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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十章
125/226

鶴旅 東海編1

 



 ーーーーーー




 京でやることを終え、具房と鶴松丸は揃って京を出た。目的地は駿府。そこで家康と督姫に会うのだ。


 経由地は主なところで安土、岐阜、清洲、岡崎、浜松である。いずれも信長や家康が力を入れて開発している(あるいはしていた)拠点だ。


「城下には色々な特徴がある。民を富ませることも我らの仕事だ。見聞を広めるためにも、各地を巡るといい」


 顔見せの他にそんな狙いがあった。様々な土地を巡るのはいいことだ。知識が本で読んだ上部だけのものではなく、体験した本物になる。


 具房は前世、国内外の多くの都市を巡った。撃墜王(指導教授)のせいで卒業できず、余りまくった時間。バイトで貯まった金を使って史料調査やただの観光目的であちこちに行った。とにかく時間と金だけはあったので、複数回行ったり月単位の長期滞在になったこともある。そんな実地経験も手伝って各地の風土や特徴、そして言語を覚えてしまった。


 ロクな話ではないが、とにかく具房が言いたいのは様々な土地を巡って知識を蓄えろ、ということだ。必ず何かの役に立つ。


(大名だから日本一周とかは無理だけどな)


 それでもできる範囲で知ってもらいたい。ルートも主要な都市を組み込んだ。本当は浅井家の新たな本拠地である長浜も見せたかった。しかし、ルートから大きく外れており、長政も在京していたため行く理由がない。なので今回はパスとなった。


 安土は計画都市だ。京に近く、北陸と東海方面に通じる街道が通る要衝。そこに信長が目をつけ、自身の居城を築いた。だが、その城は他の城と意味合いが決定的に異なっている。


 城は具房が築いた津城も含め、程度の差はあれど防御施設として築かれている。が、安土城は違う。街の中心を通る大通り。それと城門がつながっている。遮る物は何もない。狭間はあるものの、防御力は低かった。こんな城は日本どころか、世界を見渡してもないだろう。完全に見せる城として築かれていた。


 城は二つのメッセージを伝えている。ひとつは、ここまで攻め込めるならやってみろ、という諸大名へ向けたもの。もうひとつは、これだけの城を築けるほど力があるのだ、というあらゆる人々に向けたものだ。特に後者の宣伝効果は絶大で、宣教師を通じて海外にも知らされていた(情報伝達速度の関係で届いてはいない)。


 具房は信長の狙いについて解説した。


「このような城もあるのですね」


 鶴松丸は目から鱗といった様子だ。この時代の人にとって、城は防御施設。だから城を東京タワーや自由の女神みたいなモニュメント的に使うとはまったく考えていなかった。その点、信長は革新的な人間といえる(常識の埒外にいるともいえるが)。


「あまり参考にならないがな」


 安土城は特異だ。が、見るべきものはある。それは城ではなく街。信長は新たな都市を造るにあたって大通りをはじめとした工夫を行っている。鶴松丸が大名になったとき、領地経営に必ず役に立つ。


(四国の開発もあるからな)


 大和の代わりに得られる四国。その開発が、鶴松丸の世代の大きな役割になるだろう。そのためのノウハウを領地を巡ることで学ばせてきた。しかし、それだけでは限界がある。その土地ならではの事情、工夫があるから、伊勢のスタイルが四国に適合するのかといえばそうでもない。この旅で、鶴松丸にはそれに気づいてほしかった。


(お市や信長に似て聡明な子だ。理解するだろう)


 さすがは信長の甥というべきか、鶴松丸は賢い。具房のように前世の記憶があるとかいうパチモンの知者ではなく、天性のものだ。具房は少し羨ましく思う。


「これほど壮麗な城は見たことがありません。中も見てみたいですね」


 鶴松丸は安土城が気になるようだ。近く落成記念ということで、城に招待される。鶴松丸も招いてもらえるよう、信長に打診しようと考えた。しかし、それはそれ。


「そうか。津や和歌山の城は壮麗ではないのだな……」


「あ、いえ、そういうことでは……!」


 わざとらしく具房が落ち込んで見せると、鶴松丸はしまったとフォローする。揶揄うという意図もないわけではないが、割と真剣にショックを受けていた。たしかに安土城ほど見栄えを意識していないが、姫路城のようなわびさびを意識した造りになっている。それが伝わっていない、つまりお前に芸術的なセンスはない、と言われたようでショックだったのだ。


「義母上、どうしましょう?」


 消沈してしまった具房。鶴松丸は同行している義母の蒔に助けを求めた。


「……まずは鶴松丸がやる」


 蒔ママは厳しかった。まず自分がやれ、と鶴松丸のSOSを一蹴する。機嫌を損ねたのは自分なのだから、すぐに他人に頼らず対処しろということだ。忍である彼女は幼いときから厳しい修行を積んできた。そのせいか、妻たちのなかでは一番のスパルタだ。


 そんなわけで、ご機嫌とりをするべくその日の鶴松丸は某松岡のように熱い言葉をかけ続けた。とんだ羞恥プレイだが、そんなことを気にしている余裕はなかった。努力の甲斐あって、夕食を食べるころには少し元気が戻っていた。


「……後は任せる」


 鶴松丸が疲れ始めたころ、蒔が重い腰を上げる。バトンを受け、夜の間に具房の機嫌を元に戻して見せた。何をしたかは推して知るべし。


 一行は安土だからとのんびり滞在することはない。具房たちは忙しく、本来なら遠出をしている場合ではないのだ。出来る限り日程を圧縮する。


 だが、それには限界がある。問題になってくるのは北畠家という肩書だ。有数の名家であり、その動向は注目を集める。また第二の天下人と認識されており、注目度は信長の次に高かった。そのため、行動にはそれなりの気品というものが求められる。街道を爆走するなどNG。優雅に振る舞い、強者の余裕を見せなければならない。


 このような事情から、移動スピードは普通から気持ち速め。民に不信感を与えない程度に急ぐ。あからさまに急いでいると余裕がないと判断され、敵が攻め込んでくるかもしれなかった。戦国時代、何が理由で攻め込まれるかわかったものではない。不意打ちを防ぐためにも、具房は堅実に動く。


 次なる目的地は岐阜。ここは安土よりも大切だ。なぜなら、岐阜は斎藤道三の時代から開発されてきた、それなりの歴史を持つ城下町だから。信長と道三はどちらも商業を重視していた。だから、彼らに統治された岐阜は商都として発展している。


 岐阜の城は金華山に築かれている。信長に落とされるまでは難攻不落の城として有名だった。織田軍にとっては大砲の登場で「難攻不落」とまでは言えないが、大砲を持たない大名からすれば十分な堅城だった。


 つい最近まで信長が居城としていたが、安土城の居住地が整備されるとそちらへ移っている。代わって入ったのが息子の房信。織田家の家督ごと譲られた。今は織田家東海方面軍の拠点である。担当は武田、北条となかなかの強敵だ。正直、それを若い房信に任せるのはどうかと思う具房だったが、史実では何だかんだで上手くやっているのでよしとする。


 岐阜では房信が具房たちの到着を待っていた。父・信長からは具房を丁重に扱うよう、何度となく言い含められている。実際、彼の力は無視し得ない。普通は後顧の憂いを断つべく叩き潰すところだが、今は敵に囲まれている。またこれまで多大な援助を受けており、気持ちの面で攻めにくい存在になっていた。具房個人も有能であり、房信も尊敬している。だからその訪問を楽しみにまっていた。


 が、それ以上に楽しみにしているのが雪だ。彼女が嫁いでから初めて具房と会う。正しく一日千秋の思いで待っていた。戦でいないなどの理由を除けば、ほぼ毎日会い、二日に一回は話していたが、嫁いでからは文通のみ。フラストレーションが溜まりまくって噴火寸前だった。


 雪を鎮静化させるため、岐阜の滞在期間は二日に設定してある。嫁げば多少はマシになるかと思ったが、かえってヤバさが増した気がする具房。誰が悪いかといえば、具教が悪い。雪を後ろ盾がない役立たずだから、と冷遇していたのが悪いのだ。そんな彼女が次の天下人の正室なのだから、人生はわからない。まあ、それも偶然が重なっただけ。少しでも歯車が狂えばどうなっていたかはわからない。


「ようこそ」


 岐阜に到着すると、まず房信に挨拶。雪を落ち着かせに行きたいところだが、優先順位を間違えてはいけない。公的に大事なのは房信の方。だから先に挨拶をしなければならない。……もっとも、お世話になる側が社会的な地位は高いので、少々面倒な関係だが。


 歓迎の言葉をかけてくる房信は少しやつれているようだった。犯人は彼の隣にいる存在ーー雪だ。房信からの手紙にはよく、妻(雪)がこのところ不機嫌でどうにかしてくれ、と書かれている。具房に会えないことがストレスになっているらしい。日に日に機嫌が悪くなり、具房に泣きついたというわけだ。


(相当、溜まってるみたいだな)


 雪を見て具房は思う。昔、自分が贈った着物を着てお澄まし顔をしている雪。こちらを見て嬉しそうにニコニコ笑っていた。が、たまに視線を房信に向ける。ほんの一瞬だが、その目は鋭い。もし彼女の心の声が聞こえたなら『早くしろ』と言っているに違いなかった。猛烈なプレッシャーとなり、房信に降り注ぐ。冷や汗が止まらなかった。


 結局、房信はプレッシャーに負けて挨拶を早々に切り上げた。後はよろしくお願いします、とだけ言ってその場を離れる。その背中は丸かった。具房は同情してしまう。


 房信は雪の機嫌が悪いのは慣れない環境にいることで精神的に不安定になっているからだと思っている。それは時間が解決するだろうとも。だが、これはそういうものではない。時間は何も解決してくれないのだ。この時代にあって、女性を慮った行動ができることは美徳だと思う。けれども、その心は雪には届かないというのは悲劇以外の何物でもなかった。


「お兄様!」


 房信が消えると、雪が寄ってくる。彼女が犬ならば、尻尾がブンブンと振られていただろう。何なら、その様を具房は幻視した。


「聞いてください!」


 雪は怒涛のマシンガントークを披露する。岐阜に来てから何があった、寂しかったなどなど。後ろ向きな発言が多い。これは文通をやるにあたって、悪いことは書かないと取り決めており、話すことが出来なかったからだ。


 手紙に不満を書いていた場合、織田家の検閲などが入ればそれを見られてしまう。北畠家(具房)に悪意を抱かれるならまだしも、雪の立場が悪くなりかねない。その点を考慮し、不満(悪いこと)は手紙に書かない、という約束を交わしていた。雪もリスクを理解し、約束を忠実に守っている。


 とはいえ、愚痴を言えないというのはなかなか辛いものがある。その反動として、愚痴のマシンガントークが展開されていた。完全に人払いがされているという安心感からか、雪も気が緩んでいる。


 具房は雪の話に相槌を打ちつつ、その切れ目に自らが話すべきことを入れ込む。一番は鶴松丸の紹介だ。


「大きくなりましたね」


「ご無沙汰しております、叔母様」


「ふふふっ。昔のように雪姉様でいいのよ?」


「それは……いえ、お久しぶりです、雪姉様」


 鶴松丸は「姉」と呼ぶべきではないと言おうとしたが、嫌な予感がして彼女に従った。女性の前で年齢を感じさせる発言は禁止だ。それを鶴松丸は本能的に悟る。具房は横でうんうんと頷く。息子の成長(?)に感心していた。


「ところでお兄様」


 このまま三人で話したいところだったが、雪は再び具房に話しかける。暇になった鶴松丸は、具房から視線を向けられた。雪との話し相手を代われとか、混ざれというものではない。むしろ、出て行くように促された。岐阜訪問のもうひとつの目的を果たせということだと、鶴松丸は正確に理解。雪に断って退室する。


 向かった先は房信のところ。岐阜訪問の狙いは雪を落ち着かせることの他に、次世代の当主同士の交流もある。これまで二人は顔を合わせたことがない。血縁があるとはいえ、このまま両者が緊密な関係を築けるかといわれれば微妙なところだ。折角、顔を合わせるのだから良好な関係を築いておこうーーと具房は考え、鶴松丸を送り出した。


(父上も急だな)


 鶴松丸からすれば大変なことだ。相手は天下人の嫡男。いきなり大物すぎないか? と文句も言いたくなる。しかも文通こそしていたが、さっき会ったばかりの相手と二人きりで話せという。


(まあ、父上も内府様と初対面で共に上洛したという。……同じか)


 それでも無茶なことを、と思ってしまう。だが、今からどうこう言っても始まらない。鶴松丸は諦めて房信と話すことにした。


 房信は庭にいた。ボーッと水面を見つめている。何となく話しかけにくい雰囲気があったが、意を決して話しかけた。


「左近殿(房信)」


「おお、侍従殿(鶴松丸)。いかがされた?」


「いえ、少しお話をと思いまして」


「そうか」


 ぎこちない空気が漂うものの、ポツポツと話をする。話題にこれといったものはない。思いつくままに話す。具房としては、今後の互いの方針を話し合ってほしいところだが、そんな空気ではなかった。鶴松丸も、そんな話は段階を踏んでからにしたい。いきなり話しても、腹の探り合いで終わるだけだ。


 気の赴くままに話していたが、やがて話題も尽きる。二人は何となく庭を見た。それを見て楽しむのではなく、話題はないかと探しているのだ。しばしの沈黙の後、房信が話し始めた。


「……そういえば、貴殿は雪の甥だったな」


「はい」


「彼女はどんなことが好きなのだ? いつも憂鬱そうにしておってな。何とか元気づけてやりたいのだ」


 房信は雪の気を引くために得意の能をはじめとして、様々な娯楽を提供した。が、そのどれも雪を満足させるには至らない。具房に訊きたいところだが、妹を退屈させている申し訳なさから相談できずにいた。そこで鶴松丸にオフレコで、と言って訊ねたのだ。


「叔母上の好きなことですか……」


 考えてみれば、特に思い当たることがない。ゼロというわけではないが、だいたい具房が絡んでいる。具房にべったりな彼女は「何かをすること」に楽しみを覚えたわけではなく、「具房とすること」を楽しんでいた可能性があった。下手なことを言って心証を下げたくない、と鶴松丸は大人の考えを巡らせる。


 だが、ここで答えないという選択肢はない。記憶を総動員して、具房が絡むことなく雪が喜んでいたことを探す。そして思いついた。


「そういえば、叔母上は子どもが好きなご様子でした。我ら兄弟は無論のこと、街の孤児院にも頻繁に出かけておられたようで」


「子どもか……」


 周りも世継ぎはまだかまだかと言ってきている。それは雪の心が落ち着いてからと思っていた房信だったが、そういうことならと頑張ってみることにした。


「ありがとう。参考になった」


「いえ……」


 鶴松丸としてはろくなアドバイスができずに申し訳ない限りだが、房信はそうは思わなかった。相談に乗って指針を示してくれたことへの感謝を抱き、二人は親交を深めていくことになる。







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