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第4章 おだやかな世界〈11〉

挿絵(By みてみん)


 夜なので全容を把握することはむずかしかったが、白亜の塔へつづく三段ほどの階層には畑や森、居住区をしめすほのかなあかりも見えた。


 オリベたちのいる最下層は広大な田畑であるらしい。


「オリベくんに会わせたい人がいるの。ちんたら歩いているのも時間のムダだから、もう一度〈イス〉につかまってくれる?」


 オリベは内心辟易(へきえき)しながら、文句ひとつ云わずミクリアのぶしつけな言葉にしたがった。今のかれにほかの選択肢はない。


 オリベがミクリアの〈イス〉につかまると急激に速度が上がった。頭上にゆらめく緑のオーロラへ目を転じながら、オリベは思いだしていた。


 なにもない平野のまんなかへ荷物を下ろしてくるキャラバン警護のクエストがあると云ううわさを。


 深夜、平野のまんなかに立つセーブポイントへ荷物を下ろすと、大量の荷物があっと云う間になくなっていると云ううわさの真実は、おそらく天空城塞都市(ラピュータ)パセムへの物資輸送だったのだ。


 オリベがぼんやりとそんなことを考えている間に、ミクリアの〈イス〉は夜の畑をつっきり第2層へといたる断崖の際についた。


 高さ4~5mの断崖をうがつカタチで2階建ての家らしき扉や窓があった。屋根にあたる第2層にも草や木が生えている。


 家には土の前庭があり、そのわきには家畜小屋らしきものもある。ミクリアの〈イス〉がその家の扉へ近づくと、大きな観音開きの扉が外へ向かって開いた。


「ただいま。例のお客人をおつれしました」


「ただいま……って、ここはきみの家なのか?」


 天空城塞都市(ラピュータ)パセムにそびえる白亜の塔で五大老や大司教などの要人と面会させられると思っていたオリベはふつうの民家らしきところへつれこまれて当惑した。


 オリベがミクリアの〈イス〉から下りると、玄関の右手にあるひろいリビングへ通された。横穴の洞窟みたいに奥へ長い家であるらしい。


 8人掛けのダイニングテーブルにふたりの〈鬼人(ひと)〉が座していた。


 ひとりは細身の老人でひとりはエプロン姿の女性だった。どう云うわけかエプロン姿の女性の左腕はミクリアの足とおなじような雷電竜のウロコでよろわれている。


「おじいさま。魔装剣鬼のオリベくんです」


「うむ。なれぬお役目、大義であった」


 ダイニングテーブルについていた細身の老人が目をほそめてミクリアの労をねぎらうと、エプロン姿の女性があきれ声で云った。


「まあ、ミクリア! あなた、部屋着のままオリベさんを迎えにいったの!? もうすこし、レイディとしてのつつしみと恥じらいを知りなさい。オリベさんにも失礼でしょ! すいません、ほんとにもうこのコは……」


 エプロン姿の女性がオリベに向かって頭を下げた。


「もう、やめてよ、お母さま。恥ずかしい」


「恥ずかしいのは、お母さんの方です!」


(お母さま!? てことは、この人が伝説の大魔導師ヴホシャ・リクミ!?)


 長い金髪を頭のうしろに丸くたばねたエプロン姿の女性は気がつけばミクリアそっくりの美人だが、伝説の大魔導師が城塞都市でもよく見かける女性とおなじふつうのエプロン姿であることに虚を突かれた。


「あ~、こほん。オリベどの。ウラエイモス樹海調査団クエストまもなく、かような面倒に巻きこんで申しわけない。ま、こちらへおかけくだされ」


「いいえ……、あ、はい」


 オリベは老人にうながされるまま、老人の正面の席についた。ややあって、オリベは老人が宿屋『一本足蛙亭』の主人であることに気がついた。ログインするたびに、


「おはようございます、オリベさま。今日も狩りの女神ニムンヘグレスさまのご加護がありますように」


 と声をかけられていたのだ。『一本足蛙亭』のみならず、おちこちの宿屋で数回、彼の姿をみたことがある気がした。


 ゲームのプログラムだと思っていた時は気にもとめていなかったが、現実だとすれば不可解と云うほかない。

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