第4章 おだやかな世界〈12〉
「……ひょっとして、宿屋チェーンの経営者の方ですか?」
オリベの口をついてでた疑問にミクリアとその母ヴホシャ・リクミが失笑した。
リビングのすみへ〈イス〉をおいたミクリアが、よろわれた足でカシャカシャと小さな音をたてながら歩き、老人の右どなりの席へ腰かけて云った。
「宿屋の主人は世を忍ぶ仮の姿、と云うより意味不明の道楽。私のおじいちゃんは伝説の魔装剣皇シーグルスその人よ」
「……はい?」
ミクリアのセリフが腑におちず、オリベはわれ知らず首をかしげた。
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「よけいなことを告げるでないミクリア。魔装剣皇なる肩書きなぞとおい過去のものじゃ。いまやただの老いぼれじゃよ」
「そんなことありません! 私のおじいさまは今も最強の魔装剣皇です!」
(宿屋のおじいさんの正体がレベル99と謳われた伝説の魔装剣皇シーグルス!?)
「どうして、魔装剣皇シーグルス……さまが、おちこちの宿屋にいるんですか?」
「ふおっほっほ。べつに宿屋チェーンの経営者ではないが、本当の現実を知らず、日々命がけでドラゴンを狩る戦鬼たちのようすをすこしでも把握しておきたいと思うての。方々へ顔をだしておる」
「おじいさまにも私たち法橋魔導師同様〈覚醒〉のきざしがある戦鬼をかぎわける力がおありなの。一応、各城塞都市にも〈覚醒〉している法橋魔導師を隠密で派遣して監視……じゃなくて警戒しているんだけど、戦鬼を見る目にかんしてはおじいさまの方がするどいのも事実だわ」
「監視って、どう云う意味だ?」
オリベがミクリアに詰問した。魔導師のミクリアと元戦鬼のシーグルスのあいだに〈未覚醒〉いわば、ふつうの戦鬼にたいする微妙な温度差を感じたのだ。
「オリベさん。娘のもの云いにいささか語弊があったかもしれませんが、監視しているのは戦鬼ではなく、むしろ覚者の動向です。現実と非現実を錯覚させてドラゴン狩りをおこなわせる現行のシステムに反対する覚者の一派が『おだやかな世界』へ不正介入したり、オリベさんのようになにも知らない〈覚醒者〉を拉致したりするのを阻止するためです」
いつの間にか姿を消していたヴホシャ・リクミがお茶の入ったカップをのせたお盆をはこびながらおだやかな口調で云った。
「そ、そう云うこと!」
ヴホシャ・リクミの弁明にミクリアもあわてて便乗した。ミクリアの言葉にうなづきながらヴホシャ・リクミが給仕した。
「おお、すまんの、ヴホシャさん」
伝説の大魔導師の煎れたお茶に伝説の魔装剣皇が気さくな礼を告げてカップをかたむけた。
「……戦鬼や魔導師にゲーム感覚でドラゴン狩りをおこなわせる現行システムの有益性は儂も認めよう。しかし、このシステムにも限界がある」
「限界ですか?」
「オリベどの。ウラエイモス樹海調査団のクエストにレベル40以上のパーティーはどれくらいおったかの?」
その問いは先刻オリベ自身が疑問に感じたことだ。
「指揮官の『深紫の百足団』以外ひとつもなかったように思います」
オリベのこたえにシーグルスがうなづいた。
「このエリアにレベル40以上のパーティーがいないわけではない。しかし、レベル40以下のパーティーが200以上あるのに対して、レベル40~50のパーティーは『深紫の百足団』以外4組しかおらぬ」
「たった4組?」
「その4組は民鬼80名をひきつれて、クエタカント平野の南端、ブレトリク渓谷とのさかいに新たな城塞都市を建設するクエストをおこなっておる。ただし、かれらはみな〈未覚醒〉じゃ」




