第4章 おだやかな世界〈16〉
オリベとミクリアは最低限の装甲を身につけていたが、シーグルスは平服のままで柄の短い片手もちの剣しかたずさえていなかった。
いかに伝説の魔装剣皇とは云え、たよりなさげな細身の老人へ特殊攻撃をはなつことに躊躇したオリベだったが、その杞憂はシーグルスの最初の一太刀で消し飛んだ。
すずしげな顔と小さな動きではなたれた一撃はオリベの〈双剣旋風斬〉を軽々とはじき飛ばした。二刀流で大剣をふるうオリベが赤子のようにいなされるのだ。
(なめてかかったら殺される!)
オリベはドラゴン狩り以上の緊張感でシーグルスと対峙した。
一方、そんなオリベを治癒回復魔法でサポートするのがミクリアの特訓である。
高位の魔導師ではあれど日常業務は『おだやかな世界』を管轄する〈守護天使〉である。ドラゴン狩りにかんしては最低限の実技こそうけているとは云え、素人とかわらない。
治癒回復魔法で大切なのは相手にかけるタイミングである。
ちょっとLPがけずられるたびに治癒回復魔法を乱発していては、魔導師自身のMPもけずられるし、ドラゴンの必殺攻撃で戦鬼のLPがごっそりけずられた時に魔導師のMPが充分にチャージされていなければ、瀕死の戦鬼をすくえなくなることもありうる。
オリベ自身のMP回復速度も強化する必要があるので、ミクリアがオリベへ治癒回復魔法をつかうタイミングはシーグルスが指示した。
レベル68のミクリアが、まだレベル37のオリベを毎回全回復させることはたやすいが、オリベがミクリアと同等あるいはそれ以上のレベルに達した時、おなじことをすればミクリアのMPが必要以上にけずられてしまう。
ようするに、ミクリアのMPはつねにオリベをバックアップできる状態でなければならないのだ。
そこで必要となるのが、ドラゴンの攻撃によってけずられた戦鬼のLPやMPとおなじだけのLPやMPを回復させる技術である。
しかし、実戦経験のとぼしいミクリアに治癒回復魔法の微調整は容易ではなかった。
とっさの状況で呪文を云いまちがえると、全回復させたはずのオリベのLPやMPが半回復しかしていないこともままある。
そんな時はシーグルスの攻撃でふたりまとめて地下訓練場の壁までふっ飛ばされた。
ふたりは絵に描いたぼろ雑巾のようにくたくたのよれよれになった。オリベ同様ミクリアにもめぼしい成果はあらわれなかった。
オリベは『ドラグーン・ゲヘナ』をゲームとしか認識していなかった時は知らなかったが、治癒回復魔法は思ったほど万能ではなかった。
治癒回復魔法をうけた者もほどこした者もある程度時間経過すると、とてつもない脱力感に見舞われるのだ。
外傷こそ完治するもののLPやMP回復はあくまで戦闘における一時的なもので、その後の体力回復にはかなりの時間を要するらしい。そのせいもあって『ドラグーン・ゲヘナ』のプレイ上限は3時間とさだめられているのだ。
『オリベくん。ごはんできたわよ。下りてきて』
ヴホシャのテレパシーがオリベに告げた。
『わかりました。今うかがいます』
オリベは脳裏でそうこたえて、のっそりと身体を起こした。そのまま眠ってしまいたい気分だったが、ヴホシャの善意を無碍にもできない。
オリベの目の前に2階の廊下へでるドアとは別のドアがあることに気づいた。室内がうす冥いので入室時には気づかなかったのだ。
(となりはなんの部屋なんだろ?)
つかれた頭でなんの気なしにドアを開けると、両手をバンザイし、布で顔をおおった上半身裸の少女が向かいのベッドに腰かけていた。ぼんやりとしたあかりに白い肌と小さな胸のふくらみがうかぶ。
(……!?)
いきなりの裸体にも目をうばわれたが、さらに目がいったのは少女の足だった。少女の両足はひざから下がなかった。
上半身裸の少女の頭をおおっていた布がばさりと下へ落ちた。全裸少女は部屋着に着がえているところだったらしい。
そして、その部屋着からスポンと頭をだしたのはミクリアだった。オリベと真正面で目のあったミクリアは一瞬、状況把握ができずにフリーズし、時間差で羞恥に顔を真っ赤に染めた。




