プロローグ
あけましておめでとうございます。
新作です。短くテンポよくいこうと思っていますので、よろしくお願いします(これから第一章を連続投稿していきます)。
一応、作者は大学で歴史の勉強をしていたので、なるべく史実に準拠した形にしています。ですが、日本中世史を専門でやっていたわけではない(専門は日本近現代史です)ので細かいところが間違っていたりするかもしれません。そこは感想などでご指摘していただけると嬉しいです。可能な限り修正いたします。
今年が皆様にとってよい一年となりますように。それではどうぞ!
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薄暗い部屋をPCの液晶画面が発する光が照らし、微かに聞こえるファンの音と高らかに聞こえるキーボードがBGMになっていた。
その奏者を、西畑智久という。日本の最高学府に現役合格し、現役のまま大学院(博士課程)にまで進んだ秀才だ。専門は歴史学(日本中世史専攻)。そんな彼は、しかし追い詰められていた。
「ヤバイヤバイヤバイ……っ!」
キーボードへと、一心不乱に指を躍らせる智久。カタカタなんていわない。タタタタタッ、という高速タイピング。さながらピアニストだが、奏でるのは優雅な曲ではなく、ベートーベンのピアノソナタ第23番『熱情』を弾くような激しさだ。しかし、終わりは見えない。
なぜこのように切羽詰まっているかというと、博士論文の提出期限が明日に迫っているためだ。輝かしい経歴を持つ智久が唯一呪うべきは、彼の指導教授であろう。そのあだ名は『撃墜王』。凄腕パイロットであるとかいう理由ではない。なかなか合格を出さないことで有名なのだ。
毎年、論文は不可とされていた。指摘された修正箇所は膨大。それをすべて直して提出した論文は、前言を翻して修正を求められた。つまり、やっぱり去年の論文の方がいいね、ということになったのだ。それに従って直せば、また別のところに赤が入る。まるで無限ループだ。そのため、智久はなかなか博士課程を修了できずにいた。
既に同大学の研究機関へと就職を内定させること三回、博士論文が審査を通らなかったこと三回。とても残念な人物である。その原因が指導教授にあることはいうまでもない。
(今年こそは)
智久は気迫に満ちていた。彼にはもう後がない。親から、今年卒業できなければ退学させると言われているのだ。親に学費を出してもらっているため、逆らうことはできない。
陽が暮れてかなり時間が経っている。暦の上では論文提出期限の日。再び陽が昇るまで、それほど間はない。それに論文はただ書けばいいというわけではないのだ。誤字脱字はないか、文章表現はこれでいいのかなどの校正・推敲が残っている。間に合うかどうかは、正直いって微妙なところだ。
智久はずっとヤバイヤバイと言いながら論文を書き上げていく。もちろん不眠不休だ。そんな生活がもう一週間続いている。食事や排泄など、どうしても中断しなくてはいけないケースを除けば、彼の手と頭はずっと動いていた。完全に陽が昇ったころ、ようやく論文が書き上がる。
「……できた」
そんな達成感を覚える智久。しかし、これで完成ではない。気を引き締めて校正・推敲にとりかかった。まずは印刷。だが、ここで問題発生。コピー機が故障したのだ。紙が派手に詰まり、とても直せそうにない。
「仕方ない!」
印刷を諦めて画面上で校正を始める。本当は紙に出力したかった。その方が赤ペンを入れたりできて便利だからだ。しかし、今からコンビニに走っていたのでは間に合わない。となれば、画面で見るしかなかった。
こうして作業を進めること数時間。陽はすっかり頂点を過ぎてしまった。そろそろ終わらなければ間に合わない、という時間になってくる。
「やっべ!」
智久は慌てて卒論のデータをUSBに保存する。ファイル形式はPDF。そうしないとコンビニで印刷できない。その他、提出に必要なものを手早くまとめていく。
「神様、お願いします!」
戦国武将が好きで歴史の勉強を始めた智久。幸運にも恵まれ、日本の最高学府に入学することができ、博士課程を履修した。あとは論文さえ認められれば、晴れて修了。博士号を手に入れることができる。
こうなれば神様にでも何でも頼る。悪魔にだって魂を売っちゃう。だから博士号を! 『撃墜王』の魔手から逃れる幸運を! 博士課程を修了させてください! 智久はその一心で神様に願った。
祈り終わると、智久は立ち上がる。手早く着替えて大学に向かわなければならない。だが、そうはいかなかった。立ち上がった瞬間に、力が抜けてしまったのだ。
(マジかよ!?)
当然のように地面に倒れる。起き上がろうとするが、上手く力が入らない。むしろ、どんどん力が抜けていく。
(は、はは……。さすがに無理し過ぎたかな)
智久は自嘲を込めて反省する。だが、後悔先に立たず。過ぎ去った時間は取り戻せない。
(ゴメン。親父、お袋……)
親が安くない学費を苦労して払っていることを知っている智久は、心のなかで詫びる。そして彼は永遠に意識を手放すことになった。
ーーー???ーーー
(へへへっ。ちゃんと願いは叶えてやったぜ)
何もない、誰もいない空間で悪魔はひとり笑う。切実な願いが聞こえたと思いきや、博士課程を修了したいという真摯な願いを受けた。だから悪魔は応えたのだ。博士課程ではなく、人生を終了させることで。
悪魔は元来、人の願いを斜め上に叶える存在だ。智久は不幸にも、その餌食となってしまったのである。
だが、捨てる神あれば拾う神ありという。智久も救いを得ることになった。
(ダメじゃない!)
(げっ、天使!?)
天使の姿を見て逃亡を図る悪魔。しかし逃げられず、存在を消滅させられる。天使の仕事は、悪魔の滅殺であった。悪魔が何をやっていたのかを調べる天使。そこで智久のことも知られることになった。
(可哀想。この子は歴史が好きなだけなのに……)
そこで天使は智久を生き返らせることにする。しかし、現代に同じ存在として生き返らせることはできない。そこで別の時代に意識だけを飛ばすことにした。
(あなたにあらんかぎりの幸運を。そして、この世の人々を救う人になりますように)
そんな願いを込めて、天使は智久の精神を別の時代に飛ばしたのだった。