第4章 おだやかな世界〈13〉
「『深紫の百足団』も〈未覚醒〉なんですか?」
オリベの問いにシーグルスがうなづいた。
「『深紫の百足団』は慎重にして堅実なよいパーティーじゃ。そのためかれらはレベル50圏内のパーティーへと成長した。しかし、トルナクロイブ神殿のリャンメンスクナ攻略イベントをクリアした中級者レベルのパーティーの多くは、自らの力を過信して無謀なドラゴン狩りでやられてしまうのじゃよ」
「リャンメンスクナ攻略イベント? この世界が現実で『おだやかな世界』は虚構なんですよね? 現実のこの世界でイベントってどう云うことですか?」
「本来、オンドロイボナの森とかトルナクロイブ神殿は戦鬼や魔導師の実習訓練場なの」
ミクリアが解説した。城塞都市の地下施設で訓練をうけ、レベル1の戦鬼や魔導師として地上へ降り立ったかれらには野生のドラゴン狩りの経験がない。
そこでかれらの生命に支障のない程度のフィールドで低級のドラゴンやモンスターを相手に狩りをしてレベルアップさせるためにもうけられたのがオンドロイボナの森(魔導師が自分だけの杖を手に入れるザンボワカン神殿のクエスト)や、中級者レベルの登竜門となるトルナクロイブ神殿のリャンメンスクナ攻略イベントだった。
「……ラスボス・リャンメンスクナとの戦いでは部屋の扉がロックされて、リャンメンスクナを倒すまででられない仕組みなんだけど、パーティーのだれかのLPが10を下まわったら扉のロックが解除されて、ギリギリで逃げられるようになっているの。よっぽど、ひきぎわの判断を見誤ったパーティーでなければ死者がでることはないわ」
そこでの判断を見誤るようなパーティーであれば、その先はないと云うことでもある。
「話をもどそう。この世界を〈ゲーム〉と錯覚させることで、戦鬼たちは死の恐怖におびえることなくドラゴンを狩ることができる。しかし、ザコではなく最強の相手と対峙しなければならぬ時は覚悟と勇気が必要となる」
「覚悟と勇気……?」
「命を賭ける覚悟と勇気じゃ。恐怖やおのれの心の弱さをうけ入れて、それをのりこえんとする覚悟と勇気がなければ、本物の魔装剣皇にはなれぬ。ゲーム感覚のままでは、そこそこできる戦鬼はできても、本物の戦鬼は育たぬと云うことであろう」
シーグルスの言葉を聞きながら、オリベはついさっきのカイマンドラゴンとの戦いを思いかえしていた。
シーグルスが口の端へ小さな笑みをたたえながら、オリベの心を見透かすかのようにやさしく云った。
「オリベどの。先刻おぬしも感じたはずじゃ。ゲーム感覚でドラゴンを狩るのと、現実としてドラゴンを狩る恐怖と勇気と覚悟のちがいを」
「さっきのドラゴン狩りを見ていたんですか?」
シーグルスは小さく頭をふった。
「パセム入城前に〈リョウカード〉で猟果の精算をしたろう。あのデータを見れば、おぬしが覚者へ堕ちることなく、本物の勇者への一歩を踏みだしたことがわかる。……ついでに云うとミクリア。そなたには攻撃魔法の実習が不充分であることもな」
「もう、おじいさまったら!」
「あんなの売り物にならないから私がひきとってきたわ。あとで美味しいシチューをごちそうしますね」
シーグルスとヴホシャにからかわれたミクリアがほほをふくらませて拗ねた。シーグルスはミクリアにかまわず話を進めた。
「トルナクロイブ神殿が水没した今、リャンメンスクナ攻略にかわる中級者昇格イベントをどこかへ設定せねばならぬわけじゃが、喫緊の課題はキルドワン湖へ逃げたレベル73の凍壊竜エシムギゴルドス対策じゃ」
「……あのドラゴンはアキハベラミドへきますか?」
「永い眠りから醒めたあやつは腹を空かしているはずじゃ。いずれ、かならずやってくる」
オリベの危惧にシーグルスが同意した。
「朝には触れをだし、アキハベラミドにいるレベル30以下のパーティーと民鬼はオルムテサミドへ避難させる。ウラエイモス樹海調査団から生還したパーティーには申しわけないが、かれらにもすぐアキハベラミド警護任務へついてもらう」
「アスタトロス教団上層部にもレベル30以上のパーティーをすべてアキハベラミドへ集結させる手はずはつけました」
シーグルスの言葉にヴホシャがつづけた。ブレトリク渓谷で城塞都市建設クエスト中のレベル40以上のパーティー4組にもアキハベラミドへ招集をかけたと云う。
しかし〈未覚醒〉のパーティーの活動限界(プレイ時間の上限)は3時間である。騎獣での移動や無意識下での活動時間をふくめても、実質的には6時間と云ったところだ。
魔装蟲輿ギザグソクムシで移動するだけでも、城塞〈田園〉都市ヌエルマデミドまで3日。さらにそこから城塞都市オルムテサミドまで3日。城塞都市オルムテサミドから城塞都市アキハベラミドまで半日。最速でも1週間はかかる計算となる。




