木津川口の戦い
短いです(前話の皺寄せ)
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天正四年(1576年)になった。北畠家では慶事が起こる。お市、葵、蒔の三人の妊娠が発覚したのだ。石山で合戦をした後、大きな戦は起こらず具房は伊勢に滞在していた。その成果(?)である。
その石山だが、佐久間信盛率いる織田軍が陸と海から包囲。本願寺を完全に孤立させていた。
(あれ? 信長は攻めるように言っていたはずじゃ……?)
信長は無理攻めをするなとは言ったが、攻めるなとは言っていない。むしろ、敵の物資を削るために攻めろ、という趣旨の発言をしていたような気がする……と具房。だが、他家のことだと気にしなかった。
具房が担当する東海地方は至極平穏である。駿河攻略以後、武田は無論のこと、北条も大人しくしていた。前者は長篠の後遺症、後者は関東に上杉謙信が乱入してきたからだ。家康も特に駿河の領国化に腐心しており、こちらも後二年は軍事行動は不可能である。
まあ、家康が動けるようになるまで彼らーー特に北条が動かないかというと怪しい。なぜなら、謙信が撤退してから妙に大人しくしているからだ。関東をめぐって対立している両者が同盟するとは考えられないが、事実上の休戦協定を結ぶことはあり得る。そうすると、その矛先はどこへ向かうのか? 考えるまでもない。織田、徳川領だ。
(もしかしたら、上杉が動くかもしれない)
一応、信長に注意を促す。北陸にいる浅井長政にも。柴田勝家にはなぜか嫌われているので、彼らから間接的に伝えてもらう。
(毛利が動かないのも不気味だな)
具房は大量の物資が毛利領内で動いていることを掴んでいた。そのことは既に信長にも伝えられており、方面軍司令官の秀吉、光秀(丹後の制圧は完了)にも警報が飛んだ。だが、予想に反して毛利は動かなかった。警戒するのに越したことはない、と中国方面では警戒態勢が敷かれている。
さて、それはともかく具房たちは半年ほど暇になった。これだけ動きがないと、逆にチャンスとなる。いずれにせよ、信長は石山と北陸の平定に尽力するという方針を打ち出し、止まっていた行事を行うことにした。それは、房信と雪の婚姻である。
「ーーということになった」
「わかりました」
雪は何も言わずに頷く。だが、どこか残念そうな雰囲気を出している。具房は猛烈に申し訳ない気持ちになるが、織田家との関係上、仕方のないことだ。具房は精神的に土下座した。
(お兄様と居られなくなるのは残念です。美味しい料理が食べられなくなるのも)
だが、雪の心中は俗物的だった。彼女自身は、婚姻については納得している。それがこの時代の普通であり、具房も教育のなかで婚姻の自由などは教えていない。ただ漠然と人は元来、気まま(自由)に生きることができる、と教えている。今は、自由権をボトムアップで発想してくれるのを待っていた。
ところが、日取りはいつにする? などと相談を始めた段階で事件が起こった。
「殿」
「何事だ?」
具房が政務を終えてお市たちとまったりしていると、忍が現れる。そして、驚きの報告をもたらす。
「毛利水軍が淡路にて確認されました」
「そういうことか!」
やられた、と具房。毛利領内で確認された大規模な物の動きは、毛利軍の動員ではなく、石山への救援物資だったのだ。これからは、史実における木津川口の戦いと同じ展開になるだろう。
「具に報告せよ」
具房はそう命令し、戦況の把握に努めた。
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石山沖。具房が手に入れた情報は淡路発のものだったが、石山を包囲する織田水軍にはそのことが伝わらなかった。なぜなら、早船が毛利水軍に捕まってしまったからだ。出された船がこの辺りの海域をよく知る安宅水軍ではなく、尾張からやってきた織田水軍の所属だったことが大きな要因である。
このため、織田水軍は混乱した。しかし、九鬼嘉隆は冷静に対応する。まずは使者を出し、毛利水軍に用向きを訊ねたのだ。その傍ら、戦闘準備をする。いわば時間稼ぎだった。
「返事は?」
「はっ。敵将、少輔太郎(村上元吉)は『石山の要請を受け、荷を運びに来た』と申しております」
「そんなことが認められるわけがないだろう。帰ってもらえ」
嘉隆は使者を出し、そのことを伝えた。毛利もそんなことは百も承知である。だから、知らぬふりをして返事をした。
「毛利は何と言った?」
「『石山との約定ゆえ、それは出来ぬ』と」
その後も嘉隆は毛利水軍と交渉を続けた。しかし、結果が変わるはずもない。ゆえに、決断する。
「物資を取り上げるぞ。……準備はいいか!?」
「「「応ッ!」」」
「よし、出帆!」
織田水軍の船、およそ三百隻が毛利水軍へと向かう。
「ここを通らせてはならん!」
織田水軍は石山への進路を妨害しようとする。
「約定を違えたのでは毛利の名が廃る! 突破するぞ!」
この動きを見た元吉は船団に増速を命令。突破を図った。
「頭! このままだと抜けられるぜ!」
「ぬう……」
嘉隆は唸る。止まれと言っても止まらないのだから、残る手段は戦闘しかない。だが、まったく想定外の相手だ。毛利家との戦闘を自分が始めてしまっていいのか? と。
(ここで石山への補給を許せば、殿のご命令に背くことになる。だが、戦を始めることは分不相応……)
難しい判断だった。
「お頭!」
部下の声が切羽詰まっている。デッドラインが迫っていた。
「ーーええい、攻撃だ! 攻撃しろ! 敵を通すな!」
嘉隆は決断した。命令はすぐに伝えられ、攻撃が始まる。準備はしていたため、動きはスムーズだ。矢が毛利水軍の船に刺さり、火矢であれば火災が発生する。
「やられてばかりではいかん。我らも攻撃だ!」
毛利水軍も当然、応戦する。彼らは足の速い小早船で接近し、火矢や焙烙火矢を撃ち込む。こうして敵船を火達磨にしていく。織田水軍も必死に反撃するが、数が違う。囲まれて袋叩きにされる、というような光景が見られた。
「そんな……」
嘉隆はあんまりな結末に愕然とした。彼の下には凶報ばかり舞い込んでくる。
「真鍋様、討死!」
「沼野様の船が炎上しております!」
自分を除く主だった将が討死してしまった。自らの船の周りにも敵船がひしめいているという状況だ。味方は散り散りになる。が、あちこちで火の手が上がっており、その多くが味方の旗を掲げていた。
「どうします、お頭!?」
「て、撤退だ! 一度退くぞ!」
嘉隆は劣勢を悟り、撤退を決意した。だが、不幸にも彼の乗る船に火矢が刺さり、燃え上がる。敵と交戦しているため消火は後回しとなり、手がつけられなくなった。やむなく下船することとなる。戦闘中に接舷してくれる味方はおらず、嘉隆は海に飛び込む羽目になった。
「大丈夫ですかい!?」
「ああ、助かった」
幸いにも、嘉隆は近くを通った味方の船に救助された。どうにか戦場から離脱する嘉隆。振り返れば戦場が見えた。あちこちで船が焼け、煙が空を覆っている。その殆どが味方だ。嘉隆の目に光るものがあった。
「この屈辱は忘れん。必ず……必ず見返してやる!」
そんな決意を抱き、彼は戦場を去った。
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「織田水軍は壊滅しました」
報告を受けた具房は頷く。開戦前に三百隻を数えた織田水軍は、二百隻余りが沈没。数十隻が拿捕され、生き延びたのは十隻程度だという。目を覆いたくなるような大損害だが、予測していたので驚きはない。それでも悔しさはある。
(やっぱり石山の包囲に参加するべきだった……)
毛利水軍との対決に備え、具房は色々と準備していた。だが、石山に関与してほしくないという信長の思いを汲んだ結果、木津川口の戦いは史実通りになってしまった。勝てる戦いを取りこぼしたのは痛い。
これで石山の海上封鎖は解かれた。食糧や弾薬、兵士までもが送り込まれ、石山の継戦能力は高まった。これで陥落は遠のいたことになる。
また、海戦と同時に一向宗が石山から出撃。佐久間信盛率いる織田軍を破った。何とか押し返しはしたものの、被害は少なくない。
信長はこれを聞いて怒り心頭のようだ。もっとも、処罰はない。嘉隆はそもそも数的劣勢であり、任務に従ってやむなく交戦して敗れただけ。情状酌量の余地がある。また、水軍の指揮ができる人間として具房に紹介されたこともあり、北畠家との関係からも処罰は好ましくない。信盛はその限りではないが、処罰すればなぜ嘉隆にはないのか? と批判されることは明らか。ゆえに、信長は黙っていた。というか、黙るしかなかった。
「これからが大変だ」
対石山戦略を中心に、練り直す必要がある。具房は厳しい顔をしながら天を睨んだ。
以下、作者の愚痴です。
先日、暇ができたので、来季にアニメ2期が始まる「五等分の花嫁」のコミックスを某熱帯雨林にて全巻購入。一気読みしてしまいました。ラストが作者的にショックで、今も引きずっています。五つ子からひとりが花嫁になるという作品のコンセプトはわかっていたのですが、やっぱり切なくて。別に作家の方を否定するわけではないのですが、こういうのは苦手だなと思ってしまいます。「ぼく勉」のように、個別ルートがあった方がダメージはなかったな〜と思いつつ過ごしている今日この頃。
……暇ができたら、ハーメルンで「五等分」の二次創作をやろうかな? と画策中です(垢はあるので)。やるときはご連絡するので、そちらもよろしくお願いします(露骨な広告)