第4章 おだやかな世界〈20〉
「云うてるそばから一直線上に立つ愚か者があるか!」
実戦経験豊富なオリベの動きに対応しきれていないミクリアが、シーグルスから見てオリベのまうしろについていた。
「……!?」
オリベが思わずうしろをふりかえった隙をシーグルスは見逃さなかった。頭上から片手もちの小ぶりな剣をふり下ろし、容赦のない〈氷結破斬〉をはなった。
ミクリアがあわてて魔導師の杖をふり、防御魔法〈紅蓮の盾〉を展開したが〈氷結破斬〉の衝撃までは防ぎ切ることができず、ふたりはうしろの壁際まではじき飛ばされた。
「ぐはっ!」
「きゃああ!」
魔導師の杖をとりおとし、壁面に背中をうちつけたミクリアの前にオリベの背中がせまってきた。
オリベとの激突を避けるため、両手をかかげて新たに展開した小さな防御魔法とミクリアの手がオリベの背中へ触れた時、オリベの身体からとてつもない気がはなたれた。
オリベは身体中に力がみなぎり、これまで感じとることのできなかったMPが格段に跳ね上がっていくのを感じた。
「……レベル72!? オリベどの、魔導剣鬼に開眼したか!」
オリベのレベルアップを感じとったシーグルスがさけんだ。
「オリベどの、うってこい!」
「うおおおおっ! 双剣十字斬っ!」
これまでの数十倍の威力をもつオリベの光る斬撃がシーグルスめがけてはなたれた。
シーグルスも全力の〈氷結破斬〉でオリベの攻撃を耐えしのいだ。シーグルスの背後の壁面が十文字にひび割れる。
「すごい、オリベくん!」
ミクリアも思わず歓声をあげたが、オリベがひざをついた。全身から力がぬけて立っていられなくなったのだ。両手のグリソードを杖がわりになんとか上体が倒れこむのを防いだ。
「……レベルが元にもどっておる。どうやら一時的な発現だったようじゃな」
ため息まじりのシーグルスにオリベも落胆しかけたが、あることを思いだした。
「そう云えば、……ミクリア、前にも一度こんなことあったよな?」
「え? ……あ、おとといの夜!」
「おとといの夜? ミクリア、なにがあった?」
なにかを思いだしたミクリアにシーグルスがたずねた。
「夕食の時、オリベくんの肩を借りて1階へ下りたでしょう? 2階の廊下でオリベくんの肩に触れた時、一瞬だったんですけど、さっきみたいにオリベくんの気がふくれ上がったんです」
ミクリアの話を聞いてシーグルスが考えこんだ。ややあってシーグルスが剣を鞘におさめると云った。
「おそらく法橋魔導師レベルのミクリアが、微弱とは云え発していた魔法力の影響で、オリベどのに眠る魔導剣鬼の資質を刺激したのじゃろう。……なるほど、かような手があったか」
後半ひとりごちるシーグルスの言葉にオリベとミクリアが首をかしげた。
「ふたりとも立てるかの? 特訓内容変更じゃ」
先に立ち上がったミクリアが、グリソードを鞘へおさめたオリベに手を貸して立たせた。
脱力したのは数秒でオリベの体力は回復していた。シーグルスは地下訓練場のまん中へオリベを座らせると、そのうしろにミクリアも座らせた。




