織田水軍再建計画
今回も短いです。実は、ほぼ書き上がっていたデータが消えまして、思い出しながら書きました。なので、要約みたいに濃度が上がっています(短いのはそのせい)。あと、ちょっとイライラしていたのもあります(作者は短気なので)。すみません。次回までに、調子を戻しておきます。
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京の織田屋敷には、出席できる有力な織田家臣たちが揃っていた。そのなかでも注目されていたのが、佐久間信盛と九鬼嘉隆である。
信長がやってくると、先ず信盛が報告した。海から救援物資を運んできた毛利水軍に刺激され、一向宗が石山から突如として出撃。佐久間軍は一時、陣地を失陥した。その後、救援を受けてことなきを得ている。
「右衛門尉(佐久間信盛)、くれぐれも油断するな」
「はっ。申し訳ございませんでした」
信長は軽く注意するに留めた。ぶっちゃけ、陸はどうでもいい。問題は海だ。そして、信盛が下がると、次は嘉隆が報告を行う。
「ーーという次第です」
「なるほど。数が足りなかったか」
信長は自軍を文字通り壊滅させた嘉隆に何らかの処分を下すかに思えたが、そんなことはしなかった。
理由は二つ。ひとつ目の理由は、嘉隆が具房の紹介で仕官した人物だからだ。そんな人間の首を切るのはなかなか難しい。
二つ目の理由は、水軍の人材不足である。織田水軍は信長の大名権力によって創られた。内部に佐治水軍など、尾張に割拠した水軍衆を取り込んでいる。しかし、彼らに兵権を与えるなどあり得ない。機会があれば自立しようとするような連中である。信用できるはずがなかった。そうなると、嘉隆を下ろすという選択はできない。
信盛が軽い注意で済んだのも、興味がないという理由の他に、嘉隆に罰がないのに信盛にだけ罰を与えることはできない、という事情もあった。
報告が終わると新たな敵ーー毛利水軍への対抗策が話し合われる。このとき、家臣たちが主張したのは敵より多くの船を揃えることだった。
信長もその意見には賛成だ。だが、織田家単独で数は揃えられない。そこで、水軍を運用している具房に訊ねた。
「義弟殿(具房)。船を四百造るのにどれくらいの期間がかかる?」
「いきなりですね……。何ともいえませんが一、二年でどうにかなるものではありませんね」
具房はおおよその見積もりで答える。船を造るにしても、材木の調達から始まるのだ。何年も前から計画して、その準備が進んでいたのならいい。だが、今回は完全に突発的な事態だ。準備などできているはずがない。日本中の材木が使えるならまだしも、具房たちが支配する領国だけで賄うのは不可能だ。四百隻ともなると、少なくとも五年はほしいところである。
「滝川(一益)はどう思う?」
「某も出来ぬと考えます」
二人のみならず、嘉隆など水軍に詳しい人間に訊ねたが、誰もが「無理」と答えた。
「無理か……」
それを聞いて、信長も毛利水軍に対抗するだけの船を揃えることはーー短期的にはーー不可能であることを悟った。ということで、別の方策がないかと訊ねる。が、良案がそうポンポン出てくるはずがなかった。
しかし、この場には史実を知る人間がいる。具房だ。彼は会議が進まないのを見て、鉄甲船を提案しようとした。だが、それより先に嘉隆が提案した。
「燃えない船があれば、毛利の水軍など蹴散らしてやるのですが……」
「何を言うか。燃えない船などあるわけなかろう」
そうですな、と反対意見に納得した嘉隆。しかしそれが信長へのヒントとなった。
「そうだ! 船が燃えなければいいのだ!」
「ですが殿。そんなことはできぬのではありませんか?」
「いや、できる。木が燃えることが問題なのだ。ならば、木を使わなければいい」
「どういうことです?」
「鉄ならば燃えないだろう。船を鉄で覆うのだ」
嘉隆の燃えない船があれば、という発言から飛び出た鉄甲船構想。
「これなら造れるか?」
「図面を頂ければ、その通りに仕上げて見せますよ」
信長が見てきたので、具房は自信満々に答えた。それだけの技術力はある、という自信があった。こうして急転直下で鉄甲船の建造が決定された。
その後、具房は信長と二人で会談した。そこで具房は石山攻めへ北畠軍を参戦させることを要求する。
「しかし、どこにそんな兵力が?」
「大和と紀伊から出します」
具房は即答した。この二兵団が選ばれたのは伊勢、伊賀、志摩の三兵団は東海道有事の際に派遣されることになっていたからだ。特に伊賀、志摩兵団は即応体制をとって待機中。後者は輸送用の船が常時、待機しているという念の入れ具合だった。
それでも石山へ派遣するだけの余裕があった。さらに天下統一には石山攻略は不可欠。だが、同時に手こずっていていい相手でもなかった。
「落とせるのか?」
「もちろん」
でなければ積極的に兵を出そうとは思わない。
「どうするのだ?」
「そうですね……三日三晩、砲撃を続けて石山を瓦礫の山に変えます。その後、兵を進めて生き残りをひとりひとり潰していく、というのはどうでしょう?」
どうでしょう? とは言うが、そんなことは言うが易く行うは難しである。だが、具房はこれまで信長に嘘を言ったことはない。実現できるかはともかくとして、本気で出来ると思っていることはわかった。
だがそれは信長としては嬉しくない。天下統一は、あくまでも織田家の圧倒的な力によってなされなければならないからだ。なので制圧予定の四国以外では、大人しくしていてほしいというのが本音だった。
とはいえ、両家の関係からすれば、具房の要請を無視することは難しい。さらに具房は石山にあまり介入してほしくない、という信長の意向を無視して動いていた。
信長は具房が譲らなさそうなことから、派兵を渋々ではあるが認めることとした。ただし、派遣されるのは海軍のみ。これが妥協点だった。
このように時には緊張状態になるものの、両者の会談は概ね和やかな雰囲気で行われる。ただ、具房としては少し物足りなさを感じていた。
(昔はもっと楽に話せていたのにな……)
具房にとって、信長は少し歳の離れた友人といった存在だ。最初はやべえ奴との認識だったが、接していくうちに関係性が深まった。しかし、最近は社会的な体裁もあり、会ったときよりも堅苦しい会話が増えている。そこが不満だった。
「ところで、婚姻についてだが、予定通りにやろうと思う」
「わかりました。そういう方向で動きます」
社会的な地位もあり、両家の婚姻は盛大に行われる。それなりの準備をしているので、よほどのことがない限り中止にはできない。
また、婚姻繋がりで鶴松丸と督姫の話になった。
「義弟殿の嫡子と三河守(徳川家康)の娘の婚姻、この場で改めて祝福しよう」
「ありがとうございます」
信長は上機嫌である。石山攻めは難航していたが、四家の仲を深めるという彼の構想は実現しつつあったからだ。天下統一後、織田家を頂点に北畠家が第二位、徳川と浅井が三位(同率)の序列とし、四家でトップを占めるーーというのが信長の天下構想だ。
後は北畠と浅井、徳川と浅井の関係を深めれば、構想は完成する。実際、具房には娘と長政の子どもの婚姻が信長から提案されていた。だが、具房は両家で話を進めるから、と理由をつけて回避する。
会談を終えた具房は屋敷から出ようとした。そのとき、ばったりと一益に出会った。
「左大将様」
「おお、滝川殿」
「慶次(前田利益)がお世話になっています」
「いやいや」
具房は優秀な家臣を紹介してくれて感謝している、と答えた。領地が隣同士ということもあり、二人は密接な関係にある。その縁を利用して、一益は具房に依頼をした。内容は、鉄甲船の設計協力。一益は嘉隆とともに鉄甲船の建造を命じられている。これはいわば、二人の競争だ。それに勝つべく、具房に協力を依頼したのである。
「わかった」
特に断る理由もないため、具房は了承。二人は伊勢へ向かった。そこで設計を詰めるのである。相談役の鳥羽成忠も呼んでいた。
「彼を知り己を知ればーーとは孫子の言葉だが、それは真理だ。そこで、敵のことについて知ろうと思う」
敵のことを知るため、具房は嘉隆から石山の生き残りを派遣してもらった。その証言を元に、毛利水軍の特徴を分析した。
・小船が主体で、機動力を活かした戦いをする
・基本的な戦術は、高速で移動しながら火矢や火薬兵器での一撃離脱戦法
以上が分析の結果である。その認識を共有した上で、具房は成忠に訊ねた。
「監物(鳥羽成忠)。そなたなら、小船を相手にしたときにどう戦う?」
「同数の小船を嗾けますな」
成忠は即答した。それが定石だ。具房は続けて問う。
「では、大船で小船を相手にしなければならないときは?」
「矢を四方に放ち、近づけさせぬようにしますな。ただ、相手が一、二隻ならともかく、それ以上なら逃げます」
囲まれて袋叩きにされるのがオチですからな、と成忠。
「だが、我らはその常識を破らねばならない」
「それは……かなり難しいですな」
成忠は「無理」とは言わなかった。それは頑張ればできると考えているーーわけではなく、暗に止めろと言っているのだ。
「そなたの言いたいことはわかる。だが、これはやらなければならんのだ」
京で話していたときにも、敵と同数の船を揃えるべきとの意見が出た。だが、それには途方もない時間がかかり、現実的ではない。ゆえに、表面を鉄で覆った燃えない船で多くの敵船を撃破する、という奇天烈な策が採用されたのだ。具房は、己が携わる計画の重大さを話して聞かせた。そして、関係者に奮起を促す。
「戦いは準備の段階でほぼ終わっている。わたしたちは、最良の船を造り、戦に臨む。各自、心して取り組んでくれ」
「「「はいっ!」」」
「やるぞ!」
「「「応ッ!」」」
男たちの雄叫びが上がった。