第4章 おだやかな世界〈8〉
(……今のはなんだ? おれはなにを云ってたんだ?)
自分自身のとっぴな行動に虚を突かれ、呆然とたたずむオリベの眼前でダイオウヒクイナドリの死骸が跳ねた。
新たに地中からあらわれた2匹のカイマンドラゴンがダイオウヒクイナドリの死骸をめぐってあらそいだした。血のにおいにさそわれてやってきたのだ。
オリベのぐるりで砂塵が舞い、さらに3匹のカイマンドラゴンが黒々とした影を地表へさらした。
先にあらわれた2匹のカイマンドラゴンはまだオリベの存在に気づいていないようだが、あとからあらわれた3匹はオリベを完全にロックオンしていた。
ウラエイモス樹海調査団のクエストでレベル37になったオリベでも、治癒魔法をもつ魔導師のバックアップもなしに5匹のカイマンドラゴンを相手するのは自殺行為だ。
間近なドラゴンへ一太刀浴びせてひるんだ隙に、この場を逃げるより手はない。
(だけど、どこをめざして逃げればいい!?)
暗闇のなかでオリベは苦笑した。御厨紫峰が、かれをいざなわんとした目的地の見当がつかなかったからだ。
ひょっとすると、御厨紫峰と覚者はグルだったのかもしれない。
御厨紫峰はオリベを自らけしかけた覚者の襲撃から守ることで信頼をえて『ドラーグン・ゲヘナ』の真実に気づいたかれをドラゴンに抹殺させるため、なにもない平野までおびきだした可能性もある。
よしんば、これがオリベの無知が招いた状況だと云うなら、オリベは最後の最後までグリソードをふるって、その状況に抗ってやると覚悟を決めた。
(御厨紫峰! おれの運命をおまえに決めさせやしない!)
オリベへの包囲をせばめる3匹のカイマンドラゴンの右手側がほかの2匹より間が空いていた。
中央のカイマンドラゴンを突破しようとすれば左右のカイマンドラゴンから挟撃される。だとすれば、左右どちらかのカイマンドラゴンをかわして逃げるのが最善策だ。
オリベが右側のカイマンドラゴンへ一歩踏みだした刹那、頭上で鈴のような声がひびいた。
「つらぬけ、光の矢!」
光の矢ではなく、地中から火柱が上がって5匹のカイマンドラゴンを灼きつらぬいた。はげしい衝撃波にあおられてオリベの身体も後方へふき飛ばされる。
レベル30前後の魔導師がつかう〈光の矢〉ではなく、レベル50以上の法印魔導師があやつる攻撃魔法〈憤怒の火柱〉だ。カイマンドラゴン相手につかうほどの大技ではない。
「うわっ!」
頭をかばいながら地面を転がったオリベが身を起こすと、頭上へ展開した見知らぬ魔法陣へ5匹のカイマンドラゴンが吸いこまれて消えた。
魔法陣が収縮して消えると、頭上に半球体の黒い影がうかんでいた。
オリベの眼前へ音もなく下りてきた黒い影はひとりがけのソファーだった。右のひじかけに魔導師の杖、スレイヴァーン・ロッドがさしこまれている。
浮遊するソファーに腰かけた美しい女魔導師が小さく頭をたれた。
「ごめんなさい、オリベくん。この時間、夜行性のドラゴンが徘徊している可能性を失念していたわ」
「……御厨紫峰か?」
オリベは困惑しつつグリソードを両手にぶらさげたままたずねた。
「私の本当の名前はミクリア。ミクリア・リクミ。とり急ぎ、ここをはなれましょう。〈イス〉のうしろへつかまって」
「つかまるって、どこへ?」
魔導師ミクリアの座る〈イス〉が半回転してオリベに背を向けると〈イス〉の下半分をしめる球体の一部にくぼみがあった。
そこへ足をかけて背もたれへしがみつくしかないらしい。オリベはグリソードを鞘に収めると、ミクリアの言葉にしたがった。
「飛びます」
背もたれへしがみつくオリベを確認したミクリアの一言で〈イス〉が垂直に上昇した。風圧を感じることなく一気に数10mの高さへ到達すると水平飛行を開始した。




