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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十章
131/226

対石山作戦


 今日は2月14日。そう、聖バレンチノ(ウァレンティヌス)が殉教した日です。お菓子類を貰う日ではありません。なので、その手にあるお菓子類は今すぐゴミ箱にシュートしましょう。

 

 



 ーーーーーー




 具房は紀伊、大和、志摩に動員令を出した。志摩の現役兵団はスクランブルに備えているため、今度も予備役兵の動員である。


 それに前後して物資の輸送が開始された。長島の備蓄庫が解放され、貯められていた物資が吐き出される。それらは長良川、木曽川河口に停泊するガレオン(輸送船)に載せられることになっていた。


「何だありゃ」


「舟が蛇みたいに並んでら」


 周辺の村民は、川を埋め尽くす夥しい数の小舟を見て目を丸くする。目撃者は村に帰ると、自分が見た光景を語って聞かせた。珍しい話だったので、近隣の村との話のネタになる。


 その後、伝言ゲームとなって「川に大蛇が出た」という話は舟によってできていたという部分が欠落し、長島には川蛇がいる、ということになった。さらにあれは龍だという話になり、後世に「長島には龍が棲んでいる」という伝説となるのはまた別の話。


 ガレオンは物資を満載すると船団を組んで石山へ向かった。石山では京に行って暇をしていた三旗衆が荷揚げ、揚陸した物資の警備を行う。量が量なので、織田軍からも人員が貸し出された。


「今日も来たのか? ここのところ三日連続だぞ!?」


 司令官の佐久間信盛は、ひっきりなしに到着する船団に辟易していた。遠くから見れば、石山沖に十隻を超える大型船が入ってきている。


 だが、本当のことを知っているのは、実際に現場に駆り出されている兵士たちだ。彼らはガレオンから降ろされる物資の運搬を担当しており、その量に圧倒されていた。


「俵が山のようにあるぞ」


「米だぞ、これ」


「こっちは火薬だ」


「何箱あるんだ?」


 兵たちは物資の量に圧倒された。陣地に帰るとそのことを話すので、たちまち軍内で噂になる。それを耳にした信盛たち武将は度肝を抜かれ、実際に見に行って腰を抜かした。


(この前、我らが使った弾薬など、北畠にとっては大した量ではないのか……!)


 明智光秀たち、北畠家に理解のある者でも集積される物資の量に圧倒されていた。彼らでもそうなのだから、何も知らない信盛からすればまさに驚天動地。


 だが、これで驚くのは早い。物資の揚陸には織田軍が協力したが、厳重に梱包され北畠軍だけしか触らなかった荷物がある。梱包は解かれることなく集積所の中央に置かれ、警備もそこが特に厚かった。


 こうも守られると気になってしまう。織田軍ではその中身を推測したり、それとなく北畠軍の兵士に訊いてみたりした。


「新兵器じゃないか?」


「火薬かもしれないぞ」


 などなど、様々な憶測が飛び交う。しかし、いくら推測しても答えは一向に出なかった。


 また、北畠軍の兵士に訊くと、


「軍機につきお答えできません」


 と素っ気ない回答が異口同音に返ってくる。何も情報がないので、ただ想像するしかなかった。秘密のベールが剥がれるのは、北畠軍の本軍が到着してからだ。


 物資の輸送が始まってからおよそ一ヶ月後、遅れて北畠軍が到着する。紀伊兵団と大和兵団は陸路から、志摩第二兵団は海路から。


 彼らは真っ先に天幕を張り、居住スペースを定める。それから資材の開封作業に手をつけた。輜重兵科の人間が管理し、各部隊に必要な資材を割り振る。部隊はそれを受領し、生活の基盤を整えていく。


 このように、北畠軍が活動を始めるには時間がかかる。その間に、到着の知らせを受けた具房が京からやって来て本陣を設置した。


「殿、ご子息の誕生、おめでとうございます」


「ありがとう、徳次郎」


 具房は徳次郎から挨拶を受ける。同時に子どもの誕生を祝われた。そう、敦子が先日、子どもを産んだのだ。産まれたのは男の子。具房は福丸と名づけた。「福」を「副」に擬え、久我家を刺激しないためだ。


 残念ながら敦子の願い通りに女の子というわけにはいかなかったが、だからといって我が子を疎んじているわけではない。男でも女でも子どもは子ども。優しい表情でお乳を与えていた。


 子どもの誕生に立ち会った具房は、満足して石山へやってきた。石山攻略を子どもが生まれた記念にするつもりだ。


「作戦はこうだ」


 各兵団の団長が集まったところで、具房は今回の作戦を説明した。


「織田軍の奮闘により、木津方面の守りが薄くなっている。それを生かさない手はない」


「では、主攻面は木津に?」


「そこに設定する」


 具房は頷く。情報によれば、一向宗は織田軍を追い出した後に木津方面の防備を固めているという。城壁を修理しているらしいが、バリケードの域を出ていない。弱点を突かない理由はなかった。


「戦力を分散させるため、他の方面からも攻撃を仕掛けるぞ」


「「「はっ!」」」


 かくして作戦準備が始まった。大量に集積された物資の梱包が解かれる。覆いから出てきたのは分解された大砲だった。工兵の指導の下、歩兵が陣地を構築して砲兵が大砲を組み立てて据えつけていく。


「壮観ですね」


「(大筒は)いくつあるんでしょう?」


「ひとつの陣地につき、三十六門。他に六門の砲を持つ陣地が三箇所あるので、合計百二十六門ですね」


 陣地へ挨拶に来た明智光秀、長岡藤孝の二人に声をかけた具房。それを聞いて二人は目を丸くする。砲の数だけでも驚きだが、各砲の近くに積み上げられた弾薬の量にも驚かされた。


「一門につき、即応弾薬五十発。後方には四百五十発を準備しています」


 なお、長島にはもっと多くの弾薬がある。もちろんすべてが石山に送られるわけではないが、これまで織田軍が石山攻めに投入した弾薬量は、北畠軍からすると一門に使う弾薬以下であるということになる。二人は改めて彼我の火力の差を思い知った。


「三十六門の陣と六門の陣は何か違うのですか?」


 光秀が質問する。それは数が違う、という単純な疑問だった。


「砲の種類が違うのです」


「なぜ別の陣地に?」


「効率が悪いからですよ」


 具房は理由を語って聞かせる。曰く、同じ陣地で使う弾薬が違うと、どこに届ければいいのかという確認をとらなければならない。それは省くことができる過程だ。削げるものを極限まで削いでいき、極限まで効率化する。それが北畠家における基本思想だ。


「我が軍は部隊単位で装備を統一しています。理由は同じですね」


 装備の数を絞ることで生産効率も高くなる。故障して補給が途絶していても、他の部隊から余剰品の供給を受けて戦力の低下を防ぐことができた。


 また、効率化の恩恵は軍事だけではない。行政であれば、統一した読みやすい書体を用いることで、そこから個性を極力排除する。だから独自の崩しやその人の癖によって判読が難しいなどということがなくなり、業務の効率が上がった。


 そんな話をしながら、具房は二人をある場所に案内する。ある場所とは、話題に上った八門の砲が据えられた陣地。そのうちのひとつである。


「な、何ですかこれは!?」


「大きい……」


 二人は巨大な大砲に圧倒される。


 一尺砲


 それがこの大砲の名前だ。内径が一尺(約三十センチ)だから一尺砲と名づけられた。実は九寸ちょっと(二十八センチ)なのだが、九寸砲では語呂が悪いという大人の事情で一尺砲となっている。


 この砲は本来、津や長島などの重要拠点に据えられている固定砲だ。しかし、今回は実戦で運用して使用感などを試す試験のため、わざわざ石山まで輸送していた。


 一尺砲は新型の大砲で、現在は仮採用という状態。試験運用も兼ねて試作砲や先行量産された砲を持ち込んでいる。


 固定砲なので、輸送の便などまったく考えられていない。砲兵連隊が保有する二寸程度の野砲は、熟練した兵士ならば十分もかからずに組み立てることができる。比較的軽く、部品点数も少なく済むからだ。


 だが、一尺砲は大きく重い。部品点数も多い上、砲身は分解できないためクレーンを使用しなければ組み立てられなかった。それでも何時間もかかってしまう。


 さらに砲床も作らなければならない。駐退復座機が開発されていないので、大型砲はレールを使った復座機を用いている。レールを敷設するために整地から行わなければならなかった。しかも大型なので距離はそこそこあり、重機のないこの時代では大変な作業だ。


 前装式なので装填作業の便も考慮し、砲身が地面から丁度いい(装填しやすい)距離になるようにするなど、気を遣うポイントが多かった。


 このような大変な思いをしてでも一尺砲を石山に運んだのは、砲の実地試験が目的である。これは具房の強い意向だ。


 一尺砲は本来、構想だけに終わるはずだった。将来的には大口径砲を造ることになるだろうが、実用化するのはせいぜい五寸(十五センチ)まで。大口径砲はロマン兵器だと。ところが、鉄甲船の登場で話は変わった。


 北畠家は最悪、織田家と戦うことを想定している。対織田家で大事なのはまず、陸地の防衛。そのための拠点として長島、多聞山、和歌山に城を築いている。伊賀は山岳という天然の要塞があるためそこで防御。詰めの城として伊賀上野城を建てていた。将来の大和割譲が決まり、多聞山城の規模を縮小。代わりに霧山城の拡張を行うなど修正はあったが、計画は順調に進んでいる。


 陸の防備に目途が立つと、今度は海の防備に目が向けられる。最大の脅威は織田軍が持つ鉄甲船だ。滝川一益と共同で建造した鉄甲船は設計がわかっているが、九鬼嘉隆が建造した鉄甲船はわかっていない。現在、海岸を守っている沿岸砲は木造船を相手にすることを想定しており、鉄板を貫通する力はないに等しい。その増強が、目下の課題だった。


 この課題に対して、具房は二つのアプローチから進めていた。ひとつは小口径高初速の火砲ーーつまり対戦車砲のような砲の開発だ。これを搭載した艦船の建造も予定されているが、開発は難航していた。艦載を想定しているため砲の後退はなるべく抑制したいが、高初速となるとどうしても距離が長くなってしまう。その矛盾を解決できないでいた。


 本命である小口径砲の開発が滞っているため、具房は代替案として大口径砲を開発させた。初速ではなく、質量によって鉄甲船の装甲を貫こうというのだ。


 銃砲の貫通力を上げる方法は二種類ある。初速を上げる方法と、砲弾を大きくする方法だ。貫通力は弾の初速が速ければ速いほど、重ければ重いほど高くなる。だから銃弾には鉛で、戦車砲弾にはタングステンや劣化ウランが使われるのだ。


 大口径砲の開発は艦載を意図した小型化を行わせなかったため、早々に終わった。こうしてできたのがこの一尺砲である。


 既述のように、一尺砲は織田軍の鉄甲船を相手にすることを想定しており、そのための徹甲弾(鉄製)も開発していた。大型弾ゆえに余裕があり、徹甲弾の他にも弾頭は鉄塊で作りつつ中には火薬を充填した徹甲榴弾、焼夷弾も用意されている。今回、石山に持ってきたのはこの徹甲榴弾と焼夷弾だ。


 現在、一尺砲は組み立て作業を終え、試射の段階に入っている。その視察に具房はやってきた。光秀たちは丁度、訪ねてきたから連れてきたのだ。


「これより試射を行う」


「弾込めーッ!」


 号令が出て、兵士たちが砲弾の装填作業を始める。一尺砲の砲弾はこの時代としては考えられないほど巨大だ。重量もかなりのもので、クレーンで吊り上げて装填する。弾込めが終わると、ゆっくりと砲口を石山へと向けた。


「耳を塞いだ方がいいですよ」


「「は、はい」」


 具房に促され、固まっていた二人は慌てて耳を塞ぐ。直後、班長の手が下された。


 ーーズドン!


 これまで聞いたことがないような轟音と凄まじい衝撃波を発して砲弾が飛んでいく。光秀たちはその衝撃波に身を固くした。


(恐ろしい……)


(雷が落ちたようだ)


 砲撃は遠目にしか見たことがなく、こんな間近に見たのは初めてという二人。その凄まじさに圧倒されていた。だが、これだけでは終わらない。


 数十秒後、砲弾が着弾して爆発が起きる。砲撃が終わると砲身が下され、再装填作業が始まった。それと並行して修正値の算出が始まる。


「着弾遠い。上へ三。角度、ちょい右」


 射撃していない砲はそれに従って向きを修正、そして発砲。これを狙った場所に撃ち込めるようになるまで繰り返す。


(問題はなさそうだな)


 具房はそれを確認して安堵する。そして空を見てそろそろ昼だということに気づく。


「お二人とも、食事にしませんか? ……って、どうしました?」


「い、いや何でも」


「そうですな。昼餉にしましょう」


 試し撃ちだとバンバン砲撃する北畠軍を見て圧倒されていたのだが、具房に促されて北畠軍の本陣に行って昼食を食べた。戦場食と聞くと質素なものをイメージするが、北畠軍ではご飯におかずが必ずつく。しかも美味い。二人は堪能するのだった。




 ーーーーーー




「終わった、終わった」


 バンバンと砲撃音が断続的に響くなかで、ごろ寝するなどして休憩する一団がいた。ここのところ陣地構築で働き詰めだった工兵隊である。そんななかで、ひとりの青年が隊長の天幕に入っていった。


「隊長。ひとつ提案があるのですが」


「言ってみろ」


「はい。石山の攻撃についてーー」


 青年は己の考えを話した。


「面白い。上申してみよう」


「ありがとうございます」


 その提案は具房に伝えられ、承認を受けることとなる。このとき、


「これを提案したのは?」


 と提案した人物を訊ねた。


「はっ。筒井藤十郎(定次)です」


「わかった」


 面白い提案をする人物だということで、定次は具房に目をかけられることとなる。そして後年、各地の開発の責任者となるのだった。








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(念のため書いときますけど嘘ですよ?)




(ええ、嘘です)




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