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Frosch

作者: 白檀

「マリー様。こちらがマクシミリアン先生です」

 そう言って差し出された侍従の手の平の上には、緑色の小さなカエルが乗っていた。

「・・・・・・」

 言葉を失ったわたくしと、カエルのつぶらな目が合った。その(体積に比して)おおきな黒い目は、わたくしをじっと見つめた(ように思える)。

 次の瞬間、信じられないような出来事が起こった。


「初めまして、王女様」

 その小さなカエルは口を開き、艶のあるメロディアスな声で喋った。

「これから僕があなたに音楽を教えてさしあげます。さあ、まずはあなたの歌を聴きたいな」


 それがわたくしとマクシミリアン先生の出会いだったわ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「そこ、違います! もっとDの音を高く! 何度言えばわかっていただけるのですっ」


 音楽室に美声が響く。叱責しているのにこんなにいい声なんてずるいわ。

 叱責されている当の本人であるわたくしは口を尖らせた。

「先生、わたくしちょっと疲れましたわ。歌いすぎて喉もひりひりしますし。そういえば、今日はシュルツ侯爵夫人のお茶会があ――――」

「お茶会? そんなもの、出たところで何の得がありましょう。あなたの音痴が直るとでも? いいや、絶対に直りません」

 メロディアスな美声が辛辣な返事を返す。

 わたくしはぎりぎりとハンカチーフを噛みしめた。そして、声の主であるカエル――――マクシミリアン先生を睨んだ。


 先生はピアノの鍵盤の上にちょこんと乗っていた。緑色の小さなカエルが鍵盤の上に鎮座している様子はなんだかかわいらしくもあり、滑稽でもあった。

 でも、このカエルときたらとても厳しくて、この国の王女であるわたくしに一切容赦しないの。何度「音痴」とか「僕の繊細な鼓膜(カエルに耳なんてあるのかしら!?)を破壊するおつもりですか」などと言われたかしら。

 次に言われたら暖炉の前に吊るして干物にしてやるわ。


 先生はわたくしから殺気を感じたみたい。ケロケロと軽く咳払いすると、わたくしをなだめるように言った。

「僕はあなたからやる気を引き出したいのですよ。あなただって、美しく歌えるようになりたいのでしょう。あなたのお二人の姉君のように」

 わたくしはむっつりと押し黙った。


 そう、わたくしのお姉さまたちは二人とも、美しく、そしてみなが聴きほれる歌声を持っている。お二人ともすでに嫁いでいるわ。

 わたくしも、もう16歳。お姉さまたちが山のような求婚者の中から夫を選び、嫁いでいったのはどちらも17歳のときだった。それなのに、わたくしときたら未だに夫となる相手を見つけることができない。

 美しさという点では、わたくしもお姉さまたちに引けを取らないはず。お母さま譲りのブロンドと、お父様と同じサファイアブルーの瞳はわたくしの自慢だもの。


 わたくしにも求婚者がいないわけではない。みな、わたくしを見ると目を輝かせていうの。

「おお、噂にたがわぬお美しいかただ」

 でも、決まって次の台詞が待ち受けているのよね。

「さぞかし歌声も素晴らしいのでしょうね。――――ぜひ、アリアを一曲」


 ――――首を絞められた雌鶏の泣き声のよう。

 わたくしの歌を聞いた求婚者のうちの一人が、そんなことを言っていたわね。わたくしだって、好きで音痴なんじゃないわ。

 自分にどうやら音楽の才能がないらしいと気付いたのは、5歳の頃。お姉さまたちが歌うとみな褒めちぎるのに、わたくしが歌うと周囲はひそひそ内緒話。哀れむような視線や、馬鹿にするようなくすくす笑い。


 そう、このアマデウス王国では、美しさと同じくらいに音楽的素養が重視されている。特に王家は美声ぞろい。その美しい歌声は敵の戦意を失わせ、民を従える天使の贈り物――――王国が300年もの間平和なのは、王家の歌声ありきなんていう逸話があるくらい。

 ――――だから、王家の姫が音痴だなんて、あってはならないこと。


「泣かないで、マリー様」

 先生の気遣うような声で、わたくしは自分が涙をこぼしていたことを知った。

 慌てて頬を拭い、強がりを言う。

「な、泣いてなんかいませんわ。ちょっと目が乾燥して痛かっただけですわ」

 そして、ドレスの裾をつまみ、先生に優雅なお辞儀をしてみせた。

「さあ、レッスンを続けてくださいませ。私の小さな先生」

 そう言うと、先生は嬉しそうにケロケロと喉を鳴らした。


「それでこそ僕の生徒さん。必ずあなたの歌声を美しく響かせてみせましょう」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 マクシミリアン先生のレッスンを受けるようになってから、わたくしの歌声は良くなっていった。三か月が過ぎるころには、人前で歌うことを許されるくらいに上達した。

 そう、歌声を美しく響かせることができるようになったのよ。


「素晴らしいわ、マリー!」

「よく頑張ったね。さすがわたしたちの娘」

 わたくしが歌い終えると、お母さまが感極まったようにわたくしに駆け寄った。お父さまも続き、わたくしはお二人に抱きしめられた。

 喜びと嬉しさのあまり、ともすれば零れそうになる涙をこらえながら、わたくしは声を震わせた。

「お父さま、お母さま、ありがとうございます。これもマクシミリアン先生の教えが素晴らしいからよ」


 名指しされた先生は、ちょっと照れたようにケロケロと鳴いた。

「マリー様はもともとの声はお美しいですから。僕はその使い方を教えて差し上げただけです」

「いや、先生は素晴らしい。今までどんな名教師でもマリーの歌声を変えることはできなかった。それをあなたは可能にした。ぜひとも礼をしたい」

 お父さまは、謙遜する先生にぐぐっと近づいた。先生は、目をぱちくりさせてこの国の主を見上げた。


「どうか、我が娘マリーの夫となってほしい」


 ――――その後しばらくの記憶はないわ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その夜、わたくしは寝室のベッドに仰向けになっていた。

 ――――ちっとも眠れない。


 今日のお父さまのご乱心発言の衝撃が大きすぎて、頭の中が混乱している。てっきりお母さまは反対すると思っていたのに、「素晴らしいお考えですわ!」だなんて。いったい、お二人ともどうしちゃったのかしら!?


 わたくしは、目を開けてベッドの天蓋を見ながら考え込んだ。

 確かに、マクシミリアン先生は素晴らしいかたよ。

 どんな名教師もお手上げだったわたくしの歌声をここまで変えてくださったのは、他ならない先生の教えあってこそ。

 厳しい先生に時には反感も覚えたけれど、でも先生の厳しさはわたくしを育てたいという思いがあったから。わたくしもそれがわかっていたし、悔しさをばねに頑張ることができたわ。

 それに、話しているだけでうっとりするようなメロディアスな美声。あの声に教えていただけたことも大きかったわね。

 まあるい黒い目もかわいらしいし、身体は――――


「マリー様、マリー様」

 突然、耳元で囁き声がした。

 わたくしは慌てて起き上がり、ベッドサイドのランプをつけた。


「・・・先生!?」


 枕元にちょこんと鎮座していたのは、小さなカエル。


 そう、マクシミリアン先生がどんなに素晴らしい音楽の先生で、素敵な声の持ち主でも、その身体はカエル。

 わたくしは、先生の姿を見ると泣き出してしまった。


「泣かないで、マリー様。お別れを言いにきたのです」

 メロディアスな声が、優しく囁いた。

 わたくしは鼻をぐすぐすいわせながら、瞬きをして先生を見つめた。

「お別れ? どういうことですの」

「このままでは、あなたは僕と結婚させられてしまいます。だから、僕はこの国を出ることにしたのです」

 先生の黒い目が、ランプの光を受けてきらめいた。

「あなたを教えることができて光栄でした。僕のかわいいお姫さま」


 突然の別れを告げられ、わたくしはハッと胸をつかれた。

 先生と、お別れ?

 そんな・・・!


 わたくしは、枕元のカエルに顔を近づけた。


「あなたのレッスンはわたくしの人生を変えてくださった宝物ですわ。わたくしの小さな先生」


 そう囁くと、考えるよりも先に、身体が動いた。

 ――――わたくしは目を閉じて、先生の小さな小さな口にそっとキスした。


 すると、触れた唇から、先生が震えるのがわかった。唇が、熱い。

 離れようとしたわたくしは、がっちりとした腕に抱きしめられた。


 ――――腕?


 驚いて目を開けると、目の前には小さなカエル――――ではなく青年の顔があった。


 白皙の美しい(かんばせ)をしたその青年は、長い睫毛に縁取られた瞼をゆっくり開けた。

 その黒い瞳を見たわたくしは、息を呑んだ。


「・・・マクシミリアン先生」


 青年は微笑むと、両手でわたくしの頬を優しく包んだ。


「ありがとう、マリー姫。あなたのおかげで元の姿を取り戻すことができました」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 今日はわたくしの婚礼の日。城の隣にある大聖堂で、代々王家の婚礼が行われる。


 わたくしは、隣に立つ夫となる人をうっとりと見上げた。

 すらりと背が高く、漆黒の豊かな髪を持つ白皙の美青年がわたくしを優しく見つめている。


 彼はハインリヒ公国の公子マクシミリアン。

 その美しさと聡明さ、そして音楽の才能にも恵まれている。

 でも、彼はその美しさに惹かれた魔女の求愛を拒み、呪いでカエルにされてしまったそうなの。

 呪いを解く方法はただひとつ。


 愛する人に心からのキスをもらうこと。

 つまり、このわたくしのキスで彼の呪いが解け、人間の姿に戻ることができたの。


 先生――――いえ、マクシミリアンは、長身を屈めてわたくしの耳元に囁いた。その艶やかな声は、カエルのときと同じ。

「マリー、とても美しいよ」

「ありがとう。あなたも素敵ですわ」

「・・・でも、どうしても気になるんだ」

「あら、何ですの?」

「婚礼の衣装として、()()はふさわしくないんじゃないか」

マクシミリアンは、困惑したようにわたくしのドレスを指した。


――――そこには、王冠を被ったカエルが刺繍されていた。


わたくしはにっこり笑った。

「わたくしにとってカエルは幸運そのものですわ。そうでしょ、カエルの王子さま?」

初コメディ。コメディって難しいですね。果たしてコメディになっているのか?(汗)

小さなカエルってかわいいですよね。豆粒サイズだととってもプリティー。


お読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初コメディとのことですが、おしゃれな雰囲気のステキなコメディになっています。 文章もキャラも魅力的でした。 [一言] 童話祭をひらいたらお名前発見しまして、思わず読ませていただきました。 …
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