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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十章
132/226

総攻撃

 



 ーーーーーー




 石山に北畠軍が到着して三ヶ月。その間、断続的に砲撃が行われる程度で本格的な攻撃は行われていない。


 断続的に砲撃するのは再照準をするためだ。雨が降ると大砲には覆いがかけられる。雨水が筒内に入らないようにするためだ。雨が上がると覆いは取られるのだが、その際ズレた砲口の向きなどを調整する必要がある。だから、砲撃は決まって雨の後に行われた。


 一向宗は最初、砲撃を受ける度にすわ攻撃か!? と慌てて配置についた。しかし、攻めてこないとわかると少し安心している。もっとも、大体は寺内に着弾するので地味に被害は出ているのだが。


「大納言様(具房)。いつ攻めるのですか?」


 そう言って具房に詰め寄るのは佐久間信盛。彼は着陣して三ヶ月、一向に攻撃する気配がない具房を急かしていた。信盛からすれば、具房は極めて扱いが面倒な人間だった。


 なるべく早く石山を落とせ、というのが信長からの注文だ。残念ながら失敗し、それを報告した後に送られてきたのが北畠軍。信盛はこれを、石山攻めの援軍だと思っていた。


 ところがである。さて北畠軍をどう使おうかと考えていたところに具房がやってきた。名門北畠家当主にして正三位権大納言、そして何より主君(信長)の盟友。そんな相手を信盛が動かせるはずもなかった。石山攻めの司令官の職は事実上、具房に奪われたようなものだ。


 しかし、その具房は三ヶ月まったく動かない。信盛はいい加減にしてくれ、と思っていた。だから具房を急かす。


「まあ、そのうちだ」


 対する具房は、自分が石山攻めの司令官だとは思っていない。信長の依頼を受け北畠軍として行動している。つまり、信盛率いる織田家の石山方面軍とは並立関係にあり、上位にくるのは依頼主の信長だ。北畠軍の命題は、信長の注文ーー石山を落とせーーを果たすこと。そこに信盛への命令にあるような『なるべく早く』という文言は存在しない。だから入念に準備をし、万全の態勢を整える。


 そしてそれはほぼ完了していた。軍勢は揃い、必要な物資の備蓄も済んだ。作戦計画も立てて、各部隊に通達してある。あと必要なのはわずかにひとつ。その最後の欠片が揃えば、石山攻略のパズルは完成する。


「殿。京より太閤殿下(近衛前久)が到着されました」


「来たか」


 意外に早く最後のピースが揃った。


「大納言(具房)。そちは何を考えておるのだ?」


 会って早々、前久から苦言が飛んできた。彼は今でこそ絵に描いたような「公家」だが、若いころは上杉謙信とグルになって関東で戦っていた武闘派の公家である。戦っていたといっても、前久が前線で槍を持っていたわけではない。だが、戦場の空気というものは肌で知っていた。


 そんな経歴を持つからこそ気づく。今から攻める気満々である、と。


 だからこそ疑問に思うのだ。ここで自分が呼ばれた意味は何なのか? と。


「太閤殿下。お忙しいなかご足労いただきありがとうございます」


 具房はその疑問を華麗にスルーして謝辞を述べる。うむ、と応えつつ前久は具房に強い視線を送り続けた。いわゆるジト目である。


(どうせなら蒔……毱亜もいいな)


 無口な蒔は目でものを言う。ジト目は似合うだろう。また、毱亜のようにいつも慕ってくれている子(特に年下)がジト目をしてくるのもそそる。


 具房がまったく関係のないことを考えていても、前久は視線を投げてくる。おっさんのジトに用はない。はぐらかせないと悟り、具房は疑問に答えた。


「民草をなるべく多く救うためですよ」


「ほう。相手は一向宗。内府(信長)に散々煮え湯を飲ませてきた輩だが?」


「それはそうですが、責を負うべきは門徒ではなく坊官たちです」


 具房はきっぱり言う。門徒たちは坊官に唆されただけであり、真の悪者は坊官であると。一向宗に限らず、軍勢の大半を占める雑兵は故郷に帰ればただの人だ。平和な時代であれば、農業や漁業に勤しむだけの一般人。それが、戦国時代という世のおかげで足軽として合戦に従事している。彼らは等しく時代の被害者といえた。


 そう考えるからこそ、具房は敵ではない者に対して優しく接するよう心がけている。敵対しない限りは慈悲を与えるが、敵対する者には容赦しない。なぜなら、食うか食われるかの世界だからだ。


 そんな考えのもと、具房は一向宗にチャンスを与えることにした。前久を通じた最終勧告である。条件は、


 一 顕如以下、一向宗の首魁に対しては京の一画を下賜される代わりに石山を明け渡し、二度と武力を持たないこと


 二 門徒(牢人なども含む)は武装解除に応じ、速やかに故郷へ帰還すること。事情がある場合は北畠家が引き受ける


 というものだ。十年近く戦を続けてきた相手に対してかなり寛容な内容である。これは顕如が受ける可能性を少しでも高めるためだ。


 一向宗は山科に本願寺を築いたものの、日蓮宗に排除されている(天文法華の乱)。あたかも大名のような勢力を築いてはいるが、その本質は宗教組織。代わりの土地を用意することで、宗教活動は妨害しないことを示す狙いがある。「下賜」となっているのは、朝廷の権威でそれを担保しているだけだ。


(このまま戦い続ければ負けることはわかっているはず。賢明な判断をしてくれ)


 具房は祈るような気持ちで前久を送り出した。


 だが翌日、石山に入った前久から早々に拒絶されたとの連絡がもたらされる。


「これだけは使いたくなかったのだが……」


 嘆息しつつ、具房は次の一手を打つ。前久に書状を送ったのだ。そこには、顕如が条件を受けなかった場合にとる行動が書かれていた。


(ほ、本気か?)


 受け取った前久は訝しむが、具房は近衛家をーーいや、朝廷を支えてくれている最重要人物。大事なパトロンだ。その指示には大人しく従うことにした。


「伊勢大納言からの言葉だ。『条件が受け入れられないのであれば決戦やむなし。されども帰郷を望む門徒あればこれを条件二の通りに許す手筈なり。ただし、期限は今日より三日』と」


 前久は書面を顕如に見せる。顕如に向けて直接書状を書かないのは、罠だと考えて隠すと思ったからだ。具房の予想通り、顕如たち一向宗の首脳はこの手紙の存在を隠すこととした。それでは意味がない。だから前久を通した。一緒に入った忍たちが噂という形で広めたのだ。


 この作戦は、一向宗が雑多な人間で構成されているからこそできたことだ。大名の軍は領国の民で構成される。そこへは村社会が持ち込まれ、足軽同士が顔見知りであることがほとんどだ。だから余所者はすぐにわかる。それが防諜につながっていた。


 しかし、一向宗は各地から様々な人間を集めている。一向宗を信じる純朴な農民もいれば、織田家などに所領を追われた国人などもいた。雑多な人間の集合体であるので、異分子が紛れ込んでも気づかれない。


「おい聞いたか? 太閤様が、今から石山を出ればお許しくださるそうだ」


「本当か?」


「ああ。太閤様と門主が話しているのを聞いた」


 無論、真っ赤な嘘である。こういう話に出自の定かでない雑兵が近くにいられるはずがない。だが、そんな儀礼など知られていない。だから信用され、そのことは瞬く間に広がった。


 石山での籠城戦、よく持ちこたえていたものの内実は地獄であった。特に毛利家からの支援が途絶えてからは。


 まず物資が減っていた。無駄に大量の人間を収容しているので、食糧の消費が早い。既に坊官は食事の回数や量を減らしていた。それでも多少リミットが延びるだけだが。


 次に衛生。北畠家のように衛生に気を配っていないため、不快な環境となっていた。籠城戦は一年を超え、限界を迎えつつある。信仰心はあっても人間だ。そんな環境にいたくはない、というのが本音である。


「太閤様! オラも連れて行ってくれ!」


「オラも!」


「故郷に帰るだ!」


 石山を出ようとする前久の車列に少なくない数の門徒が追従する。


「貴様らどこへ!?」


 坊官が制止しようとするが今さら聞くわけがない。だから実力行使に出ようと刀を抜いた。そこへ前久の護衛が立ち塞がる。


「太閤殿下の行列を前に刃を抜くとは何事か!?」


「っ! 太閤殿下に害意はない。ただ我らはーー」


「黙れ! そのような戯言、信じるわけがなかろう!」


 護衛は毅然とした態度を崩さない。それを目にした坊官はタジタジだ。


「即刻、刃を納められよ。さもなくば、太閤殿下に害意があるものと見做す!」


「……」


 坊官は黙って刀を納めた。護衛が散らばり坊官たちと睨みあう。そのなかを、多数の門徒を引き連れた前久の牛車が通り抜けた。具房はこうなることを予見し、石山から脱走しようとする門徒は保護するように依頼している。だから前久は問題にせず、むしろ護衛に指示して積極的に保護していった。


「裏切り者どもめ……」


「食い扶持が減ったと思え」


 怒りを堪えきれないといった若い坊官を年長の坊官が諭す。とはいえ、ここで食い扶持が減っても劇的な効果はない。だが、そうとでも思わなければどうにかなってしまいそうだ。


 しばらくこの件を巡って石山の内部では混乱が起き、坊官たちは困惑する門徒たちを落ち着かせることに忙殺されるのだった。




 ーーーーーー





「失敗だ」


 北畠軍の本陣に戻ってきた前久は交渉の失敗を淡々と告げる。具房も色々と手は打ったものの、ぶっちゃけ期待していなかった。驚きはない。


「そうでしたか。お手数をおかけしました」


「気にすることはない。世が定まるならいくらでも骨を折ろう」


 具房は改めて前久が抱く平和実現への強い意志を確認した。それで京の関白が遥々関東まで行くのだから、生半可な覚悟ではない。そこに含まれる家勢などの欲望を除いても、尊敬に値する。改めて感謝を告げ、同時に心のなかで石山攻略を絶対に成功させると誓った。


 数日後、その日は晴れだった。雲ひとつない青空とはこのことをいうのだろう。その日、石山を砲撃が襲った。


「すぐに止む」


「いつもの脅しだろう」


 最初、一向宗の受け止めはこんなものだった。再照準のための砲撃に慣れ、少し撃たれた程度ではもう動揺しない。たとえ建物が吹き飛び、人間がミンチになろうとも気にならないレベルで慣れていた。それが命とりとなる。


「何だか妙に多くないか?」


 そう気づいたときにはもはや手遅れだった。砲弾が雨霰と降り注ぐ。そのほとんどが榴弾。空中で、あるいは地上で爆散し、断片が四方八方に飛ぶ。それが身を曝している人間を死傷させた。


 建物に身を隠しても無数に飛来する砲弾が当たり、建物が倒壊。それに巻き込まれて死傷した。木造の建物が多いため火災も起きる。焼け出されたところを付近に着弾した砲弾に薙ぎ払われるという例も多発した。


 それから半刻(一時間)ほど、石山は猛烈な砲撃に見舞われる。犯人は無論、北畠軍。総攻撃が始まったのだ。一向宗は反撃できず、物陰に身を潜めて砲弾の嵐が止むのを待つしかなかった。


 この間、北畠軍の砲兵陣地は大忙し。湯水のように砲弾が消費され、補給のために馬車が陣地と弾薬庫を往復する。一尺砲の場合、敷設されたレールの上を砲弾が運ばれた。一発が重く、馬で運ぶのは困難だからだ。


 ちなみに織田軍の武将たちの反応は、


「な、何事だ!?」


 予告も何もなく始まった砲撃に飛び起き、


「「「……」」」


 延々と続く砲撃に悟った目をしていた。人間、理解を超えたことが起こると脳の機能が停止してしまうらしい。菩薩のような澄んだ目でこの光景を見ていた。


 かくして撃ち込まれた弾数はおよそ一万発。石山は文字通り灰燼に帰した。だが念には念を入れ各砲一、二発の焼夷弾が撃ち込まれ炎上。もくもくと黒煙が立ち上った。


 そして、


 ーードンッ!


 という轟音が戦場に轟く。木津以外は健在だった城壁が土煙を上げて崩れた。これは工兵が夜間、城壁に設置した爆薬が爆発したためだ。


 これは筒井藤十郎の作戦だ。木津方面から攻めるのはセオリーだが、逆に敵の戦力も集中して攻略は困難となることが予想される。そこで戦闘正面を増やす。まともに攻撃したのでは被害が増えるので、密かに工兵が接近して城壁に爆薬を設置。攻撃直前に爆破することで破壊する手間を省き、また城壁が破壊されたことへの心理的ショックも狙う。なかなか面白い、と上申を受けた具房は採用した。


「進発ッ!」


 黒煙や土煙を煙幕に利用し、待機していた志摩兵団が進発する。小舟に分乗して対岸へと押し寄せた。先頭を行くのは軍内で「突撃隊長」と呼ばれる前田利益(慶次)。


「行くぞ野郎ども!」


 槍を手に先頭を駆ける。一向宗は持っていた武器、あるいはその辺に落ちていた石や角材を持って迎え撃つ。が、その程度で攻撃は防げない。次々と槍の錆にされていった。


 比較的練度の高い坊官や牢人は早々に立ち直るも、このような調子で排除されてしまう。残ったのは農民兵。


「に、逃げろ!」


「助けてくれ!」


 指導者を失った彼らは脆く、逃げたり命乞いをしたりした。


「戦う意思がない者には手を出すなよ!」


 具房からの厳命である。戦い続ける限りは敵だ。しかし、武器を手放せば敵ではない。だから武器を手放した人間は保護するように教育されている。


「ちっ。つまんねえな」


 利益は手応えがないと不満気であったが、それでも干されていた牢人時代と比べれば雲泥の差だ。多少の不満は呑み込むことくらい、利益は弁えている。


 敵前上陸を本職とする志摩兵団は恐れを知らず、ずんずん進む。他方面からは紀伊、大和兵団が攻め込んでいたが、侵攻速度が倍くらい違っていた。


「敵を見たら撃て! 敵が居そうなら撃て! 敵が居なくても撃て!」


 そんな暴論がスローガンのように叫ばれる。言葉通り、怪しい物陰には迫撃砲弾が容赦なく撃ち込まれた。人影を見れば、ボルトアクション小銃の連射性を活かして銃撃の嵐を見舞う。見つかった一向宗はたちまち蜂の巣にされた。他の兵団は前装銃であるためこうはいかない。


「もはやこれまでか……」


 顕如はこれを見て抗戦を諦めた。最も近かった志摩兵団に対して降伏を申し出る。北畠軍の本陣で先ず具房と面会した。その場で、


「以前に提示した条件は概ね守りましょう。異なるのは、あなたにはその地位を退いて頂くということです」


「……寛大な処置に感謝する」


 意外にも苛烈な処分は下されず、顕如は大きな反発を覚えなかった。だが、


「信仰を捨てるとは、血迷ったか父上!? 我らはまだ負けておらぬ!」


 教如が徹底抗戦を主張し、自らを支持する坊官や引くに引けない牢人などを率いて生き残っていた坊のひとつに立て籠もる。顕如をはじめ、縁者が必死に説得した。このままでは条件がさらに悪くなる可能性があるからだ。


 しかし、教如は頑として受け入れなかった。大名にも引けをとらない強大な一向宗を見て育っているので、現実を受け入れられずにいたのだ。さらに、自分が本願寺の宗主だと主張し始めたのを見て諦める。


「よろしいので?」


「致し方なし」


 徳次郎の問いに顕如は頷く。それを受けて教如たちが立て籠もる僧坊に砲撃が行われた。十分と経たないうちに建物は倒壊、炎上する。鎮火した段階で中から複数人の焼死体が発見された。ほとんどは黒焦げで判別がつかないが、一部は衣服が燃え残っている。そのうちの一体が教如だということが確認された。


「……」


 複雑そうな顔をする顕如。自分が我が子を手にかけたも同様なのだから無理もない。具房は同情しても悪いとは思わなかった。教如は最後まで「敵」だったのだから。


(俺も変わったな)


 そのことが少し寂しく思われる具房だった。







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― 新着の感想 ―
[一言] 具房の作戦で遂に難攻不落の石山が陥落したか。 長い戦いだった・・・。
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