第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈7〉
「でしょう?」
オフィーリアもニヤニヤしながら同意する。
「だからそんなことな……」
否定しかけたシンキの声が足元からのさけび声でさえぎられた。
「真実を知れ! この世界こそ現実であると知れ!」
3人とも会話に夢中で看過していたが、塀のすみに痩せた半裸の男が座りこんでいた。その男が焦点のさだまらぬ瞳で口角泡を飛ばしてさけんだ。
「目醒めよ戦鬼たち! 現実から目をそむけるな!」
3人は半裸の男を無視して通りすぎた。無害なプログラムなのでこれ以上からまれることはない。
「……ああ、びっくりした。覚者か」
シンキが巨漢の神装槍鬼に似つかわしくない声を上げ、オフィーリアが皮肉っぽく笑った。
「この世界こそ現実であると知れ! だって。云うよね」
「……ゲーム・クリエイターもいろいろ考えるものだね」
ふたりの言葉にオリベも冷静な感想を述べた。覚者とは『ドラグーン・ゲヘナ』最大の宗教アスタトロス教団とは異なるなぞの宗派の者たちだ。
覚者は全員粗末な下布を巻いただけの半裸と云う点こそ共通しているものの、経典も拠点もさだかではない。大きな街なら大抵2~3人は目にする。
「いちど話しかけてみようか?」
「ムダじゃない? きっとおなじことしか云わないわよ」
『ドラグーン・ゲヘナ』ではすべての人々に話しかけることができる。プログラムされた酒場のマスターや商人から貴重な情報をえることはあっても、街の人との会話は、
「やあ、よいお天気ですね」
「ドラゴン狩りですか? ご武運を」
などと云う無内容な会話に終始することがほとんどだ。覚者から貴重な情報がえられるとは思えなかった。
3人はにぎやかな市場のつらなるオルムテサミドの大通りを横切ると、街の南東にある教会へ到着した。教会で500ギルのお布施を支払って礼拝すると、信者の有無にかかわらずLPを回復することができるが、かれらはまだ万全の状態なのでその必要はない。
「教団の依頼が入ってるか確認しなきゃならないから、おれがヤギュウをよんでくるよ。えっと、あいつのアバター名、なんだったけ?」
シンキの問いにオリベがこたえた。
「ゲオルギウス」
「ゲオルギオウスなんて仰々(ぎょうぎょう)しい名前ね。ドラゴン退治の英雄じゃない。名前負けしなきゃいいけど」
「カッコイイじゃないか。人の趣味にケチつけんなよ。オ・フィー・リ・ア」
シンキが最後のオフィーリアだけわざとゆっくり云った。
「なに? 私のセンスに文句あんの?」
「ないない。それじゃちょっと待ってて」
これ以上ヤブをつついて蛇をだす愚を避けたシンキがガチャガチャと重い甲冑をゆらしながら教会へ消えた。
「……なによ。シンキなんてリアルを音読しただけじゃん。辛気くさいのよ」
自分の冗談にクスリと笑ったオフィーリアがオリベへたずねた。
「オリベはそのまんまだね。せっかくのファンタジー世界なんだから、カッコイイ名前とか考えなかったの?」
「たぶん、おれにはそう云うネーミング・センスないと思う。考えるのもめんどうくさかったし。あ、でもオフィーリアはいい名前だと思うよ」