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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第一章
13/226

対面

 






 ーーーーーー




 永禄二年(1559年)。具房は三旗衆から練度が高く、容姿端麗な者を千名ほど選抜した。彼らの具足はなるべく状態のいいものを揃え、栄養にも気を配る。


 これは京都の人々に、北畠家の力を示すためだ。戦乱が続くこの時代、足軽(雑兵)に至るまで装備が整っていることはなく、また栄養不足であることがままある。具房は、北畠家ではそんなことはない、と示すためにこのような面倒なことをした。まあ、実際には伊勢国内でそのような人がいないわけではないのだが、一種のパフォーマンスだ。


 この上洛は本来、具教が総大将として行くはずだった。しかし、体調を崩してしまい、寝込んでいる。そこで次期当主である具房が代理に立てられた。国内の面倒は、祖父の晴具が見ることになっている。


 具房は緊張していた。なにせ、これから会うのはかの天下人、織田信長である。緊張しないわけがない。長島から大垣へ行く最中、頭のなかは信長のことでいっぱいであった。どうやれば印象がよくなるだろうか。どんな格好をしているのだろうかーーなどなど。考えている内容は乙女そのものである。


 ただ、信長との提携は北畠家にとっての死活問題だ。今はともかく、信長が美濃や畿内を平定したとき、邪魔だからと同盟を切られて攻められたのでは目も当てられない。そうならないようにするには、彼に気に入られるしかないのだ。


 そしてどうしようか悩んでいるうちに、大垣に到着してしまう。そこには誰もいなかった。


(よかった……)


 まだ考える時間があるーーと安堵しているとそこに近寄ってくる一団がいた。途端に兵たちが殺気立つ。美濃を治める斎藤氏とは話をつけてあったが、裏切られてもおかしくないのがこのご時世。無理もない。


 その一方で、具房は冷静に相手の旗印を確認する。掲げる旗は織田瓜。そして丸に堅木瓜ーー滝川一益のものだ。


「敵ではない」


 具房は兵たちに武器を仕舞うように言った。兵たちは槍を立てる。そのとき、接近する一団から数人の騎馬武者が突出した。大きく手を振りながら近寄ってくる。


「侍従様。お久しぶりでございます。お待たせして申し訳ない」


「いや、こちらも今きたばかりだ」


 二人は簡単に挨拶を交わす。一益によれば、信長は具房を出迎える役目として一益を向かわせたらしい。ただ、出発するときになぜ一益をそのような大役に命じるのかと譜代衆に言われ、一悶着あったために遅れたのだという。


「申し訳ない」


「いや、そのようなこともあるでしょうし」


「それもあるのですが……」


 実に言いにくそうに一益は切り出した。その内容は、具房を焦らせるには十分であった。そのときのゴタゴタで信長の機嫌が悪いのだと聞かされ、具房は冷や汗を流す。やばい、どうしよう……と。そんな理由で嫌われたら、絶対に恨む。その譜代衆を。


 ここは急病ということで面会を先延ばしにしようかな、とは思ったものの、それでは余計に機嫌を損ねそうなので具房は思いとどまった。そして待つこと体感で一時間。信長率いる行列が到着する。


(うわぁ。遠目で見てもわかりやすく機嫌が悪い……)


 具房は急にお腹が痛くなる。しかし、ここは我慢だと気合を入れた。


「お初にお目にかかる。織田上総介にございます」


「こちらこそ、お初にお目にかかる。北畠侍従だ」


 具房は敢えて少し不遜な態度をとる。現状では、伊勢一国を支配する北畠家の方が優勢。官位も信長が自称であるのに対して、具房は朝廷から正式に与えられている。当主と次期当主という差を抜きにしても、社会的なステータスは具房の方が高い。そのため、マウントをとりにいったのだ。


 信長は優秀である。これは間違いない。そして彼は自分と同様に優秀である人間を好む。逆に無能(と信長が判断した者)は容赦なく切り捨てる。具房はマウントをとりにいくことで、自分はただの若造でない。力関係はわかるのだと、暗に主張したのだ。


(これが正解であってくれ……!)


 外では泰然と、内ではビビリながら信長先生の返答を待つ。今の具房は北畠家の未来をすべて背負っているといってもいい。正直なところ、吐きそうなほどのプレッシャーを感じていた。


「侍従様。よろしくお願いいたす」


 信長は謙った返答をする。その顔はニヒルに笑っていた。具房は信長が自分が上位者として振る舞うことをあまり気にしていないようだ、とホッとする。


「こちらこそ」


 かくして、具房と信長のファーストコンタクトは成功した。その後、二人は馬を並べて街道を進む。その間、二人は様々な会話をした。具房は伊勢半国、信長は尾張一国とそれぞれが統治をしており、その苦労話や軍備の話(ともに鉄砲を重視しており話が弾んだ)。また、家族の話なども盛り上がった。


「雪と藤が喧嘩をして……」


「太郎殿もか。我もお市とお犬が喧嘩したときは収めるのが大変であった」


 その過程で次第に打ち解け、信長は当初の畏まった口調を崩した。側で控えていた一益が注意したが、具房は気にしないと表明する。信長はそうであろう、とひとり納得していた。肝が太い。


 また、具房は近隣の大名にも挨拶していた。信長と敵対関係にある斎藤義龍はさすがに無視したが、母親の実家でもある近江の六角家、祖母の実家である細川京兆家、そして畿内の実力者である三好家だ。


 なお、三好家と接触したことは極秘である。なぜなら、三好家が細川家を差し置いて台頭したからだ。祖父・晴具はこれを快く思っていない。ゆえに、実家には知られないようにしていた。


「よく参ったな。北畠侍従」


 ひとり目。近江の六角承禎(義賢)は完全に具房を下に見ていた。だが、承禎がこのような態度をとるのも無理はない。なぜなら、六角家の事実上の家臣であった関家を具房が攻め滅ぼしたからだ。その意趣返しといったところだろう。


(やることが小さいな……)


 諸事情によりこれくらいしかできることはないからだろうが、近江という大国を治めているのだからもう少し大人の態度をとってほしい。


(来年、浅井長政にボロ負けするくせに)


 嫌味をやり過ごしつつ、頭のなかでは承禎に対する悪口を並べた。なお、承禎の横にいる六角家の現当主・義治。具房の横にいる信長は完全に空気となっていた。具房は他人に構っていられなかったし、承禎はそもそも信長などという木端大名は眼中にない。義治とも不仲であった。よって二人が空気と化すのも無理はない。


 承禎たちとは早々に話を切り上げて別れる。六角家への悪口を信長と言いあいつつ馬を進める。二人は京都から少し手前の寺に入って人を待つ。ややあってそこに現れたのは、細川京兆家と三好家の当主であった。


「よくぞ参られた、太郎殿」


「歓迎いたす」


 六角家との面会は散々なものだったが、それとは対照的に両家との面会では友好的なものとなった。


 現在の細川京兆家当主、氏綱は細川高国(具房の祖母の父)の養子であり、直接的な血縁関係はない。だが、養子としてなるべく義父の関係を大事にしており、具房もこうして歓待された。なお、信長はそのオマケである。


 ただ、今回は信長も退屈せずに済んだ。それは三好家当主である長慶とウマがあったからだ。特に経済について熱心に語りあっている。信長は津島、長慶は堺という商業都市を押さえているからだ。具房も桑名を押さえており、氏綱との話がひと段落したところでこれに加わっていった。


 二人は有意義な時間を過ごし、特に長慶とは今後も小まめに連絡をとるような仲となる。両名と別れた具房たちは、いよいよ京都に入るのだった。







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