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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十章
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鶴旅 東海編2

 



 ーーーーーー




 岐阜では房信から手厚い歓迎を受けた。具房は雪にしこたま甘えられ、鶴松丸は房信と歓談して親交を深める。とても有意義な時間だった。そんな調子で日程を消化し、旅立ちの日を迎える。


「もう少し居てくださらないのですか?」


「すまんな。また機を見て会いに来る」


 雪との日々は具房にとっても懐かしく楽しいものだった。もう少し居たい気もしたが、時間がそれを許さない。具房はまた来るからと宥めて岐阜を離れた。


「さようなら、お兄様……」


 残念ながら、伊勢に居たときのように屋敷の出口まで見送ることはできない。雪は部屋にいて、兄が向かう東の方角を眺めながら呟いた。


「雪姉様は相変わらずでしたね」


「そうだな。健康そうだったし、何より義弟殿(房信)は大切にしてくれている」


 それとなく調べてみたが、嫁姑問題のようなものも発生していない。房信は雪にぞっこんなので、結婚生活に問題はないとの結論を出した。そのことに安堵しつつ、旅を再開する。


 一行が次に目指すのは清州。信長が尾張を統一したときに拠点にした場所だ。津島に近く、商業都市として栄えている。


 具房たちの車列は街道を進む。何度か小休止するのだが、そのタイミングで人集りができた。周辺の村人が旗印を見て具房が来たと知り、集まってきたのだ。


 村人たちが持ち寄るのは獣肉や魚、野菜である。それを具房が買い上げたり、甘味などと交換するのだ。いずれにせよ村人にとってはありがたく、また具房は買い叩いたりしないためある種の競争となっていた。


 そこに更なる火種が投入される。鶴松丸の登場だ。北畠の若様だと村人たちは大騒ぎ。鶴松丸は圧倒される。母(お市)から、具房は民に熱烈に支持されているという話は聞かされていたが、話半分だったため完全に想定外。ただただ驚くしかない。


「今晩は何がいいかな?」


 慣れっこな具房は疲れた様子もなく、夜のメニューを相談する。肉や野菜があることからすき焼きに決まった。大量にあるので、護衛も含めて宴会となる。


「甘辛くて美味い!」


「なんだお前、初めてか? ならコイツ(酒)をグイッと飲みな。さらに美味くなるぞ」


「っ! 本当だ。酒が甘辛さを流してスッキリする!」


 食事には酒も出され、盛り上がる。


「父上、よろしいのですか?」


「ああ。最低限の人間は残しているし、旅は長い。ようやく半分だ。これくらいはいいだろう」


 この他にも、清州に滞在するのが二日だという理由がある。これから三河へと入っていくが、そこからは今まで通ってきた地域のように経済がそれほど発展しておらず、護衛も含めた食料確保に不安があった。そこで、清州で物資を買いつけようというのだ。そのために少し時間をとっている。明日もあるから、酒も抜けるだろう。だから飲んでも構わない、という判断だった。


 伊勢から近いこともあり、やろうと思えばそこから物資の供給を受けることができる。だが、具房は可能な限り行先から物品を購入するようにしていた。早い話が人気取りである。乱暴は滅多にしないし、金払いはいい北畠軍。そこまですれば、悪感情を抱かれることはないだろう、と。中世は気に入らないことがあれば民衆が武力蜂起する時代だ。住民感情というものは、ある意味で近現代以上に重要なファクターなのである。


 しかしながら、三河などはまだまだ未発達であり、具房は念のために清州で旅に必要な物資を買った。余っても備蓄に回せばいいのである。


 二日後、具房たちは三河に向けて出発した。物資が増えたために進みも遅くなっている。具房はローカル線で旅をしているようだ、という感想を抱く。普段、具房は京と伊勢とを往復する生活を送っている。そのときは最低限の物資を持って最短距離を突っ走っていた。だから、たまにはこういうのもいいのかと思えるのだ。


 三河に入り、岡崎を訪ねる。そこでは徳川信康が待っていた。城に招かれ、歓迎を受ける具房たち。


「遠いところをよくぞ参られました」


「わざわざ出迎えをしてくれて感謝する」


 信康は具房が来ると聞いてテンションが上がったのか、近くまで迎えに出てくれた。具房は礼を述べる。が、信康の魂胆は見えていた。読書狂となった彼は、具房を師として仰いでいる。自分以上の本を読み、多くの知識を蓄えた知者である、と。


 具房からすれば迷惑以外の何物でもない。彼が持つ知識は前世の貯金に過ぎず、話せばすぐにボロが出る。いっそ誤解だと言ってしまいたいが、それは躊躇われた。告白して、信康が元の暴君にでも戻られては堪らない。だから言うに言えないでいた。


 信康の人柄は嫌いではないが、上記の理由で接するのは苦痛だった。しかし、今回はその心配はない。なぜなら信康は具房に寄りつかないから。


「二人で親交を深めるといい」


 と、対応を鶴松丸に丸投げする。実際、二人の対談は重要だ。いずれ二人はそれぞれの家の当主になるのだ。領地の場所的に連携は不可欠であり、二人の仲がいいに越したことはない。さらに、鶴松丸は督姫との結婚が決まっている。つまり、信康からすると将来の義弟。親交を深める必要性はとても高い。


「では、わたしはこれにて」


 具房はそう言い残し、部屋を出て行った。残された鶴松丸と信康。え? と微妙な空気が漂う。


 信康は具房が早々に部屋を出て行ったことに困惑。鶴松丸は事前に言われていたとはいえ対応が雑くない? とやや呆れを滲ませる。


 ここから立ち直り、話題を提供したのは信康だった。


「此度は駿河に向かわれると聞いているが、父上と会うためなので?」


「はい。他にもわたしと妹君(督姫)の面通しもあるようです」


「督と? まだ右も左もわからぬ歳ですぞ?」


「わたしもそう思うのですが、幼いころから気心知れた仲の方が婚姻してからもいい関係になれる、と」


「ああ、それには覚えがある」


 信康は己の経験を話す。曰く、自分は幼少(八歳)の徳姫と結婚して長い間生活を共にしてきた。男子が産まれないので喧嘩をしていたが、具房から『子は天からの授かりものだから、妻が男か女かを選んで産んでいるわけではない。妻を責めるのはお門違いであり、むしろ労わるべきだ』と説得を受ける。


 そのとき、信長の事例も取り上げられた。義父である信長もまた、正室(濃姫)との間に子ができていないが、粗略にしているわけではない、と。そんな具房のアドバイスを受けて、信康は徳姫との関係改善に乗り出す。が、どうやればいいのかわからない。信康は迷わず具房に相談した。


『これを使うといい』


 という手紙とともに送られてきた包み。中身はお菓子だった。一緒にお茶でも飲みながら、互いのことについて胸襟を開いて話し合うようにとも注文をつけられる。お菓子はそのための道具だと。


 正直、そんなものでどうにかなるなら苦労しないよと信康。とはいえ、具房の言うことなのでやるだけやってみた。結果は上々。最初はお菓子に免じてとばかりに嫌々付き合っていた徳姫だったが、昔、お菓子を一緒に食べたという話題から話が弾み、和やかな雰囲気へ。そうなると、気を張ることなく話せるようになり、話が弾む。


 その空気に後押しされ、信康は具房に説教されたことを明かし、徳姫に謝罪した。彼女も辛く当たりすぎたと謝罪。以後はいい関係を築いている。現在、徳姫は第三子を妊娠しており、男だといいなと言っていた。


 ここまで長々と惚気話のようなものを聞かされ、やや辟易した様子の鶴松丸。それに気づいた信康は総括する。


「要するに、幼いころから関係を築いておけば、何かの拍子に拗れても元に戻しやすいということだ」


「なるほど」


 大名の結婚はお家のため。粗略にしているとあれば、相手に不快感を与えてしまう。関係強化のために婚姻を結んだのに、悪化させるようなことがあってはならない。が、些細なことで関係が悪化することもある。それを修正する材料はなるべく多い方がよかった。


「ところで、於義丸はどうしている?」


「元気ですよ。今回、同行させる予定だったのですが、折り悪く体調を崩しまして……」


「何っ!? 大丈夫なのか?」


「ご安心ください。既に治っています」


 連れて来なかったのは病み上がりで無理をさせないためだ、と説明する。信康もそれで納得した。


 この話をきっかけに、二人は兄弟の話になる。両者とも姉がおり、話が合った。さらに信康は鶴松丸を羨む。彼はすぐ下に亮丸という弟がおり、日々の鍛錬を共にしている。一緒に高めあえる相手がいることが、信康は羨ましかった。


「年の近い弟が欲しかった……」


「あはは」


 鶴松丸からすれば反応に困る話だ。苦笑いでやり過ごすしかない。こんな調子で二人は話し込んだ。相性はよく、具房の狙いは成功といえた。


 岡崎を発つときも、別れを惜しみ再会を誓う二人の姿が見られた。


(これで次の世代も安泰かな?)


 それを見た具房は内心でにっこり。岐阜、岡崎ともにその成果に満足して浜松へ向かった。




 ーーーーーー




 浜松では酒井忠次の接待を受けた。その際に出された料理を見て、具房は吹きそうになった。


 うな重。


 かつて、具房が広めた料理だ。それが出された。この他、白焼きや肝吸いなども提供されている。うなぎづくしの宴会だ。


「どうですか? 研究を重ね、あのときの味に近づけることができたと思います」


 うなぎ料理の再現は、以前から試みられていたらしい。だが、なかなか満足できる味にならなかった。長篠の戦いが起きたときにも寄ったが、そのときに出されなかったのはこのためだ。


「うむ。いい味が出ているな。料理人たちの努力を感じるぞ」


 うなぎのタレは単に調味料のみで味つけされるものではない。独特の味を出すのは、何度も何度もうなぎを漬けることで染み出す油や旨みがあるから。具房はそれを感じた。何年も、何度となく作り続けてこそ出る旨みだ。


「見事だ」


 具房は料理人たちを呼んでもらい、直接褒める。本当はこちらから足を運びたいところだが、それは立場が許さない。直接言葉をかけるのはせめてもの誠意だ。が、この時代の価値観からすれば大変なことである。


「ははっ!」


 と、料理人たちは平身低頭。大納言という雲の上の人から直接言葉をかけられたとあり、一生の思い出ものだ。


 横では鶴松丸もうなぎ料理を堪能していた。道中、あちこちで接待を受けていたが、伊勢で食べているものより質は劣る。これは具房にテコ入れされた伊勢がおかしいのであるが、不満なものは不満だ。しかし、浜松で出されたうなぎ料理は、舌が肥えている鶴松丸も十二分に美味しいと感じられるものだった。


 鶴松丸は何度もおかわりをし、満腹になるまで食べた。そして食休みをしていたのだが、そのうちうとうとして寝てしまった。具房はまだまだ子どもだな、と思いつつそっと襖を閉じた。


 翌朝、一行は駿府へ向けて旅立つ。長かったがその旅ももうすぐ終わる。鶴松丸は少し寂しい思いを抱えながら、駿府への旅路を進むのだった。







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