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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第九章
120/226

上月城攻防戦

 



 ーーーーーー




 有岡城の攻略を終え、小寺官兵衛を京の信長の許へ送り出した具房。次は三木城だと準備を進めさせていたのだが、ここで報告があった。曰く、毛利軍が動き始めたという。


「狙いはやはり上月城か」


「はい。尼子家の息の根を止めようとしていることは確実です」


 味方である宇喜多家の失地回復を名目に、山陰のかつての覇者・尼子家を討滅してかの地の統治を安泰にする。一石二鳥の作戦だ。


 だが、そうはさせんと具房。軍を上月城に向ける。秀吉も救援を送っていたが、こちらは城下から追い払われた。この報告を受けた信長は毛利軍との戦いで無駄に消耗する必要はない、と上月城への後詰の派遣を禁じてしまう。既に手取川で命令違反をしている秀吉は逆らうわけにはいかず、軍を撤退させた。


 具房には『秀吉に協力してくれ』という主旨の書状が送られていた。普通は行動を共にしろとか、指示に従えとかいう意味の内容だ。しかし、具房はその辺りを完全に無視。播磨では独立した大名としての立場を前面に押し出し、要請には従わなかった。


(ま、これまでいい子にしてきたし、たまに反抗したっていいよな)


 そう。具房は本来、信長の命令を聞かなければならない立場にはない。これまではいい子にしてきたが、別にそんなことをしなくてもいいのだ。だから今回はやらない。


 信長の指示を無視した北畠軍は上月城の付近まで進出し、毛利軍と対峙した。毛利軍ーー特に山陽方面を預かる小早川隆景の北畠軍の認識は「危険な相手」である。秀吉軍(織田軍)よりも警戒度は上。情報収集にも余念がない。隆景は陣中でその報告に目を通していた。


「『北畠軍は鉄砲を大量に用いる。膨大な量の丸薬が使われているが、今までそれが尽きたことはない』か……」


 最初の報告はそんな内容だった。調査が進むにつれて情報量も増えていく。


 まず注目されるのは長島城での戦い。北畠軍は攻め寄せる一向宗を相手に籠城した。そして城内から鉄砲や大砲による攻撃に徹する。射撃頻度などはほぼ変わらず一向宗は城をまったく攻略できなかったという。


 次に姉川での戦い。ここでは騎馬武者に鉄砲を持たせるという奇策が用いられた。しかし隆景が注目したのは北畠軍の動き。これまで遠距離戦ばかり行っていた北畠軍が、珍しく積極的に白兵戦を行った。


「槍は宝蔵院、剣は柳生……」


 北畠軍の兵士は三年間、訓練を受けるという。その中には当然、武芸もあった。剣術や槍術もしっかり習っている。だから彼らは強い。技術に裏打ちされた強さだ。こういう手合いはなかなか崩せない。


 隆景は憂鬱な気持ちになりながら読み進めていく。そしてすべてを読了。改めて抱いた感想は、


「隙がない」


 であった。北畠軍が鉄砲に頼っている軍であったのなら、どうにでもできる。雨の日を選んで戦いを挑むなり、接近戦に持ち込むなりと。しかし、北畠軍は何かに頼るということはしない。訓練を重ね、あらゆる戦いに備えている。できれば相手にしたくない。


 だが、それは無理だ。少なくとも今は。なぜなら、毛利家は酔っているから。それは天下という美酒だ。将軍・義昭を庇護する輝元は副将軍。国人から身を立て、大名となり、ついには副将軍となった。武家の二番手(ナンバー2)。底辺からのサクセスストーリーだ。


 自分たち(毛利家臣)はその副将軍の家臣。このような貴人に仕えられるのは名誉だと。ところが、その名誉は砂上の楼閣だ。足利が、毛利が倒れれば倒れてしまう。だから戦うのだ。倒れないように。それこそが「酔い」の正体である。だから戦わないという選択肢は最初から存在しない。


 夢から覚めるのは一体いつのことか……。隆景はさらに憂鬱な気分になる。沈んだ気持ちになっていると、そこへ兄の吉川元春が現れた。彼は本来、山陰方面を担当している。ただ今は、毛利家の総力を挙げて決戦を挑んでいるところ。主力である彼も播磨へ出張っていた。ここで織田軍を破り京への道を拓くのだ、という毛利家の気概の表れである。


「明日、仕掛けるぞ」


「わかった、兄者」


 元春は短く用件を告げた。明日、北畠軍を攻撃するということが決まり、隆景は立案に入る。隙がない強敵だ。隙がないからこそ採れる手段は限られ、ゆえに相手は対策がとりやすい。それがさらに敵を強くさせている。


 隆景は奇想天外な手を創出することは苦手だ。既存の知識を用い、じっくり案を練り、考えられるシチュエーションすべてに対策を打つ。慎重かつ堅実なタイプだ。


 そんな彼が選択したのは奇襲戦法。北畠軍のこれまでの戦歴から、正面から戦ったのでは勝てない。だから奇襲を仕掛け、精神的に相手を凌駕する。近い例では桶狭間や河越夜戦がそれだ。


(それすらも伊勢大納言(具房)は見通しているのだろうな)


 隆景は自らの発想力を嘲る。だが、使い古されているということは効果があるということだ。そこへ練りに練った作戦を加えることで成功に近づける。後は天に祈るのみ。


 戦いの幕は唐突に切って落とされた。当初の想定を大きく外れた戦いの始まり。具体的には北畠軍の奇襲を受けた。


「まさかあちらから仕掛けてくるとは!」


 完全に虚を突かれた隆景は陣中で憤慨する。これまで受け手に回っていた北畠軍。ゆえに隆景も相手が受けに回ると思ってしまった。完全に意識を誘導された。


 攻撃するぞ、と聞かされていたのに防御することになった毛利軍。同じ戦闘だろ、と思いがちだが攻撃と防御では性格が異なる。


 攻撃はノリと勢いだ。運動会やアーティストのライブなどを想像するとわかりやすい。あれは周りが興奮しているから自分も流されて興奮する。気分が高揚しているから、普段ならやらないお馬鹿なこともやってしまう。それと同じ。昂ってハイになった状態で、流れに乗って戦うのだ。


 一方、防御は我慢だ。そこに攻撃のような熱狂はない。あるのは苦痛。体罰だ。虐待だ。百でも千でも万でも、数が多かろうが少なかろうが、自分を殺そうとしてくる敵は恐ろしい。それだけでも大きな精神的負荷がかかる。さらに戦っても自分が、周りが傷つき、凶刃に斃れる。敵は変わらず攻め寄せてくるから、自分たちが負けているのではないかという不安に襲われるのだ。防御においては、その気持ちをねじ伏せなければならない。


 さて、攻撃と防御のどちらがやりやすいか。当然、攻撃だ。いくら領民兵とはいえ、気持ちよく攻撃させると厄介である。しかも、毛利軍の方が数が多い。戦には万が一がある。リスクは取りたくない。


 それに今回の目的は上月城の救援。籠城戦は野戦以上に精神的な負荷がかかる。なにせ、いつどこから攻められるかわからないのだ。常に緊張状態にいることを強いられ、精神的に消耗していく。だから具房は基本的に籠城はしないし、出来る限り早期に救援するのが基本方針だ。


「毛利軍の方が数が多いから慎重に攻めたい。でも城は早期に解放したい。なら、奇襲で速攻でしょ」


 とは具房の談。その言葉通り、早々に攻撃をしかけた。今回の奇襲は隆景が思ったように、具房が毛利軍の裏をかいたわけではない。裏をかかれた云々は隆景の思い込みであり買い被りだ。具房が聞けば全力で否定しただろう。


 その戦いは北畠軍側が完全に主導権を握ったまま推移する。想定外の攻撃によって混乱した毛利軍。元春や隆景たちが忙しなく動き、兵を落ち着かせ掌握する。そしていざ反撃! というタイミングで北畠軍は撤退を開始する。読んでいたのだ。


「このまま逃すでないぞ!」


 元春が追撃を指示する。戦で最も被害が出るのは追撃戦。今回は奇襲された側が追撃するという破茶滅茶な状況だが、追撃は追撃だ。しかしそれは北畠軍の罠。


「撃て!」


 追撃していた部隊は弾幕に行く手を阻まれる。左右の茂みから注がれる十字砲火。ボルトアクション式小銃を使っているため、弾幕は濃密だ。絶え間ない銃撃によって、追撃部隊はあっという間に半壊する。


 タイミングも絶妙だった。銃撃は毛利軍の隊列が伸び切った段階で行われた。そのため情報伝達に時間がかかる。戦闘の状況を本陣はリアルタイムで把握できていない。報告は上げられるが、本陣で元春や隆景が指示を出しているころには状況が変わってしまっていた。混乱は加速する。


 まだ具房の攻撃は終わらない。隊列が伸び切って先頭部隊が半壊しているころ、中段でも変事が起こる。茂みから北畠軍が急襲してきたのだ。完全な不意打ちで、一撃離脱であったが看過できない被害を出す。


「討ち取れ!」


 混乱から立ち直り、襲ってきた敵が少数だと判断した武将は追撃を命じる。北畠軍を追った部隊はしかし、撤退を援護すべく配置されていた部隊に手痛い反撃を受けたり、花部隊が仕掛けていた罠に嵌ったりと逆に被害を増大させた。


 これらの報告も本陣へ届けられる。同時多発的に発生したため、伝令が本陣へ列を作った。聞かされるのは同じ報告ばかり。元春は適当にあしらおうとしたが、隆景が反対した。もしかしたら別の報告があるかもしれない。聞き逃さないためにもすべてを聞くべきだと。


 そんなわけで聴取を続行。すると隆景が言った通り、伝令のなかに聞き逃せない報告があった。


「敵の本隊が上月城に迫っております!」


「これは陽動だったのか!?」


 毛利軍は愕然とした。自分たちは敵の本格的な攻撃を受けているものと思っていたが、これは陽動でしかなかった。北畠軍の真の狙いは毛利軍本隊をここに釘づけにし、その間に上月城の包囲を解くことだったのだ。


「本隊はどこにいる!?」


「はっ。城より三里ほどの場所にございます」


 ここから近い。元春と隆景は頷く。兄弟の考えは完全に一致していた。急いで部隊を編成し、救援に向かわせる。


 このときの二人は完全に冷静さを欠いていた。慎重に事に当たる隆景さえも、条件反射的に指示を出している。戦場の高揚だけではこれを説明できない。二人とも、毛利家が拡大するにあたってその中核となった存在だ。その程度では判断を誤らない。


 答えは情報量。武人気質の元春も、思慮深い隆景すらも、もたらされる情報に圧倒され、処理に頭をフル回転させていたために判断を誤った。普通に考えて、そんな都合のいい情報が転がってくるはずがない。普段なら疑っていただろう。


 北畠軍の本隊が上月城に迫っているというのも、具房が情報の絨毯爆撃のなかに混ぜ込んだパンプキンだ。つまりは嘘の情報。確認されてもいいように伝えた位置にはいるが、目的は毛利軍に打撃を与えること。相手を焦らせて敵主力を釣り出す三方ヶ原戦法である。これに毛利軍は引っ掛かった。


「かかったな……よし、撃てッ!」


 待ち受けていた北畠軍から銃砲火による猛攻を受ける。


「ま、待ち伏せだ!」


「罠だったのか……」


「退けーッ!」


 毛利軍は罠だと悟るが時既に遅し。伏兵に襲われ、部隊は壊滅的な被害を受ける。主将格の口羽春良、桂景信が討死し、三千ほどの兵が討たれた。合戦全体で毛利軍は一万余りの死傷者を出し、軍を再編成しなければならなくなる。


「くっ。撤退だ」


 元春は悔しそうに撤退を命じ、当主の輝元が進出している備中高松城まで退いた。


 隆景も同じ気持ちだ。立案していた作戦は今回の北畠軍とほとんど変わらない。彼もまた奇襲の連続ーーゲリラ戦による不意打ちと短時間の戦闘で味方の消耗を抑制しつつ、敵に出血を強いる戦い方を想定していたのだ。今回の戦いは、そのお手本を見せられたような気分になった。


 かくして毛利軍は撤退し、代わりに北畠軍が悠然と上月城へ向かう。それを救世主が登場したかのように熱烈歓迎したのが、城に籠もる尼子軍だった。


「一時はもうダメかと思いましたが……大納言様には感謝してもしきれませぬ」


「このご恩は必ずお返しいたします」


 尼子勝久と山中鹿之介が代表して謝辞を述べる。困ったときには助力する、と約束してくれた。具房は大袈裟だと思いつつ、水を差すことはない、と黙って受け入れた。


 毛利軍との戦いが本格的に始まる。第一ラウンドは織田軍の勝利で終わった。だが、このまま押し切ることはできないだろう。具房はこれからの戦いは厳しいものになるだろう、と気を引き締めるのだった。







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― 新着の感想 ―
[一言] 流石は具房、奇策を用いて毛利軍を退けましたか。 最も毛利だってこのまま黙っているとは思えないし、あの無能公方がまたチワワみたいにキャンキャン騒ぎそうだ(笑)
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