ。最初は恐縮していた氏政も、酒が回ると気にしなくなった。お酒の力は偉大である。が、飲み過ぎて翌日グロッキーになったのはご愛敬。







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― 新着の感想 ―
[一言] 戦国時代で武田ならそもそも一日二食なのでは?
2021/06/11 18:34 退会済み
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[一言] 武田との戦は勝よりの自害で閉幕したか、ま、予想通りですけど(笑) 北条の汁かけ飯、しようがないなぁ・・・。
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