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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第九章
117/226

禁軍

 



 ーーーーーー




 年始にもはや恒例となった上洛を行い、京で新年の挨拶など諸々の仕事をこなした具房。例年であればやることはやったと伊勢に帰国したのだが、今年は京に滞在を続けていた。去年のように、敦子に対する罪滅ぼしではない。では何があるのかといえば、長年温めていた計画がいよいよ実を結ぶのだ。


 寒風吹き荒ぶ京の町。幸い晴れているものの、風は冷たい。だが、沿道にはそれを吹き飛ばすような熱気があった。町人が道の端に並ぶ。それを見た者が何事かと近寄り、そのまま列をなす。行列の出来方のお手本のような光景が広がっていた。


 集まっているのは町人だけではない。貴族たちも予め確保されていたスペースに牛車を乗りつけている。集まったのは下級貴族に留まらず、清華家や摂関家の者もいた。


 極めつけは天皇の存在だ。皇族や貴族は内裏の側に設けられたスペースに固まっている。警備上の問題だ。厳重な警戒網が敷かれており、具房もそのなかにいた。


 天皇の出御を仰いでまで行われるのは、記念すべき国家的な事業が行われるからだ。


「いよいよですね」


「そうですね」


 横にいた日野輝資が声をかけてくる。お祭り気分なのか、かなり興奮しているようだ。民衆だけでなく公家たちも同様で、期待に目を輝かせている。平安貴族の栄華は長き戦乱の時代を経て伝承と化し、戦火に焼かれる日々が続いた。その鬱屈したエネルギーが、代を重ねて濃縮された特濃のエネルギーが、この場に漏れ出している。そして、ある一団の登場によって爆発した。


 音楽が鳴り響く。和音ではない。洋楽の調。具房が主導して導入させた楽隊によるものだ。近代の軍歌をアレンジしたもので、どこか威圧的。耳慣れない音楽ということもあり、集まった群衆を圧倒した。


「「「おおっ!」」」


 と歓声が上がる。楽隊よりやや先を歩く人垣。その中から突如として旗が掲げられた。冬の陽光を受け、緋色の布地に縫われた金糸がキラキラと光を反射する。


 錦の御旗。


 通称「錦旗」と呼ばれる、官軍であることを示す旗だ。これを掲げているとはつまり、一団が天皇の軍隊であるということだ。朝廷(天皇)が数百年ぶりに手にした軍隊。仕掛け人である具房はこれを御親兵と名づけた。


 御親兵は兵部省に属す機関として創設された、朝廷独自の軍隊である。中世では兵部省の職務は将軍に奪われてしまった。それを回復したのである。元の組織(軍団)が消滅してしまっているため、御親兵と新たな名を冠されて復活した。


 当初、信長はこれに反対だった。京の治安維持組織程度ならともかく、本格的な軍隊を創設することは天下人の仕事を奪うことになる。信長は天下人として様々な方面に権威を示さなければならない。そのために必要とされるのが武力であり、基本的に織田軍の手で反抗勢力を叩くことが求められた。


 だが、ここにきて御親兵の登場だ。信長と朝廷。どちらに権威があるのかはいうまでもない。なので、信長としては朝廷が前に出てくると困る。今まで通り、朝廷は信長に権威を与える存在であればいいのだ。


 その点は具房も弁えている。そこで、渋る信長に対して棲み分けを提案した。御親兵は京(とりわけ内裏)の守護に専念し、外征は織田家が担うということだ。反対するポイントを失った信長は、首を縦に振るしかなかった。


 苦労したのは公家の説得だ。彼らは御親兵は不要だと主張する。


「京の治安は機能を回復した検非違使によって維持されておる。北面の武士なども置かれているのだから、そのようなものは不要ではないのか?」


「現在の兵事は過去のそれとは一線を画しております。個人の武勇など二の次。今はとにかく数と強力な兵器が必要なのです」


 古代の武装といえば刀剣、槍、弓。誰もが同じであり、あまり差はなかった。しかし、戦国時代では鉄砲(大砲)という新たな兵器が登場した。これを装備するにはかなりの財力が必要である。鉄砲単体に加え、火薬も高価。最早、個人でどうこうできるレベルではない。


「わたしも剣の腕には覚えがありますが、鉄砲を相手にして生き残る自信はありません」


 個人の力より、集団の団結力。


 これが近代戦における鉄則である。集団の団結が求められるのは何も軍事だけではない。政治や経済ーー身近なところでは仕事やスポーツもそうだ。日ごろは仲間同士、切磋琢磨する。普段は仲間であり、敵だ。しかし、一度共通の敵が現れれば団結してこれに立ち向かう。子ども向けアニメや特撮にありがちなことだが、それが真である。


 ここは朝廷が前へ出るべきときだ、と具房は訴えた。とはいえこれは政治。真っ向から説得にかかったわけではなく、有利な状況を作るべく根回しを済ませていた。同族(村上源氏)の六条家や友好的な飛鳥井家など、羽林家層の支持を取りつけている。


 彼らは近衛少将や中将に任じられるが、具房はこれらをただの肩書きから、御親兵の指揮官という実のある職にするつもりだった。公家は戦争の素人なので、もちろん名誉職(顧問とか相談役とか)。それでもポストが減らないということで、彼らの支持を得た。


 それに他の貴族にもメリットはある。抑止力の存在だ。これまで朝廷は、京を領有する大名に庇護してもらっていた。軍を持たなくて済むというメリットはあるが、庇護者が弱体化すれば悲惨だ。応仁の乱に代表されるように、ときの庇護者の支配が動揺する度に京は戦火に見舞われている。御親兵はこれを抑止できるのだ。


 そんなことは検非違使でもできるではないか、との反論があった。具房は否、と答える。検非違使(警察)と御親兵(軍隊)は違う。検非違使は軽武装しているから町民に対抗できる。だが、軍隊には対応できない。だから御親兵を投入して対抗する。目には目を、歯には歯をの論理だ。


 これで京は守られる。御親兵は日本最強の軍隊だ。間違いない。彼らを攻撃するものはおらず、一方的に敵を屠る。朝廷の、天皇の軍隊だ。弓引けば文字通りの朝敵。それを口実に周辺からタコ殴りにされて滅びるだろう。だから御親兵には攻撃できない。ゆえに最強。


 最終的に公家たちは折れた。戦乱が続き、屋敷が戦火に焼かれたという者も少なくない。自分は経験しておらずとも、先祖から伝え聞いている者も多かった。だからこそ、戦火に焼かれる心配はない、という謳い文句が響いた。


 御親兵の創設は正親町天皇に奏上され、裁可された。日本の天皇は「祈り」の皇。民の安寧を祈っている。だが、実力至上主義の戦国時代において、その力は弱い。民を守るために必要な力がないーーそれどころか、自分たちの身を守るだけで精一杯。


 戦火に、貧困に見舞われる民を見て悲しかっただろう。


 いくら祈れど何も変わらず、辛かっただろう。


 何もできない自分が、自分たちが腹立たしかっただろう。


 それが、京限定とはいえできるようになる。安寧と繁栄を願う天皇にとって、小さくとも大きな前進だ。


 かくして御親兵発足の詔が出された。近衛府や衛門府、北面の武士といった朝廷の武力組織を統合する形で御親兵が組織される。組織としては兵部省の下に置かれたが、官位相当制で上位となる近衛大将は名誉職として残された。


 御親兵の定員は三千人。健児の制に倣って人数を設定した。律令にある軍団は記録がなく、正確な数字がわからない。なのでもうひとつの古代兵制ーー健児の制を参考にした。


 三千人の内訳は北畠家千五百、織田家八百、徳川家四百、浅井家三百である。国力順では、織田家の負担が最も重くなるはず。だが、織田軍は各地に展開していてあまり余裕がない。それも渋る要因のひとつだった。そこで言い出しっぺの具房が半分を引き受けるという形で同意させた。


 そして今日、お披露目も兼ねて結成パレードが行われた。先頭は楽隊(北畠軍から派遣)と旗手。儀礼が基本の彼らは、容姿端麗な者が選ばれている。


 楽隊が奏でるは勇壮な軍歌。前世、大学のサークルで、近現代史専攻の同期がカラオケに行くと必ず歌うせいで耳コピしてしまった。それを戦国時代版にアレンジしたものだ。具体的には、楽器がほとんど雅楽に用いられるものに変更されている。勇壮なはずの軍歌が円やかになり、とてつもない違和感を感じた。文句も出るかと思ったが、意外にも受けがいい。異国文化として受け止めているのかどうかは知らないが、文句がないならそれでいいのだ。


 旗手が掲げるは錦旗。こちらは通常、天皇の綸旨を受けた者(この時代では室町将軍)しか使えない。今回は「兵制復古」として特別に許可を得ていた。というか名目上、御親兵は天皇の軍隊。天皇が天皇に許可を与えるなど馬鹿げた話だ。


 その天皇は行進を見物する車列に加わっている。では、御親兵を誰が率いているのか。それは具房の実弟・具藤である。


 錦旗に続く一団の先頭を乗馬して行く具藤。お澄まし顔をしているが、付き合いの長い具房にはわかった。あれは緊張している。それを必死に隠そうと表情筋を総動員した結果があのお澄まし顔なのだ。


「立派な武者姿。兄として鼻が高いでしょう」


「ええ……」


 ある公家のよいしょに、具房は追従した。昔は兄上兄上、と具房によく懐いており、暇があれば遊んであげたものだ。それが今や皇軍の大将。たしかに立派になった。


 具房がそんな感慨に浸っている間にも式典は進む。具藤の後ろからは約三千人の人間が縦十人、横十人の百人単位で並び、整然と行進する。縦横は無論のこと、手足を上げる角度までほぼ一致しており、見る者を圧倒した。ほう、という感嘆があちこちで漏れている。


「頭〜右ッ!」


 先頭の隊長から号令。瞬間、兵士たちが一斉に右斜め四十五度に顔を向ける。恐ろしいまでに統制がとれているが、これは事前の猛訓練の成果だ。運動会の行進練習さながらに、何度となく繰り返した。皇軍のお披露目であり、無様な姿は見せられない。その一念で完成度を極限まで高めた。


 内裏の警備が主な任務であるため、その装備は刀や槍が多い。とはいえ全体の二割が鉄砲を装備しており、戦闘力は以前とは段違いだ。そしてその鉄砲を提供したのは具房である。販売ではなく献上という形をとった。大損に思えるが、その後も買ってくれるということなので、長期的にはプラスである。


 式典は大成功に終わり、京の人々に皇軍の威容を見せつけた。町人たちも大興奮で、熱狂が冷めるのにしばしの時間を要した。


「大納言(具房)。これからも頼むぞ」


「はっ」


 正親町天皇もこれに大満足。立役者である具房を褒めるとともに、今後も朝廷を支えてくれとの言葉をかけた。








作中に演奏された軍歌は「陸軍分列行進曲」だと考えてください。YouTubeで「自衛隊 観閲式」なと調べると雰囲気を感じられると思います。軍歌ではありませんが「ソビエトマーチ」もぴったりですね。

 

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― 新着の感想 ―
これ維持できんの? すぐ解散になりそう
[気になる点] 主人公は鉄砲を売り付ける先を確保するために周囲を説得してまでやったということなのかな?
[良い点] いつも楽しませていただいてます。 [気になる点] 具房は徐々に信長と溝ができてるって理解してたのになんでこのタイミングで不要不急の禁軍を強行したのでしょう。まんまと具房押しの具教や公家たち…
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