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第4章 おだやかな世界〈18〉

挿絵(By みてみん)


     9



 目が覚めると、白い天井と蛍光灯が見えた。


(寝ている間に『おだやかな世界』へログインしたのか……)


 オリベが身を起こすと、そこは成城寺学園にある保健室のベッドの上だった。


 最後にログオフしたのが保健室だったので、自然と寮の自室ではなく保健室へログインしたのだろう。


 セーブ・ポイントのひとつと云う保健室にはオリベしかいなかった。壁にかかった時計の針は正午50分を指していた。昼休みである。


 窓の外にはだれもいない校庭と青い空が見えた。いまや、こちらの世界が〈ゲーム〉とわかっていても、とくに違和感や非現実感はなかった。


 むしろ、そこはかとない安堵感につつまれていた。オリベがこの世界へ意識を集中すると、連続殺人鬼の一件が削除されていることがわかった。このエリアから覚者は去ったらしい。


(よかった。……とりあえず、あいつらにちゃんと話しておかないとな)


 オリベは保健室をあとにして1年C組の教室へ足を向けた。教室に入ると、机をならべて昼食をとっていた沖田(おきた)宗巌(むねよし)がオリベに気づいて声をかけた。


「あ、オリベくん! もう大丈夫なの?」


「え? うん。もう心配ない」


「オリたんも一緒にごはん食べるら」


 オリベは(たかむら)芳乃(よしの)の言葉に首をふった。


「いや、あっちで食べてきたから」


「あっち?」


「こ、購買だよ。サンドイッチ買って軽く食べた」


『ドラグーン・ゲヘナ』の世界で、伝説の魔装剣皇シーグルスや大魔導師ヴホシャ・リクミとテーブルをかこんで、大魔導師お手製のカイマンドラゴンのシチューを食べてきたと云っても、オリベらしからぬ冗談ととりあってもらえないだろう。


「食欲ないの?」


「大丈夫でござるか?」


 オリベは心配そうにたずねる草壁(くさかべ)市姫(いちひめ)柳生(やぎゅう)重隆(しげたか)へあいまいにほほ笑んだ。


「今日はもう早退するよ。……あ、そう云えば、おれの〈リンクス〉ちょっと壊れたみたいで修理だすから、しばらく『ドラグーン・ゲヘナ』へログインできそうにない」


「そうなの!?」


「せっかく厄介なクエストから開放されて、みんなとのびのび自由に狩りができると思ってたのにザンネンだね」


 市姫と沖田の言葉に小さくうなづくと、オリベは城塞都市アギハベラミド警備のクエストについている司祭アムネリア、柴田彰子(あきこ)に声をかけた。


「柴田。アギハベラミドの方はどうなってる?」


「城壁の修復までまだ1週間はかかりそうさ。それに昨日はレベル20~30のドラゴンが大挙してきて、修復どころのさわぎじゃなかったさ」


「……そうか」


 オリベはため息をついた。


 レベル40のパーティーが城塞都市アギハベラミドへ到着するまでに城壁の修復が完成していれば、後顧(こうこ)(うれ)いをのこすことなくレベル73の凍壊竜エシムギゴルドス退治に専心できるが、城塞都市をかばいながらの戦闘は困難を極めるだろう。


「たぶん、今後はウラエイモス樹海調査団もアギハベラミド警備へ合流することになると思う。凍壊竜エシムギゴルドスの脅威(きょうい)もあるし。……ただ、みんな。なにがあっても、おれがもどるまで絶対に死ぬなよ」


 いつになく真剣な口調で語るオリベに柳生が胸を張ってほがらかにこたえた。


「安心するでござる! みなの命は拙者ゲオルギウスにおまかせあれ!」


「大丈夫。ヨッシーと市姫さんだけはぼくがしあわせにしてみせる」


「ちょっと、やめてよ下ネタ王子!」


「はわわわ! 別のキケンを感じるのら!」


 沖田の冗談に全員爆笑した。オリベにはいつもとかわらぬかれらのやりとりが心強く思えた。


「それじゃ、おれはこれで」


 オリベはみなに小さく手をふると、自分のカバンを手に教室をあとにした。


(……絶対にあいつらを死なせない!)

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