第4章 おだやかな世界〈28〉
女性陣の間にひろがる剣呑な空気をさえぎるようにシーグルスが告げた。
「みなの者。まだクエストはおわっておらぬ。アギハベラミドへ向かったドラゴンの群れを背後から徹底的に狩りつくそうぞ!」
「そうだ! まだおれたちの戦いはおわっていない!」
エシムギゴルドス戦で活躍できなかった『紅蓮の傭兵団』のイスカリオテやマルコロメオがさけんだ。ヤレヤレと肩をすくめたシェナンパが気をとりなおすように号令した。
「せやな。みんな掃討戦や! きばっていくで、わいにつづけ!」
「うむ。いざゆかん! アギハベラミドをすくいに!」
スラエタオナも唱和し、シェナンパとふたりで先頭をかけだした。のこりのウラエイモス樹海調査団もかれらのあとについていく。
うしろ髪をひかれる想いでオリベとミクリアをながめる『名無しのパーティー』の4人へシーグルスがやさしく云った。
「オリベどのは儂が責任をもってあずかる。悪いようにはせぬゆえ、心配めさるな」
「……オリベくん。また私たちのパーティーへもどってきてくれるよね?」
不安げなオフィーリアの言葉に、ミクリアにささえられたままのオリベがしっかりとうなづいた。
「約束する。かならずかえってくる」
「……ま、その女のこととかくわしいことは、学校でじっくり聞かせてもらうからね。みんないくよ!」
踵をかえしてかけだしたオフィーリアの背中をゲオルギウス、ヨッシー、ムードラが追いかける。
「オリベくん、うまくやりなよ!」
ムードラが去り際にはなった意味不明な一言に苦笑をうかべつつ、オリベがひとりで立とうとしたものの両ひざに力が入らなかった。さすがに、いきなりの実戦であれだけの攻撃をくりだすにはムリがあったのだ。
「まったく、たよりないヒーローね」
ミクリアが魔法力の補助で軽々とオリベの身体をかかえ上げた。華奢な女魔導師にお姫さまだっこされるオリベの姿はみっともよいものではないが、ミクリアはそんなことに頓着せずそのまま〈キアトクレドル〉へ腰を下ろした。
「ミクリア。儂にエシムギゴルドスの竜玉をあずけよ。こちらへ向かっていたブレトリク渓谷のパーティーと城塞〈田園〉都市ヌエルマデミドでおちあい、竜玉をわたしてまいる。かれらの城塞都市建設クエストに必要じゃからの」
「わかりました」
ミクリアが〈キアトクレドル〉のひじかけにさしこまれた魔導師の杖へ手をかざすと、シーグルスの〈アイテムカード〉へ竜玉が移動した。シーグルスがハシリハシビロコウの騎獣〈シャクト〉へまたがるとふたりへ云った。
「オリベどの。こたびはようがんばった。ひとまずしっかり休むとよい。ミクリア。オリベどのをたのんだぞ」
「はい。おじいさま」
まったくその気の感じられないミクリアの返事に、なぜかシーグルスは満足げな笑みをうかべて走り去った。
「それじゃ、私たちは天空城塞都市パセムへかえりましょう」
ミクリアがそう告げると〈キアトクレドル〉がオリベの身体をいたわるように、ゆっくりと上昇していった。
血煙と砂塵にまみれながら城塞都市アギハベラミドの周囲に散開するドラゴンの群れを狩る戦鬼や魔導師たちの姿が豆粒のようになり、城塞都市アギハベラミドも現実感にとぼしい模型のように小さくなっていった。
首をめぐらせて眼下へ意識を向ける気力もないオリベの視界には、どこまでもあざやかな蒼穹がひろがっていた。
空へ墜ちていくような錯覚にとらわれると同時に、耳朶へひびいていた下界の喧噪がしずかにかき消えていく。
ドラゴンの血にまみれた身体で清冽な空気を肺一杯に吸いこみながらオリベは思った。
(この澄み切った空の下で死の恐怖にあらがいながらドラゴンと戦いつづけるなんて、なんだかウソみたいだ。でも、この美しくもおぞましい世界がおれたちの本当の世界。おれたちの〈現実〉。おれたちはこの〈現実〉を必死に生きぬいていくしかないんだ)
オリベの瞳から涙がこぼれおちた。それに気づいたミクリアが心配そうに声をかけた。
「どうしたの? どこか痛むの?」
オリベはしずかに頭をふると、手の甲で涙をぬぐった。
「いいや、なんともない。よくわからないけど、自然と涙があふれてきた」
「……そう。今はなにもかも忘れて眠りなさい」
オリベの額にミクリアの柔らかなくちびるがやさしく押しあてられると、オリベはミクリアの甘い香りにつつまれながら眠りにおちた。
ふたりを乗せた〈キアトクレドル〉は果てしなくつづく竜の棲む煉獄〈ドラグーン・ゲヘナ〉の蒼い空へとけて消えた。
【了】
『ドラグーン・ゲヘナ』をさいごまでご笑読いただきありがとうございました。
この手のものがたりは腐るほどありますが、映画「マトリックス」シリーズのように、現実と仮想現実が逆転しているパターンって読んだことないかも、と着想しました。
すなわち、ゲームだと思っていたものが現実で、現実だと思っていたものがゲームだった、と。
慧眼な方々は、このものがたりの違和感にお気づきのことと思います。
私はものがたりの前半で「剣鬼や魔導師が街の人に声をかけても「やあ、よいお天気ですね」「ドラゴン狩りですか? ご武運を」などと云う無内容な会話に終始することがほとんどだ」と書きました。
『ドラグーン・ゲヘナ』の世界が現実なら、それってなくない? と思われるはずです。しかし、街の人は剣鬼や魔導師にそう答えなければならないようになっているのです。
剣鬼や魔導師がどのようにして生まれてくるのか? と云う謎が解きあかされれば、オリベたちを待つ過酷な運命や上記の答えも判明するのですが、さすがにそこまで書ききれませんでした。……そして、その答えは教えてあげません(笑)。
続編があれば、ドラゴンとの死闘だけではなく、覚者たちの組織(すなわち、世界の真実を知る者)とのいさかいであったり、オリベ以外の仲間たちが真実を知った時にどうするのか? なんてことを書いてみたい気もちもあります。
なにしろ、天空城塞都市パセムや教団の人々は、剣鬼や魔導師をだましてドラゴン狩りをさせているのですから、悪の組織も同然です。むしろ、覚者たちの方が正しいと云えるでしょう。
オフィーリアが世界の真実を知れば、覚者の味方につく気がしますし、その時はオリベもオフィーリアとミクリアの間に立って苦悩するはずです。『名無しのパーティー』は分裂するでしょう。いずれ天空城塞都市パセムは墜ち、すべての剣鬼や魔導師が真実に直面することになるはずです。
本腰を入れて続編を書けば、まだまだ壮大なものがたりになりそうですが、とどのつまり、ものがたりの結末は宮崎駿『風の谷のナウシカ』とおなじになりそうなので、まず自分からすすんで続編を書くことはないと思います(笑)。
また、みなさんにはどうでもよい話ですが『ドラグーン・ゲヘナ』は、私が今まで書いたものがたりのなかで、擱筆までもっとも時間がかかりました。
長編を1本書くのに最速で3ヶ月、長くても1年かからないのですが、このものがたりは、なんだかんだで3年の月日を要しました。
「第2章 ウラエイモス樹海調査団」が現行の倍以上の長さにふくらんでしまったのです。さいごまでプロットができていたので、そのままいくとムダに長い物語になってしまうことがわかりました。
そして、場面や描写を削るのに四苦八苦しているうちに、つづきが書けなくなってしまいました。
しばらく放置していたものがたりにふたたび挑むのは、なかなか骨が折れました。
私は作品によって一人称と三人称をつかいわけるので『ドラグーン・ゲヘナ』にふさわしい文体であったり、作品世界の空気感をとりもどすだけでも時間がかかりました。
極力、最短距離のものがたりにしたつもりですが、正直「第3章 トルナクロイブ神殿」もちょっと長いかな? と思っていたりします(笑)。
なにはともあれ、さいごまでおつきあいくださったあなたに心より感謝いたします。
ありがとうございました。




