第4章 おだやかな世界〈1〉
1
織原織部は朝からいささか憂鬱だった。
昨晩『ドラグーン・ゲヘナ』でウラエイモス樹海調査団のクエストを攻略しているさなかには気にもとめなかったが、神装槍鬼シンキこと幡随院信輝は長宗我部勝家たちの魔装銃鬼をゲームオーバーさせた上に、自身も崇高なる自己犠牲でゲームオーバーしている。
セーブデータはすべてご破算、ふたたび『ドラグーン・ゲヘナ』をはじめたとしてもレベル1からやりなおしである。
そのことをうらんで長宗我部たちが幡随院信輝や自分たちへカラんでこないともかぎらない。盗賊なんてバカなことをしていた報いではあれど、バカに正論が通じるはずもない。
(おれや沖田はともかく、信輝のことは守ってやらなきゃ)
織部は腹をくくると成城寺学園へ歩をはやめた。
2
「おっはよ~! 昨日はウラエイモス樹海調査団クエスト、無事終了なのら!」
「おはよう、ヨッシー。昨日はおつかれ」
「おはよう、織部くん。昨日の凍壊竜エシムギゴルドス、レベル73とかマジありえなくない? すごかったよね~」
「おはよう、草壁」
1年C組の教室へつくなり、昨晩の『ドラグーン・ゲヘナ』ネタをふられた織部が狼狽した。
篁芳乃や草壁市姫にとっては充実のクエストでも、信輝にはかならずしも楽しい話題でないはずだ。教室を見まわすと信輝の姿はなかった。
「信輝はまだきてないの?」
織部の言葉に市姫が首をかしげた。
「ノブテルってだれ?」
「なに云ってんだよ。信輝だよ。シンキ」
「ノブテルってシンキ? やだ、もう朝っぱらからなにわけわかんないこと云ってんの? 昨日のクエストで興奮しすぎてヘンな夢でも見たんじゃない?」
「え? いや、だから昨日はシンキのおかげでおれたち助かったんじゃ……」
「おはようでござる! おお、みなおそろいか! 昨夜は獅子奮迅のはたらき、ごくろうでござった!」
織部の言葉をかき消すように教室へやってきたのは柳生重隆だった。
「おっはよ~!」
「おはよう、柳生くん。て云うか、ゲオルギウスがぬけきってないし」
芳乃と市姫が柳生へ笑って挨拶をかえした。
織部が壁際の信輝の席に目を向けると、そこには信輝ではない生徒が座っていた。席についているのは、ひょろっとして背の高い佐倉心太と云う生徒である。たしか剣道部だったはずだ。
織部はたしかに彼のことを知っている。しかし、だとすれば昨日までその席についていた幡随院信輝の席はどこにある?
胸騒ぎをおぼえた織部がふりかえると、長宗我部の席には佐藤、瀬崎の席には田中、行川の席には高橋が座っていた。みんな玄武寮でサッカー部に所属する気のよい生徒たちだ。
(……どう云うことだ!?)
織部は混乱した。昨日までいたはずのクラスメイトが別人とすりかわっているのに、彼はすりかわっているクラスメイトが〈以前からいた〉生徒だと認識している。
織部の記憶どおり、信輝や長宗我部たちが実在していたとすれば、佐倉・佐藤・田中・高橋の席は別にあったはずだが、それも思いだせない。




