第4章 おだやかな世界〈2〉
「おっはよ~、みんな」
教室へ入ってきた沖田宗巌が織部を見つけると小さく口をとがらせて拗ねた。
「織部くん、先にいくならいくってちょっと声かけてくれればよいのに、つれないなあ」
「え? ああ、ごめん。……あのさ、沖田。長宗我部って知ってる?」
「……チョウソカベ? なにそれ? なんかの呪文? エスメラルダさんが昨日の最後につかわなかった防御魔法とか?」
「え? あ、いや、なんでもない」
織部はあいまいに頭をふると、昨夜の〈ウラエイモス樹海調査団クエスト〉の話題で盛り上がる『名無しのパーティー』の輪に加わらず、カバンを机におくふりをして、そのまま自分の席へついた。
「……シェナンパさんの必殺技ナウ・ロマンティックって、スゴかったけどネーミングおかしくない?」
「にゃにゅにょ!? あのスゴ技、そんな名前だったのら?」
「ぼくはいつでも市姫さんにナウ・ロマンティックだけどね」
「やめてよ! 下ネタ王子!」
「いやいや、意味がわかりもうさぬ」
背中ごしの会話をうけて、織部はがく然とした。
(シェナンパさんの攻撃のあとでシンキが特攻して凍壊竜エシムギゴルドスの攻撃をそらしたのに、だれもおぼえていない!?)
みんなが幡随院信輝こと神装槍鬼シンキのことをおぼえていれば、あの時のことをあれほど楽しそうに会話することはできないはずだ。
織部は瞑目し、祈るように組んだ両拳を額へあてて思考をめぐらせた。
(……信輝や長宗我部たちはおれの妄想なのか!? おれがまちがっているのか!?)
織部はなにか自分が以前にも似たような経験をしたおぼえのあるような気がした。いるはずのない者がいて、いなくなったはずの者がいて、いるはずの者がいない……。
ふかい闇の中から織部の脳裏に認識処理速度が追いつかないほどの映像がフラッシュバックした。
(これは……!?)
織部は自分が違和感の真相へ到達したことに気づく間もなく、しずかに気をうしなっていた。
3
織部が目をさますと視界へとびこんできたのは白い天井と、憂いをおびた瞳で彼を見つめる御厨紫峰だった。
「ここは……?」
「保健室。あなた教室で気をうしなっていたの。貧血かしらね。ちゃんとごはん食べてる?」
織部は保健室のベッドに寝かされていた。過去にもおなじような経験をしたことがある。織部は上体をゆっくり起こすと、ややあってこうつぶやいた。
「……御厨紫峰。きみはおれの身に起こったできごとをすべて知っているんだな?」
織部はかれの問いかけに一瞬、狼狽した表情をうかべた御厨紫峰へたたみかけた。
「夜の学園で鉄の剣をもつ覚者みたいな黒いモヤモヤとやりあったこと。殺人鬼に殺されたはずのヨッシーがなにごともなかったかのように生きていたこと。昨日までいたはずの信輝や長宗我部たちが消えてみんなから忘れさられてしまったこと。……きみがおれやみんなの記憶を操作したのか?」
御厨紫峰は嘆息すると小さく頭をふった。
「その云い方は正確じゃないわね。私はただ……」
御厨紫峰がなにか云いかけたところで、いきなり保健室の扉がガタガタとふるえだした。




