第4章 おだやかな世界〈10〉
「一般的にはパーティーの魔導師が無意識のまま発動する魔法で一括解体するんだけど、さっきのあなたみたいに単騎でドラゴンをしとめた場合、解体に時間がかかることはわかるでしょう?」
「ふだん、おれたちは倒したドラゴンを自分たちの手で解体していたのか。それを簡略化した魔法が〈リョウカード〉……」
「ご明察。ドラゴン狩りにおけるゲーム要素のとぼしい作業は無意識下で遂行できるよう、あなたたちは訓練されているの。ただ、ドラゴンの解体には時間がかかるし、不自然なタイムラグの問題が生じた。そこで解体作業を簡略化するために創りだされたのが〈リョウカード〉。私のお母さん3代目ヴホシャ・リクミの発明品よ」
「……猟果にかけたダジャレか」
オリベはミクリアのお母さんが大魔導師ヴホシャ・リクミであると云う衝撃の事実はあえてスルーした。そこへ食いつくとよけいに話が長くなる気がしたからだ。
「ちなみに、もう1枚の六角形のカードはアイテム収納用の〈アイテムカード〉。あなたの野営用のゲルやほかの装備なんかも圧縮魔法で〈アイテムカード〉に収納されているわけ」
『ドラグーン・ゲヘナ』の世界がゲームだと信じていた時は気にならなかったが、彼はつねに野営用ゲルをかついで歩いているわけでもなければ、毒消しの薬草などを腰にぶら下げて歩いているわけではない。
カードを媒体とした圧縮魔法と聞いて得心もいったが、まだ『おだやかな世界』の感覚が常識としてあるオリベにはふしぎな気がした。
「さあ、いきましょう」
ミクリアがオリベを倉庫のすみにあるゲートへうながした。倉庫のすみに灰色の厚い石壁で閉ざされた大小ふたつのアーチ型のゲートがあった。
ミクリアが小さなゲートわきにあるカメの頭をかたどった彫刻の石板に手をかざして云った。
「ミクリアおよび保護対象者1名、入城を申請する」
『……保護対象者は武装解除せよ』
ゲートの頭上から機械的なアナウンスがひびくと、カメの頭をかたどった彫刻が大きく口を開けた。
「オリベくん、グリソードとカードの袋をカメの口へあずけて。大丈夫。あとでちゃんとかえします」
逡巡するオリベにミクリアがつづけた。
「心配しないで。最初からあなたを殺す気ならカイマンドラゴンから助けたりしていないわ」
オリベの不安を看破したミクリアの言葉にオリベも不承不承納得した。
〈アイテムカード〉の入った袋と2本のグリソードを鞘ごとカメの口へ押し入れると、カメの口が閉じ、ブザー音が鳴った。
『……入城を許可する』
ゲートをふさいでいた石壁が消えて、その先に石畳の通路があらわれた。
「オリベくん。天空城塞都市パセムへようこそ!」
ミクリアがからかうように云った。
5
天空城塞都市パセムはクエタカント平野の空にうかぶ直径4kmほどの小さな浮島である。
島のぐるりは光学迷彩をかねたガラス状のドームでおおわれていて、周囲から視認することはできない。
島の中心に白亜の塔が屹立しており、その上部から枝のような支柱が放射状にのびてガラス状のドームをささえていた。
「天空城塞都市パセムは、あなたたちにとっての現実『おだやかな世界』を管理・運営する〈夢顕師〉や〈視想師〉の働いているところ」
「こんなものがあったなんて……」
オリベは天空城塞都市パセムの外縁部にあたる石畳の路を歩きながら感嘆した。




