第4章 おだやかな世界〈7〉
考えれば考えるほど、なぞはふかまるばかりだった。闇のなかを疾走するダイオウヒクイナドリの鞍上で自分の考えに気をとられていたオリベの身体がいきなり宙へなげだされた。
「……!?」
地中からおどりでたジバシリの3m級、レベル32のカイマンドラゴンが正面からダイオウヒクイナドリの胴体へかぶりついていた。前肢の爪がモグラのように大きく長い、ワニのような扁平四足歩行のドラゴンである。
竜眼の装備された魔装蟲輿ギザグソクムシなら移動中にドラゴンから襲われる可能性はひくいが、移動先で待機する必要のない召喚タイプの騎獣に竜眼は装備されていない。
そのため、召喚タイプの騎獣は移動中に周囲を警戒しておかねばならないのだが、単騎の騎獣に乗ることも召喚タイプの騎獣に乗ることも初めてだったオリベにそんな知識はない。
しかし、宙にほうりだされた刹那、ダイオウヒクイナドリの胴体へするどい牙をつきたてるカイマンドラゴンのシルエットを視認したオリベは自身の油断に臍を噛んだ。
狩場までレンタルの魔装蟲輿ギザグソクムシで移動するのがふつうになった今では失念していたが、徒歩による平地の移動では、つねに地中を音もなく移動するジバシリのドラゴンを警戒する必要があるのだ。
(……デカイ!)
一般的にこのあたりの平地へ顔をだすジバシリは1m級、レベル12のドラゴンモドキである。
平野でカイマンドラゴンと対峙することはまれだ。夜行性のドラゴンであるらしい。
空中でグリソードをひきぬいたオリベは着地すると同時に、ダイオウヒクイナドリの身体をあらあらしくふりまわしながら食べるカイマンドラゴンのななめうしろから襲いかかった。
ジバシリのドラゴンで警戒すべきは大きく長いあごや前足だけではない。死角からくりだされる尻尾の攻撃がやっかいなのだ。まずは尻尾の動きを殺す必要がある。
カイマンドラゴンは獲物にくらいつきながら、広い視野と野生の勘でオリベの挙動を察知していた。
オリベは、ぶうん! と重い音をたててしなるカイマンドラゴンの尻尾を左手のグリソードでいなしながら半歩しりぞいた自分に気づいてがく然とした。
(おれはビビったのか!? ……これが現実のドラゴン狩り!?)
いつものオリベなら尻尾の攻撃を半身に喰らっても突進し、そのつけ根に深々とグリソードを突き立てていたはずだ。
LPが多少けずられても致命傷ではないし、ドラゴン狩りでLPがけずられることなど当たり前の話だ。
「くそおっ!」
おのれの弱さをふりはらうかのように一声さけんだオリベはグリソードをかまえて突進した。
頭と尻尾をでたらめにふりまわすカイマンドラゴンのうしろ足を踏みつけ、定石どおり尻尾のつけ根に深々と左手のグリソードを突き刺した。
「……!?」
オリベの左手にカイマンドラゴンの硬い皮膚や肉、尻尾の骨を断ち斬る感覚がダイレクトにつたわってきた。これまでの『ドラーグン・ゲヘナ』では感じたことがないほど生々しい感覚に一瞬おびえた。
「ギキイイイ!」
痛みにうめくカイマンドラゴンが食べかけのダイオウヒクイナドリを口からおとすと、弓なりに身体をのけぞらせた。
オリベの顔めがけてそりかえったカイマンドラゴンの大きな口のおもてを右手のグリソードで斬りつけ、かえす左手のグリソードでカイマンドラゴンの頭部を大地へ串刺しにした。
「グブウ……」
カイマンドラゴンの全身から力がぬけた。さびくさい血のにおいがオリベの鼻腔をついた。
「てってれ~!」
オリベは無意識に戦闘終了の効果音(SE)をつぶやくと、腰の皮袋から円形のカードをとりだしてカイマンドラゴンの身体へあてた。
カイマンドラゴンの身体は一瞬で皮と肉と竜眼と龍玉に解体されると円形のカードへ吸いこまれて消えた。オリベは無意識の動作で円形のカードを腰の皮袋へおさめると、EP加算時に鳴る、
「てけてけてけち~ん!」
と云う効果音(SE)をつぶやいていた。




