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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第九章
114/226

ようやく


【誤字報告について】


 誤字報告をしていただきありがとうございます。今回は指摘していただいたなかで、誤字っぽいけど誤字じゃないものをお伝えしたいと思います。


 ・濫妨狼藉 これを乱暴狼藉ではないかとのご指摘を何回かいただきましたが、濫妨は「暴力を使って他人のものを奪うこと」という意味があります。なので誤字ではありません


 ・軍紀 軍規では? という指摘をいただきましたが、どちらも同じく「軍隊が守る風紀や規律」を意味します。なので誤字ではありません


 作者はよく誤字しますのでこれからもご指摘よろしくお願いします

 

 



 ーーーーーー




 淡路島から堺へと着いた具房は、挨拶がてら今井宗久の許を訪ねた。そこでいつものように商品の量を増やすよう要求される。その件は担当者に……と躱し、逆に具房は淡路島で描いてもらった絵を見せて、これを掛け軸に加工してほしいと依頼した。正確には職人の紹介を依頼する。宗久には仲介手数料が落ちるという仕組みだ。絵は後日、掛け軸になって届けられ、手紙を添えて岐阜の雪に贈られる。


 堺でやることを終えると、具房は京に入る。屋敷では敦子が迎えてくれた。


「お疲れ様でした」


 会うなり労ってくれる。公には具房は堺で仕事をしていたことになっており、淡路島へ行っていたということを知るのはごく一部だ。敦子はその一部に含まれていた。


「さすがに疲れたな」


 一服しながら具房は愚痴る。何とか踏破することはできたが、これまで長距離の移動は馬などを使っていたため、疲労が溜まっていた。さらに、当初は同行するお遍路さんにも気を遣わねばならず、精神的な負荷も大きい。身体も心も疲れていた。


「淡路はどうでしたか?」


 この質問は風土はどうだった? と訊いているのではない。目的である作戦準備は順調なのか、という問いだ。具房は概ね良好だと答える。多少、手を加えなければならないところはあるだろうが、作戦実施に支障はないはずだ。後は、現地に向かった専門家が判断することである。


「お疲れでしたら、どうぞゆっくりなさってください」


 敦子はそう勧めてくるが、具房は首を振る。


「いや、時間になれば義兄殿(信長)のところへ行く。面会の約束をしているからな」


「お疲れなのでしょう?」


「そうだが、明日からはしばらくゆっくりできるようにしてある。働くときは働く。休むときは休むーー」


「メリハリ、が大事なのですよね?」


「はははっ、そういうことだ」


 言わんとしていたことを先回りして言われ、具房は苦笑する。この反応は彼女が北畠家に染まってきたことを示すもので、嬉しくもあった。


 敦子も具房の身を案じての発言だったが、明日から休みだと聞いて安心したらしい。いってらっしゃいませ、と快く送り出してくれた。


 京の織田屋敷では信長が待っていた。具房が帰ってくるとの先触れがあり、公務を早々に切り上げて待ってくれていたようだ。


(なんか申し訳ない……)


 時間があるからと、北畠屋敷でゆっくりしていたことに引け目を感じた。天下人である信長のアポを取るのは大変だ。一ヶ月待ちなど当たり前である。そんななか具房は「先触れを出した日の未の刻に伺う」という、何様だと言われそうなアポの取り方をしていた。


 しかし、これには止むを得ない事情もある。淡路島から来る以上、船に乗るしかない。だがこの時代、船は予定通りに動くとは限らないのだ。なぜかといえば、大体は天候のせい。櫂船とはいえ、航海には風を帆で受ける必要がある。人力ではとてもじゃないが、長距離の航海はできない。なので順風が吹くまで待たなければならなかった。


 また、悪天候でもよくない。ただの雨だと思っていたものが、雷雨になって海が荒れ……となりかねないからだ。もちろん荒波も好ましくない。このように航海は中止となる理由が多い。天気予報などもなく、正確な日程を組むことは不可能。なのでこの日に行きます! とは言えないのだ。


「帰ってきたか」


「はい。何とか無事に」


 それと、忙しいなか我が儘を聞いてくれたことへの感謝も伝える。予定を立てられないのだから仕方がないともいえるが、普通、こんなことは通用しない。それでも会えたのは信長の厚意によるものだ。


 互いに忙しい身なので、必要な挨拶を終えると本題に入る。今のトレンドは対石山、対毛利戦略だ。


 二人は既に手を打っている。ひとつは遠交近攻策。毛利家の戦力を分散させるべく、九州と四国から圧力をかけるというものだ。そのために九州へ近衛前久を派遣。大友、島津両家の和睦を目論んでいる。史実を知る具房は日向の扱いで揉めるぞ、と忠告。対応策を協議した上で、前久は南北で折半という腹案を持って九州へ下向した。実現できるか否かは、彼の舌先三寸にかかっている。


 他方、四国へは土佐の長宗我部氏を使って圧力をかける。窓口になっているのが明智光秀の家臣・斎藤利三だ。彼の親族が長宗我部元親に嫁いでおり、その縁を使って毛利家の勢力下にある伊予へ侵攻するように促している。阿波三好家が心配だが、紀伊水道の制海権は北畠海軍が握っており、いつでも侵攻できるぞ、と牽制していた。武田家のことがあるので、そんなことはできないのだが。


 四国は将来的に具房が治めることになっているので、交渉は彼がやることだ。通商の関係もあり、窓口はある。なのに斎藤利三(明智光秀)、元親という交渉ルートを使っているのは、信長が介入しなければならない理由があるからだ。以前、信長は元親に四国切り取り次第だと言った。それを反故にするのだから、説明するのが筋である。だから信長が介入していた。


 具房も一括で交渉した方がいいだろう、と信長ルートで長宗我部氏とコンタクトをとっている。無論、長宗我部側からすればふざけるな、と言いたくなる話だ。聞き入れられるはずもない。だが、信長の立場では長宗我部なんて四国の大名より、具房の方が何億倍も大事だ。約束を破った立場でありながら、かなり強気な態度で交渉に臨んでいた。見事なまでのジャイアニズム。


 頭が痛いのが光秀だ。織田家の家臣という立場からすれば、信長の意向に従うべきところ。だが、相手は自分の重臣の一族が嫁いでいる。その顔も立てねばならないが、そうすると信長の意に反してしまう……。さらに事態をややこしくしているのが、具房の存在だ。彼とも仲のいい光秀としては、四国はすべて具房のものにしてあげたい。けれど家臣の面子が……という具合に、光秀にかかるストレスはとても大きかった。


 具房としては、大和を失う代わりにどこかを貰わなければ面目が立たない。等価ではダメなのだ。大和を手放すだけの価値があるものでなければ。それが四国なのである。具房個人はどうでもいいのだが、さすがに家臣が納得しない。せめてもの妥協案として、北畠式の統治を行うという前提条件の下、土佐と伊予半国の支配を認めるという案を示している。もっとも、長宗我部側は拒否しており、交渉が妥結するかは不透明だ。


 このように、織田家による対毛利包囲網はガバガバであり、効果のほどは不透明である。しかし、大友にせよ長宗我部にせよ、毛利が脅威である、あるいは邪魔であることは確かだ。そこに協力できる余地があった。


「九州に行っている前関白(近衛前久)によれば、説得は難航しているようだ。肝心の島津と大友の和睦は、夢のまた夢とも言っておる」


「やはり……」


 九州情勢は複雑である。大勢力といえるのが大友氏。宗麟の指導の下、各地に勢力を拡大していた。これに挑戦する新興勢力が島津氏と龍造寺氏だ。さすがの大友氏も二正面作戦は厳しかったのか、徐々に圧されている。そんな動きのなかで、各地に割拠する小大名たちは翻弄されていた。


 で、前久はその小大名もろとも調停しようとした。現代風にいえば、武力による現状変更は認めないといったところか。これは間接的に、島津氏が滅亡寸前まで追い込んでいた伊東氏を救うものだった。島津氏がこれを受け入れるはずもなく、工作は失敗に終わっている。


 具房は史実を知っているので、こうなることを見越し伊東氏を島津家臣とする案も用意させていたのだが、こちらは大友氏の反対に遭った。緩衝地帯(伊東領)がなくなるどころか敵に回るのだから、たまったものではない。龍造寺への対応に専念できるぞ、という論理で受け入れられないかと思っていたのだが、ダメだったようだ。


「四国も九州も難航しているとなれば、やはり我々だけでやるしか……」


「それも考えねばならぬな」


 信長は不本意そうである。だが、具房に言わせれば四国が拗れているのは百パーセント彼のせいだ。義昭を追放した後、自らを「天下人」として扱ってくれた初めての余所者が元親だった。そのことに機嫌をよくしたのか、彼に「四国切り取り次第」のお墨付きを出した。それだけならいいのだが、今度は畿内を押さえるために大和を割譲してもらう交換条件として具房に四国統治を提示する。二枚舌もいいところだ。


 そんな不満はあるが、心の奥底に仕舞い込む。信長との関係が拗れると面倒だ。それこそ、四国統治の話も吹っ飛びかねない。具房としてはどこでもいいのだが、信長は四国に拘っている。これは現状、自由に処分できる地が四国しかないからだ。瀬戸内や日本海の航路、石見銀山などは織田家で押さえたいーーという思惑がある。だから中国は他家に与えられない。早期に確保できるのは四国しかないのだ。


 四国、九州ともに何とか合意を形成できるよう努力する、ということで話は纏まった。そして最悪のシナリオーー独力で毛利家と戦うときどうするかを話し合う。そこで具房は、淡路島を訪れた本当の目的を明かす。


「ーーというわけで、わたしは淡路で決戦すべきだと考えます」


 具房が披露した淡路決戦プランは、石山救援に向かう毛利水軍が明石あるいは鳴門海峡を通過したところを、島に待機させていた船団で攻撃する、というものだ。このとき背後から島に潜ませていた砲兵隊が砲撃。敵船団を恐慌状態に陥れる。敗走する際も、狭い海峡を通過する敵を砲撃し、撃破する。そのために焼夷クラスター弾もどきを開発させていた。


「そう上手くいくか?」


 信長は難色を示す。彼は石山沖で迎え撃てばいいという考えだ。たしかに、史実通りにいけば石山決戦で勝てる。しかも史実より鉄甲船の数は多い。間違いなく勝つだろう。


 だが、史実では完全な勝利を得てはいない。あれは毛利水軍が石山への補給を諦めて撤退したゆえの勝利ーーつまりは判定勝ちにすぎないのだ。あれで大阪湾の制海権は確保できたものの、瀬戸内では毛利優勢。毛利攻めをする秀吉も補給に苦慮することとなった。


 ゆえに、具房は完全勝利を追求する。淡路決戦のメリットを話し、信長に譲歩を迫った。しかし、信長はなかなか納得しない。メリットは理解できるが、それを受け入れるわけにはいかないのだ。


 信長は天下人となった。それは反体制派を除く多くの人間が認めるところである。が、信長の天下で特殊な地位にあるのが北畠家だった。天下人たる信長と官位で互角、また火薬などの物資を北畠家からの供給に頼っていた。いわばパートナーである。


 将来的に織田政権を安定させるためには、上手く北畠家を「配下」にしなければならない。信長はその手段として、彼らに目立った功績を立てさせず、飼い殺しにするつもりだった。こうすることで、北畠家の地位は相対的に下がる。そんな青写真を描く信長からすれば、具房の提案を受け入れることはできないのだ。


 そんな思惑もあり、議論は並行線に終わる。仕方がないので、具房は切り札を使うことになった。それは、北畠軍単独でも決行するというものだ。二段構えであれば安心だ、と行動を正当化する。


 焦るのは信長。失敗すれば万々歳だが、これまで輝かしい戦果を上げている具房が今回ばかりは仕損じる……なんて甘い考えは持っていない。むしろ、成功する公算が高い。そうなれば功績はすべて具房のもの。それは極めて拙い。


(……結局、認めるしかないのか)


 信長は作戦に参加した方が賢明だということに気づく。


「そこまで言うのなら」


 と消極的に参加を表明する。ただし、投入されるのは滝川一益が運用することになっている鉄甲船(五隻)のみ。残り十六隻の鉄甲船は九鬼嘉隆の指揮の下、石山決戦に挑むこととした。


「ではこれにて」


「息災でな」


 淡路決戦を半ば強引に認めさせ、目的を達した具房。四国と九州の交渉の状況も知れたので、大満足だ。気分よく屋敷に帰る。


 帰宅後は夕食を食べ、風呂に入って疲れを癒す。特に風呂は淡路島に行ってから入れていなかったので、文字通りすっきりすることができた。具房はさっぱりした気持ちで布団に入ろうとする。


「ん?」


 部屋に入ろうとしたところで、人の気配がすることに気がつく。護衛が止めないということは、害のある人物ではないのだろうと、気にせず部屋に入る。予想通り、中にいたのは敦子だった。


「……」


 入り口でしばし固まる具房。部屋の中で布団が並べられている。なぜだ? と。だが、敦子に促されたのでとりあえず部屋に入る。そして部屋がこんな状態になっている理由を質した。敦子は質問には答えず、ポツリと言う。


「わたくし、今年で十六になりますの」


「……」


 瞬間、具房は言葉を失う。呆れからではない。衝撃からだ。


(なん、だと……)


 と、具房はかつてない衝撃を受ける。十六になれば関係を持つと約束していたからだ。この時代は、年齢を数え年でカウントする。戸籍では生年月日を書かせているが、把握できない者も多い。なので、まだ数え年は生きている。その場合、正月で平等に歳をとる。今は秋。つまり、半年以上もの間、彼女を放置していたわけだ。それまでに何度か上洛しているため、完全に具房が悪かった。


「それは、すまなかった。だが、言ってくれればいいのに」


 具房も忘れてきたわけではない。だが、色々と進めていることが多く、それらで頭がいっぱいだったのだ。もちろん、言い訳にしかならないので口にはしない。


「お忙しそうだったので、黙っていたのです。それに、はしたないでしょう?」


 それでも周辺からの子ども産め、という圧力は凄かったろうに、と具房。敦子のメンタルの強さに驚嘆させられた。


 ともあれ、二人は結ばれた。そのときのことを敦子は、


「ようやく念願が叶いました」


 と親しくしている良家の令嬢に言ったという。







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― 新着の感想 ―
[一言] いい話だった、続き早めで リクエストで斯波武衛家小説お願いします
[一言] なろうの読み物では使われない漢字を多用してるから読者が誤字と思うのも仕方ないかな。 と、思わなくもないw
[良い点] 数え16の美少女に「念願叶った」と言われる男って……羨ましいぞw
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