鉄甲船、設計中!
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織田水軍再建計画が始動した。その目玉であり、すべてであるのが鉄甲船の建造だ。第一段階として設計図を仕上げるーー前にやらなければならないことがある。ドックの拡張工事だ。これに動員されたのは、待機している伊勢兵団。
「ほら、さっさと掘れ」
「どうしてオラたちがこんなこと……」
「兵隊なのに……」
「これも訓練だ」
ぼやく兵隊たちを隊長が一喝して作業を行わせる。低コストで動員できるのが軍隊だ。緊急性にも鑑みて、具房は投入を決めた。まさか軍隊に土木工事を行わせるわけにはいかないので『陣地構築訓練』という名目で集められ、ドックのスペースを広げるべく穴を掘らせている。
鉄板を張るためには大きな船体が必要になる。さもなくば、まともに航行することすらできないだろう。だが、そんなドックはない。設計や建造作業に入る前に、拡張しなければならないのだ。
その作業が進むなかで設計の前提となる検証作業が行われていた。第一に行われたのは、目玉である鉄板の厚さをどうするか? だ。これによって船体の大きさが決まる。また、防御力は鉄板の厚さに比例するが、それに反比例して船の機動性が落ちていく。鉄甲船であるために仕方がないが、ある程度の操作性は確保しておきたい。その釣り合いのためにも、ギリギリを攻める。
生き残りの証言を元に、具房はいくつかの兵器を使って試験を行うつもりだった。火矢、焙烙火矢といった毛利水軍の武器の他、火縄銃も用意している。いくつか用意した鉄板にこれらを命中させ、耐えられるかどうかを試すのだ。その結果を元に、船が設計される。
演習場に何枚もの鉄板が持ち込まれ、並べられた。およそ一メートル四方の鉄板で、厚さはそれぞれ異なる。鉄板の裏には同じサイズの木板が取りつけられており、ダメージを計るというわけだ。この実験には具房たちも立ち会った。
「撃て!」
号令があり、火矢が放たれる。薄い鉄板は容易に貫通されており、ある程度の厚さが必要だということが窺えた。
「矢でこれだと、焙烙火矢は防げないな」
一発目は耐えられても、同じ箇所に被弾すれば二発目で炎上確実である。具房はケチなことはできないな、と心のなかで呟く。
一方、横では滝川一益が申し訳なさそうに立っていた。彼から見れば、そこまでやるか? と言いたくなる本気具合なのだ。協力を依頼しておいてなんだが、恐縮してしまう。
「何だか申し訳ありません」
「鉄板などは鋳溶かせば使えるから問題ない」
具房は気にしないように、と言った。実際、鉄甲船に使用する鉄は、銃火器に使うものと違って品質はかなり粗い。それで十分だからだ。
鉄板の試験は数日かけて行われた。初日に様々な規格の鉄板を撃ち、結果を確かめる。撃ち抜かれたものと撃ち抜かれなかったものを記録し、その間にある厚さの鉄板を発注。出来次第、また試験が行われる。こうして火縄銃から放たれた銃弾を防ぐだけの強度が得られる鉄板のギリギリの厚さが割り出された。
ちなみに、普通の火縄銃なら貫通できないこの鉄板。同じものを使って秘密裏に試験が行われた結果、北畠軍が使っているミニエー銃なら貫通した。もちろん、そのことは秘密である。
「意外に薄いな」
具房は量産に入った鉄板を見て感想を漏らす。彼の言う通り、鉄板はかなり薄い。これで防げるのだから、文系で物理などさっぱりな具房は不思議に感じられた。
鉄板の試験が終わると、次は実際のデータの収集となる。用意されたのは、破損した安宅船。これを鉄甲船に改修し、機動性の変化を探る。当然、具房も乗り込んだ。
「どうだ?」
「はっ。艪が重く、上手く操船できません」
「そうか」
具房は報告にただ頷く。これで既存の安宅船を鉄甲船に改装できないことが明らかになった。
「よし、船渠が出来次第、倍の寸法で建造だ」
「ば、倍ですか?」
その指示を横で聞いていた一益が困惑する。さすがに大きすぎるのでは? と。それを笑い飛ばしたのが、見学に来ていた前田利益だった。
「ははっ。滝川の伯父貴、殿のやることに驚いてたんじゃ仕方ないぜ」
「慶次か。いや、それはそうだが……」
一益も、具房に驚かされたことは一度や二度ではない。名家の生まれとは思えないほど開明的な人物であり、大名家としての北畠家を躍進させた人物である。だが、倍というのはいくらなんでもやりすぎではないかと一益は思った。
「大きい方が、結果的に早く最適な寸法が見つけられるのだ」
具房は巨大安宅船の建造を指示した理由を明かす。
大きな船を作り、もし余裕があるようなら今度は中間程度の大きさにし、その船の操作性の良し悪しでどうするかを決める。良ければ徐々に小さく、悪ければ徐々に大きく……といった具合に大きさを変えていき、最適な大きさを選ぶのだ。
「もちろん、今の寸法よりわずかに大きい船体が最適解ということもあるだろう。だが、それは極めて特殊な例だ。一般には、先ほど言ったようにやる方が早い」
具房はそう言った。この方式では少なからず無駄な船が建造されてしまうが、活用法はきっちり考えている。
余った船は、改装してから志摩兵団の専用船にするつもりだ。これで出撃の度に商船を都合しなくて済むようになる。また専従させるつもりなので、志摩兵団の任務である強襲上陸に適する装備を搭載できた。代表例はウェルドック。舟艇を簡単に降ろせるようになるため、上陸作戦の効率が上がる。今は火砲の揚陸は上陸が完了した後だが、ウェルドックを装備することで、予め重火器を搭載しておけば上陸初期から揚陸、火力支援ができた。
ドックの拡張は作業に駆り出されている伊勢兵団の働きもあり、三ヶ月ほどで完了。すぐさま建造にとりかかった。
完成した船で試験航海が行われる。結果は良好。ただ大きすぎるのでは? ということになって、小さくしたものが建造された。
「舵の利きが悪いですな」
「よし、大きくしろ」
具房は忙しいながらも暇を見つけては試験に立ち合い、最適な大きさを割り出していった。そして、究極形が完成する。
「どうだった?」
遅れてやってきた具房は、地上から試験の様子を見守る。船が着岸すると、すぐに乗船して感想を訊く。
「完璧です」
船員が答えた。結果は満足できるものだったようだ。それを受けて、具房は量産命令を出す。それきた! と造船所がフル稼働を始める。流れ作業によって効率が極限まで高められ、常識では考えられない速度で船が完成していく。
設計図は滝川家にも渡され、ほぼ同時に建造が始まっていた。しかし、滝川家では一隻を職人技で造っていくため、効率が段違い。滝川家で一隻造る間に、北畠家では二隻も三隻も完成するという有様だった。
「なんという速さ……」
感嘆した様子の一益。だが、そんなことをしている暇はない。なぜなら、具房の依頼をこなすので手一杯だからだ。その「依頼」とは、今日でいうところの艤装員の派遣である。
『一番艦を使って乗員を訓練する。後はそちらに任せるので、動かすための人員を派遣してほしい』
要するに、船を造るところまでは引き受けたが、運用は滝川家に任せるということだ。具房に鉄甲船を運用する気はないため、動かせる人間はいらない。さっさと引き取ってほしいのだ。
一益は実際に水軍を運用する九鬼嘉隆に連絡し、人を送ってもらう。鉄甲船は彼らに引き渡された。北畠領内にある和船の造船所から次々と鉄甲船が吐き出されるため、その作業に一益は忙殺されている。
『もう少し抑えてもらうことは……?』
と泣き言を言ったくらいだ。もちろん具房は却下している。それどころか、一隻でも多く造れ! と造船所に発破をかけた。領内での具房は神様仏様レベルの存在。それに応えて作業員は奮起し、作業に勤しむ。
「夜はなぜ来るんだ!?」
なんてことを言った者もいたとかいなかったとか。もしいたとして、北極圏に連れて行けば、本当に一日中作業しかねないほどの士気だった、とだけいっておく。
そんな努力の甲斐あって、織田水軍は再出撃までに二十五隻の鉄甲船を揃えた。内訳は九鬼水軍六、滝川家三、北畠家十六という圧倒的な差だった。
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順調に鉄甲船の建造が進む傍ら、具房は先に述べたように実験で要らなくなった船の改装を行わせていた。
ウェルドックは志摩兵団発足時から構想こそ存在したものの、実現できずにいた。その理由は具房が多忙だったから。しかし、最近は武田も大人しいし、石山は反撃の牙を研いでいる(鉄甲船を建造している)ところだ。落ち着いて実験ができる。
今回、実験的に建造された船は八隻。だが、いきなりこれらを改装するわけではない。機構を完成させるため、最初は廃船を使って実験をする。
北畠は津を起点に、西はマカオやルソン、東(北?)は蝦夷地、南は小笠原諸島までの航路を築いていた。この時代としてはかなりの安全性を誇るが、それでも何かしらのトラブルに見舞われる。最悪の場合、難破して行方不明ということも起こっていた。
そんなトラブルのなかに嵐もあり、船が損傷することがあった。軽微で済めばいいのだが、なかには致命的な損傷を受けて修理不可能との判断を下されることがある。そのときは、スクラップとして解体されることになっていた。今回使うのはそんな船である。
「例の物はできているか?」
「はっ。ここに」
具房は職人に問うと、船の上に乗せられた分厚い木の板を指さした。もちろん、ただの板ではない。舟艇が一隻通れるだけの凹があり、円筒形のローラーが敷かれている。ローラーにしている理由は、舟艇の収容がやりやすいからだ。
木の板は斜めに設置される。舟艇を下ろすときは押し出してやれば、ローラーに乗って滑り落ちる、という寸法だ。だが、そんなことをしなくても船から下ろすことは容易い。問題は引き上げるときだ。何もなければ苦労するが、ローラーがついていれば上から引っ張り上げるだけでいい。さらに、この方式であればかなりの重量物を船に載せたり下ろしたりできる。
物は完成しており、後は実際に船に載せて試験を行うだけだ。完全に手探りで建造する鉄甲船とは違い、こちらはほぼ完成しているといっていい。
このウェルドックに問題がないか、舟艇を進水・収容させる作業を行い、検証する。港に係留された廃船での作業を、岸壁にいる具房たちが見守った。上陸する兵たちが乗り込んだ状態で実験が始まる。
「一号艇、発進準備!」
「舫を解け!」
号令が飛び、船員がテキパキと作業する。そこには一切の無駄がなく、練度の高さが窺えた。彼らは教導隊の隊員で、構想が現実味を帯びてきたところで人員を選抜し、訓練を受けていたのだ。高い練度はその賜物である。
ゴロゴロと音を立てて舟艇が滑り落ちる。着水時に大きな衝撃があるのはやむを得ない。理想は注排水によって吃水を変える方式だが、そんなポンプは実用化されていない。
「問題なし!」
着水時の衝撃で船が破損していないかを調べる。浸水などはなく、問題はなかった。
そこで、次の段階に入る。第二段階では、重量物を搭載した状態で舟艇を下ろしたときにどうなるかを検証するのだ。衝撃で火砲が壊れたりする可能性がある。そうなれば、装置の改良が必要だ。
バシャン! と先ほどよりも大きな音と飛沫を上げて進水した舟艇。火砲はどうなった? と固唾を呑んで見守る具房たち。やがて、報告が聞こえる。
「舟艇、および火砲に異常なし!」
それを聞いた者は喝采を上げた。具房も笑みを浮かべる。だが、これで終わりではない。まだ試験項目が残っている。
「収容始め!」
二号艇、一号艇の順で船内への収容作業が行われる。船尾にやってきた舟艇に縄をくくりつけ、船内の人間が引っ張り上げるのだ。入り口がY字になっており、多少のズレは問題にならない。十分ほどで作業が終わった。
「火砲を積んでいると、収容に時間がかかりますな」
「たしかに、二号艇(火砲と人間を搭載)の収容時間は一号艇(人間のみ搭載)の倍でした」
「だが、それはカラクリ(機械)を使えば解決する」
具房はウインチを取りつければ問題ない、と問題にしなかった。概ね満足できる結果といえる。この他、収容時に舟艇がY字の出っ張りに当たることが問題視された。
「ならば、左右に革袋をつけよう。これなら、舟艇が直接接触することはなくなるはずだ」
本当はゴムがいいのだが、東南アジアにはまだ伝わっていないらしく、南蛮人に頼んで南米まで取りに行かせている。いずれは東南アジアで栽培させたい、と具房は考えていた。
閑話休題。
試験の結果は概ね満足できるものだった。具房は改装を許可し、装置の量産と改装作業が鉄甲船の建造と並行して行われる。かくして志摩兵団は、八隻の専用船を運用することとなった。有事に備えて待機しつつ、慣熟訓練に励んだ。
東南アジアでゴム栽培と聞けばプランテーション、植民地……という言葉が連想されます。一応、いっておきますが、具房に東南アジアを植民地支配しよう、という意図はありません。