Life On Life
どうも、作者です。今回は「ハブられ魔王」の合間に、USBに眠っていた高校時代の短編作品を放り投げようかなぁと思います。一応ジャンルは近未来SFで、今見返すとターミ○ーター臭半端ねぇなと思うような設定ですが、それでも良ければこのまま下にお進みください<(_ _)>
これを書いた当時の脳内状況は忘れましたが、勝手に銃の名前つけたりししていたっぽいので、結構ミリタリー関係の部分はがばがばかもしれないですが、ご容赦ください。武器の部品の名称とかそこらへんは指摘いただければ修正入れますので<(_ _)>
人。人。人。
気が付くと僕は、信じられないくらいに人でごったがえしたショッピングモールの中に立っていた。スーツ姿の男性から、制服姿の男女や子供連れの夫婦。いろんな種類の『人』が僕の周りを行きかっている。
ここはどこだろう。
そんな疑問を抱きつつも、本当はこんな場所が実在しないことを、そして、あと数十秒後に起こる出来事を僕は知っている。
僕は左腕に巻いた腕時計にチラリと目をやる。針は午後二時五十九分四十秒を指している。あと二十秒。
二十、十九、十八……
異様にゆっくりとした速さで秒針が文字盤の十二の位置へと近づいていく。
四、三、二、一……
三時〇分〇秒丁度で僕が目を閉じるのとほぼ同時にどこか遠くで爆発音が響いた。それを合図に至る所から爆発音が聞こえ始め、同時に銃声と人の悲鳴が僕の耳を貫いた。
そんな状況の中で、僕はといえば逃げ惑う人込みの中で目を閉じたまま突っ立っているだけだった。
逃げ惑う人々に押されながらも僕はただ無心にその場に立ち続け、やがてその場には僕だけが残された。
やがて悲鳴も銃声も遠ざかり、爆発音も聞こえなくなったころ、僕はそっと目を開けた。
死体。死体。死体。
目の前に広がる光景は、ついさっきまで見ていた光景とは全く異なっていた。
さっきまで商店街の道路を埋め尽くしていた人込みはもはや原型を留めていない死体の山へと様変わりし、熱気と汗の匂いの代わりに、血と硝煙の匂いが辺り一帯を満たしていた。
僕は何気なく足元に転がっていた死体の頭部を手に取って眺める。もう何度も繰り返してきたせいか、不気味さなど微塵も感じはしない。
すぐにそれが高校の友達のものだとわかった。
よくよく見てみれば、山を構成している死体はどれも僕がよく知っている人ばかりだ。
両親、学校の友達や先生、行きつけのゲームショップの店員。
そのほぼ全員が銃弾と爆炎でグチャグチャになりながらも、カッと目を見開き僕をにらんでいる。まるで一人生き残った僕を恨むように。
その視線から逃れるように僕はゆっくりと目を閉じた。次に目を開いた時は目の前の景色はすっかり無くなっているに違いない。
これはいつもと何も変わらない夢の世界の日常なのだから。
* * *
「……きろ。……起きろって」
聞きなれた声と共に、頭にコツンと軽い衝撃を感じて僕は目を開いた。
「こんばんは。クリス。また夢でも見てたのか?」
隣の座席に座るクロエ=アストリアが僕の顔を覗き込んで訪ねてくる。チラリと腕時計に目をやると針は午後十一時を指していた。
「……まぁそんな感じ。場所がショッピングモールに変わってたけど、それ以外はいつも通りの内容だったよ」
週に何度も、僕はずっと同じような夢を見る。
毎回毎回僕はどこか知らない場所の人混みの中に立っていて、そこがどこであろうと最後は三時丁度に僕の周りの人間は皆揃って屍になるのだ。
僕はカーテンを少しずらし、外の様子を窺う。
僕らを乗せたバスは、ニューヨークのビル群の間を走り抜けているところだった。いや、元ニューヨーク市街と言ったほうが妥当かもしれない。何しろ大通りには僕らを乗せたバス以外に車はなく、そもそも通りには人一人歩いてはいないのだ。道やビルの壁のあちこちに弾痕が穿たれ、真っ黒になった車の燃えカスが横転していたりする。
たぶん誰かが三年前からタイムマシンでやってきたとしても、自分の立っている場所があのニューヨークだとは気が付かないんじゃないだろうか。
「また考え事かよ? ごちゃごちゃ考えていても仕方ないだろ。もうすぐ戦闘なんだからさ。いい加減頭の中空っぽにしておかないとあっという間に撃たれて死んじまうぞ?」
窓の外を眺める僕の脇腹をクロエが半分呆れ半分同情といった表情で小突いてくる。
「わかってる。わかってるけど、それでもどうしても思い出すんだ。たった三年前までの生活と、この三年間の生活を、さ」
僕の反論にクロエは少しばかり顔をしかめた。
「そんなこと、あたしだってこの五年間、数えきれないくらいに考えたさ。でもいくら考えたって三年前に戻るためのタイムマシンの作り方なんて思いつかない。結局あたし達があの生活を取り戻すためにできることといったら、奴らに弾丸をぶち込むくらいなんだって。割り切るしかないんだ」
そう呟きながら、クロエは腰に装着したホルスターから改造したデザートイーグルⅡを取り出し、どこか不機嫌そうな表情でマガジンを繰り返し抜き差しし始めた。
「それにさ、当然のことだけど、あたしはそんな考え事のせいでこんな場所でお前を失いたくないんだ。考え事で集中を乱しさえしなければ優秀なガンマンで、あたしの最良の相棒なんだからさ」
銃から目を離さず、クロエは言う。その言葉は、いつもの彼女の言葉よりなぜだか少しだけ重かった。
「……あぁ、悪かったよ。せめて戦闘の時くらいは集中する。生き残るさ。あの日を取り戻すまで、何年かかろうと生き残って見せる」
半ば独り言のように呟きながら、僕はもう一度窓の外を覗いた。流れていくニューヨークの姿を目に焼き付けるように見つめる。
そうして、いつか三年前のあの平和な姿を取り戻すと胸に誓って、そっとカーテンを閉じた。
ふと隣に視線をやると、クロエはいつの間にか銃をしまい、目を閉じて眠っているようだった。
それから数分もしない内に、車内にサミュエル隊長の野太い声が響いた。
「みんな、標的が見えたぞ。あと数分で到着だ」
その言葉に車内の空気が一瞬のうちに緊張で満たされていく。
フロントガラスの向こう側で、一つだけ三年前と変わらず煌々と明かりを灯し続けているドーム状の建物がビルの間からその姿を露わにしようとしていた。
* * *
今から三年前の西暦二〇六〇年、世界中の研究者達がその頭脳を結集し、一体の自律型人工知能を作り上げた。人工知能の名前は『THE ALTER』。人間の生活を豊かにするという名目で開発されたはずの人工知能は、完成直後に暴走し、世界中のネットワークのどこかに逃げ去った。
一体何を思考したのか、『THE ALTER』はネットワークを通じて、世界中の人間へ攻撃を仕掛け始めたのだ。
手始めに『THE ALTER』はあらゆる通信を掌握し、当時ほぼすべてがオンラインに接続されたAIで自動化されていた車や電車、飛行機を暴走させた。
結果、世界中で事故が一斉に発生し、『THE ALTER』の暴走からわずか数分足らずで世界から数千万人の命が消えた。
『THE ALTER』の攻撃はそれだけでは済まなかった。もう一つ、人の生活に必要不可欠になりつつあった物を暴走させていたのだ。
それはアンドロイドだった。
当時軍用、家庭用問わず広く使用されていたアンドロイドの制御すらも『THE ALTER』はハッキングし、人間を殺傷するように命令を無理やり上書きした。
そこからは文字通りの地獄だった。刺殺、絞殺、撲殺、斬殺。可能な限りの方法で雇い主を殺し尽くしたアンドロイド達は、今度は街の中で殺戮を開始したのだ。
市民の銃火器による攻撃も、金属製のアンドロイドの機能を停止させるのは難しく、路上に転がる死体の数がニューヨークの生存者を上回るのに、そう時間はかからなかった。
僕の両親も、友達も、皆『THE ALTER』の手で殺された。
あの日玄関の扉を開けた、当時まだ十五歳だった僕は、扉の前に広がる血の海と、そこに倒れ伏した母、そしてその後ろに包丁を持って佇む手伝い用アンドロイドに出迎えられ、直後に背後で轟いた銃声の記憶を最後に僕は気を失った。意識を失う直前に見たのは、血しぶきを浴び、短針を三時丁度のところに合わせたまま息絶えた時計だった。
僕が意識を取り戻したのはどこか知らない地下室のベッドの上だった。
「気が付いたか、坊主」
隣のベッドに腰掛けた大柄な男が、僕の方を見て言った。
「それにしても坊主、お前は運がよかった。たまたま俺が通りがかった場所にいたんだからな。助けられてよかったよ」
真っ黒なサングラスを掛け、髪をオールバックに整えた男は、真っ黒に日焼けした腕で僕の頭を撫でながら、そっと僕の手に、何か冷たく固い物を乗せた。電灯の光を反射して鈍い光を放つそれは、紛れもなく本物の拳銃だった。
「どうだ坊主、俺の部下にならないか」
男の名前はサミュエル=アンダーソン。どこにでもいるような武器屋の店主だった。
アンドロイド暴走の事実を知った僕は、その日から五日間地下室、もといサミュエルの自宅の地下倉庫の中で、射撃の基本的な技術を学び、六日目になって初めて外に出た。
郊外のあまり人の少ない地域ということもあって、アンドロイド達は都市部を目指して行ってしまったらしく、辺りには数体の死体が転がっているくらいで、あの忌々しい殺戮の嵐は過ぎ去った後だった。
たった数体とはいえ、死体を見るのは気持ちいいはずはなく、僕はずっと、前を歩くサミュエルの大きな背中だけを視界に入れるようにして、彼の後を追った。
サミュエル曰く、一部の生存者たちが各地で小規模な集団を構成し、レジスタンス活動をしているらしく、彼もまた、一つの集団を作り、奴らに反抗しようとしているのだった。
それを知った僕は自分の保身半分、奴らに対する憎しみ半分といった心持で本格的にサミュエルと共に行動することに決めた。
そこからの約一年間、クロエを始め数多くの生存者が、サミュエルが作ったレジスタンス組織(通称SA隊)の一員となり、ほぼ毎日のように、街中を占拠するアンドロイドと戦った。そんな日々の中で死んでいった仲間の数が他の組織と比べてダントツに低かったのは、きっとサミュエルの銃火器の扱いや戦闘のやり方についての教え方が上手かったからに違いない。
とはいえ、敵は最新鋭の人工知能。そう簡単に事は運ばなかった。
一年と数か月を過ぎたあたりで、『THE ALTER』はアンドロイドに変わる新たな脅威を生み出したのだ。
これまでのアンドロイドのような人工皮膚は全て取り除かれ、代わりにより強固な装甲と銃火器を装備した、完全な殺戮兵器、通称『機兵』を『THE ALTER』は大量に生産し、今度こそ僕ら人間を殲滅せんと、街中に投入したのだった。
当時の僕らは、アンドロイドと比べ物にならないほど、防御も火力も跳ね上がった大量の機兵を前に、たくさんの仲間がその命を落としていった。
そんな幾つもの死を潜り抜け、僕やクロエ、サミュエルをはじめ、各地で生き残った人々は、少しずつ機兵の弱点を見出し、来るべき反抗の日を思い描きながら、戦闘の訓練を重ねた。
そして、その反抗の第一歩を踏み出すべく、僕らを乗せた装甲による強化を施されたバスは、ニューヨークの中心部をときたま現れる機兵の身体を弾き飛ばしながら出しうる限りの最高速度で走り抜けている。
ものの五分としない内に、バスは例のドーム状の建物から十数メートルほど離れたビルの裏に停まった。
目の前に聳える巨大なドーム状の建物、旧NYアンドロイド生産工場の破壊が、今回の僕らの作戦だ。
かつては国内一位のアンドロイド製造数を誇っていたこの工場も、とっくに『THE ALTER』によって主導権を奪われ、今ではアンドロイドに変わって機兵を生み出す工廠になり果ててしまっている。
「工廠の敷地前の大通りに数体の機兵を確認。あれは『四式偵察型機兵』だな」
ビルの影から様子をうかがっていたジャック=フィルヒムが小声で僕らに伝えた。
ジャックの言う四式はかなり初期のタイプの機兵で、おそらく僕らが一番破壊してきた機体だった。
機兵の内部を守る強化装甲は、対物ライフルやロケットランチャーを使わない限りそうやすやすと撃ちぬける物ではないが、手足の関節部分や首だけは別で、命中させて内部の駆動部に損傷を与えることができれば奴らの戦力を削ぐことができる。そしてこの四式は特に関節部分の露出が大きいうえ、武装も備え付けの小型の機関銃のみで一番相手にしやすい。
その四式が数体のみということは、つまりは工廠への突入自体は容易だということだ。
サミュエルからの手短な指示が伝えられる。
「あー、それじゃあ作戦通り、突入班、お前らは二人ペア、十五組に分かれて、手筈通りに所定位置まで侵攻してくれ。その後は手筈通りだ。作戦終了時刻は今から一時間後。かなり余裕を持たせてあるが、油断はするな。時間厳守だからな」
サミュエルの言葉に、僕を含め突入班の皆が思わず息をのんだ。『THE ALTER』の妨害によって無線はほぼすべての周波数を潰され、新しい周波数を使用したとしても即座に察知される以上、ろくに連絡手段を持たずに工廠内部で行動する僕らは互いの生存確認をすることも出来ず、サミュエルの言う六十分が経過した時点で帰還していないメンバーはKIA(作戦中に死亡)扱いにせざるを得ない。
僕は戦闘服の側面のポケットの一つの膨らみをそっと手で押さえた。抑えた手のひらの下で、サミュエルの言う『手筈通り』に必要な、文庫本位の大きさの遠隔操作式の高性能爆弾が、彼の言葉と相まって、なんとも言えない恐怖とプレッシャーを放っている。
突入班は工廠内部の各重要機関に各々爆弾を仕掛け、全員の脱出を確認した後に一斉に起爆するわけだが、仮に作戦終了時刻を過ぎた時点で全員が帰還していなかった場合、その時点で起爆のスイッチが押される。もしも工廠内部でまだ
生存しているメンバーがいたとしても、爆発と工廠の崩壊に巻き込まれ、その死は確実になる。
僕は突入班に選ばれたメンバーの顔を見渡した。その誰もがその顔に緊張の表情を浮かべていた。
何しろ、今までの市街地での防衛戦とは違い、敵の拠点に乗り込むのだから。
もしかしたら今この瞬間を最後に、二度と共に戦えなくなるかもしれない仲間の顔を僕は一人一人脳裏に焼き付けていった。同じように仲間の顔を見回しているライン=シュヴァイザーと目が合った。SA隊の初期から共に戦ってきたラインは小さくはにかんで、口の動きだけで「死ぬなよ」と僕に伝えてきた。
「もちろん、お前もな」と、同じように声に出さずに返す。
そんな僕の横で、クロエは少し気怠そうな表情で、バスの中と変わらず、銃のマガジンを抜き差ししていた。
普段なら戦闘の前はもっとハイテンションになるはずのクロエが今日はずっと静かなのが、なんとも言えない嫌な予感を僕の中に芽生えさせていた。
「……さっきから少し顔色も悪いみたいだけど、大丈夫か。もし体調が悪いんだったら今からでも別の班のメンバーと交代……んぐ」
交代してもらえるように隊長に聞いてこようか。といい終わる前にクロエの手が僕の口を塞いだ。
「……別に、緊張してるだけだから、心配いらない
」
「……それならいいんだけど。緊張して弾を外さないようにね」
「……分かってるってば、クリスじゃあないんだから。そっちこそ変に考え事して死ぬなよな」
(まったく……みんな同じこと言うんだな。)
「あぁ、もちろん。バスの中でも言ったろ。生き残って見せるってさ。クロエも、変に突っ走って死なないでくれよ」
「当たり前だ。私があんな奴らの弾丸をそうやすやすとくらうわけないだろ」
気のせいだろうか、反論するクロエの表情は少しだけ曇って見えた。
「で、狙撃班の十名はそこら辺のビルの屋上に陣取れ。決して外部からの機兵を侵入させるなよ」
「イェス、サー」
SA隊随一の狙撃手、ヴィル=マクレインが飄々とした声で答え、前に歩み出て、
「敷地外からの増援は俺達狙撃班が全員撃ちぬいてやる。だから後方はまかせて、お前らはあの鬱陶しいドームをぶち壊してきな」
僕ら突入班の面々を見渡しながら言った。
ふざけたような態度とは裏腹に、機兵の急所を正確無比に撃ちぬく天才狙撃手の言葉は、作戦の要たる僕ら突入班の中から「工廠外部の機兵によるの追撃」という一つの不安を綺麗にかき消してくれていた。
「俺を含めた残りのメンバーは工廠の手前で突入班の援護をする。」
サミュエルは全員の顔を見渡し、最後に一際大きな声で叫んだ。
「これより機兵工廠の破壊作戦を開始する。全員、生きるために死ぬ気で戦え!」
「「「イエス、サーッ!」」」
ニューヨークの中心部に大声を轟かせ、僕らは工廠目指してビルの影から一斉に躍り出た。
直後にジャックが言っていた数体の四式が、装備した機関銃を一斉に僕らに向けるが、その時にはすでにヴィル達狙撃班の構えた対物ライフル‐へカートⅢが一斉に火を吹き、ヴィルの言葉通り、五体の機兵すべての頭部を撃ちぬいていた。
スパークを散らしながら音を立てて倒れる機兵の横を駆け抜け、工廠の正面ゲートを突破した僕らを敷地内部にいた数体の十式警備型機兵が出迎えた。まずはこの機兵の攻撃を掻い潜り、数十メートル先の大型のシャッターを突破しないことには何も始まらない。
「援護班、奴らの弾を一発たりとも突入班に当てさせるな!」
「「「イエス、サーッ!!!」」」
サミュエルの怒号とともに僕らの両脇を固める十人の援護班による銃撃が始まった。
狙撃班に負けず劣らず射撃制精度の高い彼らがアサルトライフルから放つ弾丸は次々と機兵の関節部分に命中し、その体勢を崩させていく。
「さて、次は俺の番だな」
丁度僕の横を駆けていたサミュエルがニヤリと笑い、その背に背負っていたグレネードランチャーを構え、シャッターの中央目がけて引きトリガーを引いた。
ポンという小気味いい音と共に撃ち出されたグレネードは、工廠の灯りを反射しながら、綺麗な放物線を描いてシャッターに命中し、直後、轟音と共にシャッターの真ん中に大きな風穴を開けた。
「行けェ!」
サミュエルの声に押されながら、僕ら三十人の突入班は工廠内部へ向かって一直線に駆けた。
徐々に晴れていく爆煙の向こう側で今となっては珍しい三体の作業用アンドロイド達が、手にした拳銃をこちらに向けようとしているのが見えた直後
「まずは前座のお出ましってわけか!」
僕の横を走るクロエがその顔に笑みを浮かべ、腰に装着した数個のホルスターの一つからM2144‐ヴェルディリア・ガバメントを抜いた。『戦闘狂』『機兵殺し(マシンキラー)』の異名で知られる彼女がこの笑みと共に銃を抜いたが最後、戦闘終了後に行動可能なアンドロイドや機兵はまずいない。
「まだ先は長いんだから、あまり消耗しないでくれよ」
「はいはい、わかってるって。弾は大切にしないとなっ!」
刹那、クロエは横一列に並んで銃を構える三体のアンドロイドの前に躍り出ると、それらを真横に薙ぐようにして、立て続けに三回トリガーを引いた。
三発の弾丸はそれぞれ三体の頭部のほぼ中心を正確に穿ち、機能を停止させた。
* * *
入り口から十数メートルほど進んだところで急に通路が横に折れ、その目の前に無数の全自動工作機の立ち並ぶ巨大な空間が現れた。通称『第一機兵工廠』。いくつかに分かれて存在する工廠内の生産ラインの一つだ。
何年も昔に見た車の製造工場と同じように幾つものベルトコンベアが敷かれ、その上を鋼鉄製の頭蓋骨のようなものが工作機の中を通って流れていくのが見えた。言わずと知れた機兵の頭部のパーツだった。
時折機械の影から作業用のアンドロイドが現れ、何かの操作パネルに向かっているのを見る限り、『THE ALTER』は戦闘に不向きなアンドロイドを、工廠の管理に使用しているらしかった。
その使用目的がなんにせよ、工廠内の敵の多くがアンドロイドという事実に、僕は内心少し安心していた。なにしろここから先は二人一組に分かれて爆弾の設置ポイントへ向かわなければならない以上、いくら突入班に選抜されたメンバーが精鋭だとしても、高火力高防御の機兵が何体も同時に現れれば、もはやその時点でKIA待ったなしだ。
僕らは第一エリアの入り口で迅速に散会した。
軽く声を掛け合った後、それぞれのペアが目標地点を目指して別れていった。
僕自身もまた、今朝のうちに散々覚え込んだ工廠全体の簡単な見取り図(といっても三年前の物だが)を脳内に再現し、目標の中央動力炉までのルートを確認しながら、巨大な工作機の影を通って行動を開始した。もっとも、この工廠の全てを掌握しているであろう『THE ALTER』には、いくら隠密行動を徹底したところで筒抜けなのかもしれないが。
僕が脳内で工廠の見取り図とにらめっこしている間、相方のクロエはといえば、相変わらず僕の隣を進みながらデザートイーグルⅡを弄っている。暇な時は大抵この銃を手入れしたり眺めたりしているクロエだが、実際のところ僕は彼女が実際にそれを使用して銃撃戦を行っているところを見たことがない。普段彼女が使用している拳銃は、ついさっき三体のアンドロイドを葬り去ったM2144かレインM401改の二つだ。
まだ敵の主力がアンドロイドだった頃に、その理由を本人に尋ねたことがあったのだが、「その二つの方が手に馴染んでるからな」と、どこか曖昧な返事ではぐらかされてしまい、それ以来僕も、どうせ銃の好みだろう、と勝手に解釈している。
唐突に一発の銃声が響いた。メンバーの誰かが銃撃戦を開始したらしい。アンドロイド相手ならあっという間に片が付くが、予想以上にこのエリア内のアンドロイドの数が多いらしく、敵味方どちらのものとも判断できない銃声はなかなか止まない。
「今のうちに走り抜けるよ」
僕はクロエの手を引くと、一気に見取り図通り、第一機兵工廠の最奥にある通路の入り口へと走り出した。
アンドロイドと交戦しているメンバーには悪いが、彼らの方にアンドロイドの注意が引きつけられている今が敵からの攻撃を全く受けずに移動できるチャンスだった。
特に僕とクロエのペアはこんなところでアンドロイドとの戦闘で時間と弾薬を無駄にすることはできない。というのは、目的の中央動力炉までの道のりが、他のどのペアの目的地点よりも長く、入り組んでいるうえに、そもそもこの工廠の心臓部とも言える動力炉の周囲に、あの『THE ALTER』がアンドロイドだの機兵だの、最終防衛手段を用意していないわけがないからだ。
「ちょ……ゲホッ……クリス、急に走り出すなって……」
急に走り出したせいで驚いて咽でもしたのか、クロエは激しく咳込みながら僕に続く。
走りながら僕は、通路内で敵と遭遇した場合に備えて、背負ったアサルトライフル‐AT149を構え、安全装置を解除していつでも撃てるようにしておく。
案の定通路に入った僕らの前に二体のアンドロイドと、さらにその後方から一体の機兵が向かってきた。アンドロイドの方はどちらもアサルトライフルを手に持ち、機兵の方は左腕に機銃を装備している。
「クロエは前のアンドロイドを頼むよ。後ろの九式機兵は僕が相手をする」
「オーケイ。秒殺してやる」
言うが早いかクロエのM2144が連続で二度火を吹き、さっきの三体と同じ様に、頭部の中心に命中した。
「ほらクリス、あいつは任せた!」
「了解了解」
機能を停止し、床に倒れこんでいくアンドロイドの向こう側で今まさに機銃を僕らに向けようとしている九式機兵の左腕の付け根に照準を定め、僕はAT149のトリガーを短い間隔で一回引いた。三点バースト機能によって連続で撃ち出された計三発の弾丸は機兵が機銃の弾丸を発射するほんの一瞬前に左肩に命中し、その体勢を崩させた。
体勢を崩しながらも撃ち出された十数発の弾丸が、僕のすぐ横の壁に破片をまき散らしながら突き刺さる。
ほんの一瞬僕の背筋を冷たいものが走ったが、そのままトリガーをもう二回引いた。
撃ち出された六発の弾丸は今度こそ機兵の左腕の付け根を正確にとらえ、火花を散らしながらその腕を、装備した機銃ごと本体から切り離し、床に叩きつけていた。
「今のやり方なら私なら六発でいけたな」
「いや、もう三発忘れてるって」
クロエにそう言いながら、僕は左肩からスパークを散らしながら、それでもなお今度は素手で突っ込んでくる機兵の首を狙い、静かに一回だけトリガーを引いた。
「九発だな」
「ちぇっ」
メインコンピューターたる頭部を失い、完全停止した九式を踏み越え、僕らは通路を急いだ。
* * *
時折どこかから響いてくる銃声を聞きながら、僕らは入り組んだ通路をひたすらに進んでいた。途中で通過した第五機兵工廠以外はほとんどが通路ばかりで、一度に現れる敵も二~三体程度だったため、動力炉までの道のりは今のところかなり順調だった。
「それにしてもなぁ……」
たった今機能停止させたばかりの十式機兵の上に座りこんだクロエが、思いついたかのように呟いた。
「どうかした?」
「いや、ちょっと不安になっちまってさ」
どこか疲れた表情で、クロエは自分のズボンのポケットを押さえながら言う。
「いくら超高性能爆弾といっても、たった十五か所に仕掛けただけで、このバカでかい工廠を吹っ飛ばせるんだろうか。ってな」
「……まぁ、確かにそれは僕も考えはしたけど。それこそ今となっては不必要な考え事、だろ。もしそこまでの効果がなかったとしても、少なくとも少しの間は機兵の生産を止められるはずだ」
「……それじゃあ駄目なんだよ!」
「え?」
突然の怒声に、僕は思わず聞き返した。いつものさっぱりした性格のクロエなら「それなら完全に壊れるまで何回でも乗り込まなきゃな」みたいに強気で前向きな言葉を返してくるとばかり思っていたから、このクロエの反応は正直なところかなり意外だった。
「……次なんてものは無いんだよ。だから絶対に今日、この一回限りで成功させなきゃならないんだ……次は、無いんだからさ……」
その言葉は、僕ではなく、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。彼女の目は少しばかり潤んでいるように見えた。
「クロエ……いったいどうしたんだよ……」
「あ……いや……ごめん。気、遣わせたな……。気にしないでくれ。これはあたし自身の気持ちの問題だから。」
ぐいと袖口で目頭を拭い、無理に笑って見せた。
「さ、行くぞ。動力炉まであと少しだろ?」
「あぁ、そうさ。手早く仕掛けてこんなとこ、さっさとおさらばしよう。きっとうまく行くよ。」
「……ありがと。なんか少し安心した」
薄暗い通路を、僕らは再び進みだした。
動力炉まで残り三十メートルというところで、突然僕らは小さなホールのような空間に出た。両側の壁は全面ガラス張りになっていて、その向こう側を、レールに固定された様々な種類の機兵達がゆっくりと運ばれていく。
「こいつら、全部完成品かよ」
「あぁ、まだ起動はしていないみたいだけど」
両腕をだらりと下げ、俯いた状態で流れていく機兵の列は不気味そのものだった。
僕らはガラスの向こうの機兵をできるだけ見ないようにしてホールを通り抜けた。
最後の曲がり角の前で足を止める。この角を曲がった先が目標地点たる『中央動力炉』のある動力室だ。
が、
「ちょっと待ってて」
僕はクロエを待機させて、曲がり角からそっと動力炉の方を覗く。
「……やっぱりいる、よなぁ……」
予想通り、十メートル程先の動力室へ続く大きな鉄の扉の前には左腕に巨大なガトリング砲を装着した、体が異様に大きな二体の機兵がまるで門番のように立っている。
「二体だけか?」
背後からクロエが聞いてくる。
「あぁ、でも、いつもの機兵よりもかなり大きいんだ。武装はあの関節部分すら撃ち抜くのはかなり骨が折れそうだ。武装もガトリング砲だったし。もうこいつを使うしか……」
「…………なるほど……それくらいなら行けるな」
「は?」
僕が言い終わる前にクロエが予想外の発言をした。
「あたしがあいつらを壊すから、クリスは一瞬だけ、機兵の照準を逸らしてくれ」
「壊す、だって? あんな巨体じゃ拳銃やアサルトライフルは通用しないはずだって言ったろ」
「バーカ。だれもそんな武器を使うなんて言ってないだろ。使うのはコイツだよ」
そう言って彼女は背負っていたもう一つの武装を手に取り、僕に見せた。大口径のショットガンだった。
「あたしが二体の機兵のいる場所まで突っ込んで、このショットガンで1B弾をゼロ距離からあの機兵の首にぶち込む。巨体とガトリング砲の重量のせいで、防御と火力の代わりに機動力は低いはずだからな」
「そんなこと言ったって……危険すぎるよ。あいつ等の機動力だって、実際に見たわけじゃ無いんだから。」
「……危険だからこそ、あたしがやるんだ」
その言葉の真意は図りかねたが、睨み付けるように僕の顔を見つめる彼女の目は真剣そのものだった。経験上、この表情のクロエの意志は梃子でも動かすことはできない。
「……わかった。できるだけやってみるよ」
僕はAT149を握りしめた。成功率が相当低い事は分かっているが、僕はクロエの言葉を信じて、一瞬の囮として最高の援護をしようと心に決めた。もし失敗したら、などというifの考え事は心の奥の奥に封じ込め、機兵の立つ通路に半身を乗り出して機兵の左腕を狙って射撃を開始した。
僕の存在を感知した二体の機兵は、案の定その分厚い装甲でAT149の弾丸を弾きながら、ガトリング砲の砲口をこちらに動かし始めた。クロエの言う通り、その動きは今までの機兵よりも数段遅かった。
砲口が持ち上がり、僕の頭を正確に捉えたその刹那、僕は身を引きながら、後ろでショットガンを構えるクロエに『突撃せよ』のハンドサインを出した。
「まかせろ! あたしのやり方をちゃんと見ておけよ!」
そう叫びながら、クロエは床すれすれまで重心を落として機兵の正面へ躍り出ると、思い切り床を蹴り、向かいの壁際を機兵の懐めがけて駆けだした。それとほぼ同時に、ほんの一瞬前に僕の頭があった空間を十数発の弾丸が通り過ぎ、背後の壁を穿った。
機兵は弾丸を撃ち続けながらも向かってくるクロエの方へと砲口を動かしたが、弾丸が彼女の身体に穴を穿つより数瞬早く、彼女は片方の機兵の懐へ滑り込み、ショットガンの銃口をその首と頭部の接合部に押し当てていた。
「あばよ」
『戦闘狂』の所以たるあの笑顔を浮かべ、躊躇なくトリガーを引いた。
撃ち出された実包から射出された無数の1B弾は、放射状に分散する間もなく機兵の首を打ち砕いて頭部を弾き飛ばす。
残ったもう片方の機兵が、クロエの身体を掴もうと右腕を伸ばすが、それももはや手遅れで、流れるような動きで腕の下を潜り抜けた彼女はあっという間に機兵の背後に回り込み一体目と同じ要領で首を破壊し、もはやただの金属塊と化した二体の機兵を床に転がした。
「ほら、終わったぞ。ちゃんと見てくれてたか?」
「あぁ、もちろん。それにしてもショットガンも持ってきているなんて。手榴弾っていう手もあったのに」
最初に僕が使おうと考えていた強化型手榴弾を掌の上で転がしながら、僕は少し皮肉交じりに言った。
「何言ってんだ。こいつらが突っ立ってたのは動力炉の真ん前だぞ。万が一爆発が動力炉内部まで届いていたら、今頃あたしたちは仲良くあの世行きだ。」
「……あ、そういやそうか」彼女はこういうときだけ妙に慎重になる。
「あ、じゃねぇよ。まったく、肝心なところで変に抜けてるんだから。ほんと、気を付けてくれよ」
「はいはい。わかったよ。それじゃあ最後の仕事と行こう」
そう言いながら僕は動力室への扉のノブを捻ってみるが、どこかで想像していた通り、電子ロックが掛けられていて簡単には開きそうにない。どうしたものかと扉の前で考え込む僕をよそに、
「やっぱりコイツ(ショットガン)を持ってきて正解だったな。」
扉の横の壁の前に立ったクロエが無造作にショットガンをドアノブの真横に向けて撃った。
「!?」
轟音の直後、扉からガチャリという解錠音が聞こえた。
「電子ロックなら、扉につながる回路をどうにかすればいいんじゃないかと思ったんだ。一発で解除できるなんて、最後の最後に運がいいな、あたしは……」
そう言いながら、突然ぐらりとクロエの華奢な体躯が傾き、僕の方へ倒れこんだ。
「クロエ!?」
慌ててその身体を支え、座らせる。
「やっぱりどこか体調を崩してるんだろ」
「……違う違う、少し疲れたのと、今ので気が抜けただけ。……ちょっと休めば大丈夫だから」
嘘だ。と僕は確信する。きっと作戦開始前に尋ねたときから体調が悪かったに違いない。
しかし、それでも僕はクロエを責める気にはなれなかった。ここで責めれば、嘘をついてまでこの作戦に参加し、ここまでやってきた彼女の信念を傷つけることになるのだから。
僕は最後まで彼女の嘘を信じたフリをすることに決めた。
「…………それじゃあクロエはここで見張ってて。爆弾は僕が仕掛けてくるから」
「ん、あぁ、それじゃあ頼むわ」
僕はクロエの分の爆弾を受け取り、動力炉へと入った。
扉の向こうは五メートル四方くらいの制御室と思しき部屋があり、壁に埋め込まれた圧力やら温度やらの計器類が、もはやそれを確認する職員がいなくなっているとも知らずに数値を示し続けている。
僕は溜息をつきながら、部屋の奥にある、まるで銀行の金庫にあるような大きなハンドル式の防火扉を開けた。事前に配られた簡易の見取り図ではわからなかったが、正直これなら手榴弾を使っても問題なかったかもしれない。
防火扉の向こう側が、今度こそ目標地点の中央動力炉だった。
天井を貫くように伸びる円柱から、床や壁を這うように無数のパイプが延びており、空間全体が地の底から湧きあがるような低く重い鼓動の音を響かせている。
「……これでよし、と」
僕は二つの爆弾を円柱の正面と裏側の、丁度直径の両端に位置するように手早く固定して、部屋の外へと出た。
クロエは動力室のすぐ横の壁に身体を預けて、じっと掌の上に乗せたデザートイーグルⅡを見つめていた。
「クロエ、終わったぞ」
「ん、お疲れさん……」
僕の言葉にクロエは小さく呟いてゆっくりと立ち上がった。まるで彼女の姿が急激に小さくなってしまったようだった。
「歩ける?」
「ゲホッ……バーカ。十分休ませてもらったし。一人で歩けるよ。」
空元気を出して先々歩いていくクロエを、僕はため息交じりに追う。
あのガラス張りのホールまで戻ってきたところで、一つの異変に気付いた。
「なぁクリス……あれ、起動してないか」
クロエが指差した先、ガラスの向こうを流れる機兵たちの目が、紅く光を発している。あの紅は機兵が戦闘態勢に入った証だった。
「クロエ、走れる?」
「あぁ、少しくらいなら多分大丈夫だ」
「わかった。急ごう」
走り出した直後、背後で銃声とガラスの砕け散る音が聞こえた。
「『THE ALTER』の奴、工廠内で起動可能な機兵を全員投入する気か」
「きっと工廠が破壊される前に可能な限りの機兵を市街地へ放出するつもりなんだよ」
背後でガシャガシャと音を立てて動き出した機兵から逃れるように、僕らは全力で駆けた。
「クリス、アレ、使えよ」
「オーケー」
僕は腰から、用意してきた三個の手榴弾を取り走りながら出鱈目に背後へと放り投げた。
しばらく間をおいて、通路内に、大きな爆発音が響き、爆風が僕らの背中を軽く押す。
「何体か巻き込んだはずだけど、たぶん際限なく湧いてくるはずだ」
「やっぱり機兵が工廠の出口へ到達する前に起爆しないと無理か……。あたしはまだ大丈夫だから、さっさとこの通路を抜けるぞ」
クロエが「大丈夫」と言う度に、僕の中でモヤモヤとしていた嫌な予感が、徐々にその輪郭をはっきりとしたものへと変化させていく気がした。
そしてその予感は、第五工廠を抜けようとしたとき、現実のものとなった。
「ゲホッ、ゴホッ……ゲホッ……クリス……悪いがここで別行動だ。あたしはここで機兵の足止めをするから……」
唐突にクロエが立ち止まって右手で口を押えて言った。
「……何を言っているんだよ……」
クロエの言っていることが全く理解できない。仮に片方が残って機兵を食い止めるにしても、残るのはまだ体力を残している僕の方が適しているはずだ。
「あんな量の機兵相手にたった一人で敵うはずがないじゃないか。すぐに押し切られて撃たれるのは目に見えてる」
「……だからこそあたしが残るんだよ。こんな身体でもお前が余裕をもって脱出して起爆するくらいの時間は稼げる」
「どういう意味だよ、死ぬ気なのか!?」
「……あぁ」
感情のない声で言って、クロエは僕に右の掌を見せた。その手は血で真っ赤に染まっていた。
「何の病気なのか、あたしも詳しくはわからねぇけど、あとどれくらい保つかくらいは分かる。ここから生還したとしても、どうせあたしは明日明後日には死んでるはずだ」
その言葉で僕はようやく今までのクロエの言動の真意に気付いた。クロエは最初からこの工廠を死に場所と決めて、作戦に参加していたのだ。だからこそ、さっきもあれだけ必死に叫んだに違いない。
「そんなこと、わかるもんか。帰ったら何か手があるかもしれないじゃないか」
「……手なんて、ねぇよ。そんなもの何か月も前から探してきた。でも、こんな荒廃した世界には、ロクな薬も器具も残っちゃいねぇ。あたしにできるのは、どうにか身体の事をお前に悟られないようにして、今日この日まで生き永らえることだけだった。もしお前に知られたら、また一つ『考え事』を増やしちまうからな」
「そんな…………そんなこと、僕は絶対に認めない。クロエ、僕は君を背負ってでも連れて帰る」
直後、僕のすぐ横の床で一発の弾丸が床を抉った。ギョッとしてクロエの方に向き直った僕の眉間に、彼女がいつも手入れをしていた拳銃‐デザートイーグルⅡがその銃口をピタリと合わせていた。彼女の目から溢れた涙が、静かに頬を伝っていく。
「ここまで戦ってきて、今更病気に侵されて死ぬなんてゴメンだ。どうせ同じ死を味わうのなら、あたしはここで最期まで戦い抜いて、銃弾で死にたい。だけどクリス、お前は違う。こんなところであたしの最期の我儘に付き合って死ぬ必要はない。最初に言っただろ? あたしはこんな場所でお前に死んでほしくないって」
「クロエ…………」
「だから、コイツを持って、お前は行ってくれ」
微かに笑って、クロエは僕に、あのデザートイーグルⅡを差し出した。
「コイツはあたしの父さんの形見だ。だけど今度はお前があたしの形見として持っていてくれ。ここで一緒にくたばるには少々勿体ない銃だからな……」
僕は小さく、本当に小さく頷いた。初めて見る彼女の涙を前に、頷くしかなかった。彼女の最期の決意を、僕は無理やりにでも受け入れなければならないと思った。
「わかった…………」
クロエの手から『形見』を受け取って、僕は彼女に背を向けた。徐々に今しがた通ってきた通路から、機兵の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「それじゃあクロエ、僕はもう行くよ」
「あぁ、ちゃんと生き残れよ。もし途中で死んだら、あの世で殺してやるからな」
僕はもうクロエの方を振り返らなかった。今、もう一度彼女の顔を見たら間違いなく僕は走れなくなる。
「じゃあね」
前を向いたままそう一言告げて、僕は全力で走り出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ」
走り去る僕の背後でクロエの咆哮が轟く。
彼女が最期の反抗を開始した合図だ。
* * *
「ちくしょう……ちくしょう……!」
第五工廠から響く銃撃の音から逃げるように通路を駆け抜けながら、僕は泣いた。悲しくて悔しくて、もうどうしようもなかった。
第一工廠に入った直後、工作機の影から一体の機兵が姿を現し、僕に銃口を向けてくる。
「……どけよ。邪魔だぁっ!」
僕は渡されたデザートイーグルⅡを握りしめ、激情に身を委ねて機兵の懐に飛び込んでその頭部の中央に銃口を押し付けてトリガーを引いた。
ものの見事に頭部に穴の開いた機兵を蹴り倒し、僕は外へと走る。
最後の通路を駆け抜け、無事に外へ飛び出した僕を、サミュエルとラインがバスの外で出迎えてくれた。
「よく戻ったな、お前で最後だ、クリス。…………クロエのことは、言わなくてもいい。それがあいつの願いだったからな」
「……知っていたんですか、あいつのこと」
「あぁ、クロエの病気のことは彼女自身から聞かされていた。お前には伝えるな、ってことも含めてな」
サミュエルが憂いを帯びた表情で言った。その手には起爆のためのスイッチが握られている。その小さなボタン一つで、クロエの最期の我儘は無事に終わりを告げるのだ。
僕は涙を拭ってサミュエルに言った。
「……それ、僕にやらせてください」
「あぁ、いいとも。最期はお前の手で終わらせて、あいつを安心させてやれ」
僕の意図を汲んだサミュエルが起爆ボタンを僕の手に乗せた。
(……クロエ、僕はちゃんと生還したよ)
心の中でそう呟いて、静かにボタンを押し込んだ。
数秒遅れて工廠内部から爆発音が聞こえ、すぐにそれは小さな振動となって僕らの足元を揺らす。
十五か所の爆発を起点に工廠内部で無数の誘爆が起こり、爆発によって生み出された膨大なエネルギーが巨大な火柱となって屋根を、壁を吹き飛ばしていく。ビルの影からそれを眺める僕らにも、その威力は爆風となって伝わった。
「さよなら」
未だ爆発の絶えない工廠へ向かって小さく呟いて、僕は皆の待つバスへと乗り込んだ。
僕らを乗せて拠点へと疾走するバスの背後で、工廠を焼き尽くす炎がいつまでも夜空を紅く照らしていた。
* * *
翌日。僕はサミュエルから三日間の心身両方の意味での休養を言い渡された。彼は先の作戦でパートナーを亡くしたメンバー全員に休養するように言い渡したらしい。
「三日では気休めにもならないだろうが……」
僕に休養を言い渡すとき。そう言いながら、サミュエルはどこか遠くを見ていた。彼もまた、クロエを含め、三人のメンバーの死をどこかで受け入れられていないのかもしれない。
僕は何をする気も起きないまま、ぼんやりと拠点の屋上に足を運んだ。
屋上の入り口で、ラインと入れ違った。彼もまた、パートナーを失った一人だった。
「やぁ」
力なく笑って、ラインはふらふらと階段を下りていった。
屋上に出た僕は、吹き荒ぶ北風に小さく身震いをさせながら、欄干に背中を預け、空を見上げた。どんよりと垂れ込めた暗雲が風に流され、丁度生まれた隙間から、太陽が顔を出していた。
「…………」
クロエの形見であるデザートイーグルⅡを取り出して太陽にかざす。
丁寧に磨かれて傷一つない銃身からは、いつものクロエの乱雑な性格は想像できず、何故かそれがとても寂しいものに思えた。
「よう。大丈夫か?」
気が付くと、サミュエルが僕の前に立っていた。
「えぇ、まぁ……」
曖昧な返事をする僕に、サミュエルはやれやれといった風に肩をすくめ、僕の横の欄干に、同じようにもたれかかった。
「嘘つけ。もう長い付き合いだろうが。その胸の内の悩みを打ち明けてみろよ。坊主」
久しく聞かなかった呼び方だ。
「……怖いんですよ。あいつが死んで、急に『死』というものが身近に思えるようになって……。次、戦闘になった時自分が正気で戦えるかどうか、自分でも分からないんです」
数秒の間を置いて、サミュエルがゆっくりと口を開いた。
「……なるほどなァ。お前が感じているその『怖さ』は別に間違っちゃいねぇ。人間誰だって近しい人を亡くせばそう考えるさ。……だがな、坊主」
サミュエルは僕の方へ向き直って言う。
「厳しいことを言うようだが、こんな世の中じゃあ、仲間の死すら、奴らとの戦いで生き残るためには踏み台にしていかなきゃならん。現に、この三年間の戦いで多くの仲間が死んだ。誰かを庇って撃たれた奴も、敵に囲まれて自爆した奴もいる。俺たちはそんな、死んでいった仲間のおかげで、今、こうして生き残っていられるんだ」
だからな。とサミュエルは続ける。
「俺達は常に、仲間の死の上に立って生のために戦い続けなきゃならん。それに、クロエはお前に死ぬなと言ったはずだ。だったら尚更、お前はあいつの死の上に立って戦う義務があるんじゃないか? まぁ、すぐにとは言わないがな。自分なりに考えて気持ちの整理をしてみることだな。なにしろそのための三日だ」
それだけ言うと、ひらひらと手を振って、サミュエルは屋上から立ち去っていった。
「死の上で生きる……か。クロエ、僕は君の分も合わせて、戦い抜いてみせるよ」
僕は彼女の形見を空へ向け、胸のうちに渦巻く幾つもの思いを指に込めてトリガーを引いた。
冬の寒空に乾いた音が一つ、小気味よく響き渡った。