第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈6〉
「でも、おれレベル52の竜眼でできた〈セーブポイント〉はほしいかも」
ムードラの言葉にシンキが云った。
「そんなの、みんなほしいに決まってるじゃん。それだと不公平になるからお金に換えて均等に分配するって約束でしょ? ほしけりゃ自分で買いなよ」
「買うとめちゃくちゃ高くつきそうだしなあ」
「レベル52の〈セーブポイント〉なんて30人くらいのパーティーでもなければつかわないって。それじゃムードラ、よろしくたのむ」
オリベがシンキの未練を断ち切るように告げた。
「了解。いってきま~す」
ムードラが下へむけたグルガンドルフ・ロッドの二股部分へ足をかけると、宙に低くうかびながら平行移動していった。
今、かれらのいるオルムテサミドは『ドラグーン・ゲヘナ』の世界にいくつかある城塞都市のひとつである。
小さな半円形のつらなる巨大な円形の城壁でかこまれているのは、街をドラゴンから守るためのものだ。
高い城壁を築いても有翼竜には無意味だと思われがちだが、半円形の城壁の突端にはレベル70以上のドラゴンからえぐりだした竜玉が埋めこまれている。
竜玉とはドラゴンの下あごのウロコの下にかくれている玉のことで、ドラゴンの存在(気配)をほかのドラゴンへ知らしめるための器官である。なわばりを顕示していると思えばよい。
高レベルのドラゴンほど竜玉から発せられる気配が強く広範囲におよぶ。そのため、高レベルのドラゴンが高レベルのドラゴンへ近づくことはない(ただし、高レベルのドラゴンの捕食対象でもある低レベルのドラゴンは、近いレベルのドラゴンの気配しか察することができない)。
城塞都市の城壁は高レベルのドラゴンからえた竜玉に地脈から微小なエネルギーを供給して発動させることで対ドラゴンの結界を張っている。
レベル70以上のドラゴンがひしめくドラゴンの巣へ踏みこむドラゴンなどレベル90でもありえない。こうして人をも補食するドラゴンの脅威から街を守っているのだ。
そして、竜眼も竜玉ほどではないが、ドラゴン除けの結界を張る道具になる。それが〈セーブポイント〉である。
〈セーブポイント〉は、竜眼と1本足の妖鳥ハルヴィムの足を加工してつくられた短い杭だ。3本爪に嵌めこまれた竜眼の杭を地面へ突き刺すと、街など安全地帯のないところでも野営、すなわちゲームをセーブすることができる。
これからオリベたちが合流する篁芳乃こと魔装剣妃ヨッシーも〈セーブポイント〉をつかってオンドロイボナの森で野営している。
しかし〈セーブポイント〉の結界領域はそれほど大きくない。また、低レベルのドラゴンの竜眼でつくられた〈セーブポイント〉はドラゴンやモンスターから姿こそかくすことができるものの、気配を察知されてしまう危険がある。
そんなわけで、今朝かれらが学園で話していたように、野営後にログインするとドラゴンやモンスターにかこまれることもある。
レベル52の竜眼でつくられた〈セーブポイント〉ならそんな心配も皆無だろうが〈セーブポイント〉は重宝するだけに高価である。
標準的なレベル15の〈セーブポイント〉でも300万ギルはかかる。あくまで非常用のアイテムだが『ドラグーン・ゲヘナ』初級者が、最初になけなしの大枚をはたいて手を入れるのがこれだ。
「シンキってコレクター?」
ふたたび教会へむけて歩きだしたオフィーリアがあきれ声でたずねた。
「いや、そう云うわけじゃないけど」
シンキが照れたように否定した。コレクターとは『ドラグーン・ゲヘナ』に登場するあらゆるアイテムをコレクションしたがるマニアのことを指す。
「意外とコンプりたがるよね?」
オリベもシンキを冷やかすように笑った。学園で知りあって半年。『ドラグーン・ゲヘナ』をはじめて1ヶ月。まだつきあいが長いとは云えないが、シンキはコレクター志向が強いと見ている。