第4章 おだやかな世界〈15〉
「あの~、おじいさま? 私には〈守護天使〉として『おだやかな世界』のバグ修復勤務があるのですが……」
「それはさっき、夢顕師マデューカへ代行してもらうことにしました」
こともなげにポンと手を打つヴホシャの言葉にミクリアがらしくない声をあげた。
「ええっ、いつの間に!?」
「それともなにかの? そなた以外でオリベどののバックアップにふさわしい夢顕師、法橋レベルの魔導師がおると思うか?」
「い、いえ。たしかに全員、夢顕師としては超一流ですが、実戦経験のない彼女たちをいきなりドラゴン狩りへ参加させるには、いささか心もとないかと……」
「じゃろう? だからそなたが適任なのじゃ。オリベどのも見知らぬだれかとパーティーを組むより顔見知りとの方が気楽であろう?」
「え? はあ、まあ」
オリベはシーグルスの問いにあいまいなこたえでお茶を濁した。
レベル68の法橋魔導師とは云え、顔見知りであろうがなかろうが、ドラゴン狩りの実戦経験皆無と云う温室育ちの魔導師に背中をあずけるのは不安でしかない。
「オリベどの。すまぬが今のパーティー登録を解除し、ミクリアとパーティー登録してほしい」
「……わかりました」
オリベはまだ『深紫の百足団』の一員だったが『名無しのパーティー』の仲間たちに一言も告げずパーティー登録を解除することに一瞬、躊躇した。
「あの……、おれはもう向こうの世界にもどれないんですか?」
おずおずと切りだしたオリベの意をくんでミクリアがこたえた。
「こっちの世界で眠りについている時なら自然にもどれるわ。かれらにはゲームのバグで一時的にパーティー登録が解除されたとか、ログインできなくなったとか云いわけしておきましょう」
「わかった。ありがとうミクリア」
こうしてふたりは新たにパーティー登録した。
8
(……いや、もうマジ死ぬかと思った)
天空城塞都市パセムの広大な地下訓練場で初日の特訓をおえたオリベは、シーグルスたちの家の2階のすみにある客室をあてがわれた。
ベッドの足元にある空のクローゼットへ装備やブーツをほうりこむと、そのままベッドへ倒れこんだ。疲労困憊で全身がだるい。
オリベのいる客間は家の奥に位置するため窓こそないが、ベッドとクローゼットに小さな机と云う『おだやかな世界』の寮とあまりかわらぬレイアウトはオリベの心をふしぎとおちつかせた。
壁のくぼみにおかれたランプがほのかな光で冥い室内をぼんやりと照らしていた。
(本当に数日間で魔導剣鬼になれるのかな?)
特訓初日とは云え、なんの進捗もなかったオリベの胸中に不安と焦燥が去来した。
特訓は初日から苛烈をきわめた。
剣鬼がMPを用いるのは特殊攻撃(必殺技)を発動させる時だけである。オリベなら〈双剣旋風斬〉や〈双剣十字斬〉などの特殊攻撃をはなちながらMPをひきだすコツをつかむ必要がある。
そのため、本来は一撃必殺の大技を短時間で何度もくりださねばならないし、つねに限界の攻撃をひきだすべく、シーグルスの攻撃をかわすかたちで必殺技をはなつ実践的な特訓がおこなわれた。
すこしでも手をぬいたり油断すればシーグルスの攻撃にはじき飛ばされた。
魔装剣皇シーグルスの称号は過去の栄光でもお飾りでもなかったことをオリベは文字どおり痛感した。




