第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈4〉
「ウゼエんだよ、チビ!」
長宗我部はそう吐き捨てると、自分の席へ踵をかえした。ふたりのとりまきもかれにつづく。
「なにあれ? ホント感じ悪い」
「そうだよそうだよソースだよ」
千姫と芳乃が小声で云いながら自分たちの席へもどった。織部が肚の底にささやかな不快をおぼえながら息をつくと、窓際最前列の席からふりかえり、かれを見つめる視線に気づいて動揺した。
長いぬばたまの黒髪が美しい女子生徒だった。学園一の美貌を謳われる御厨紫峰だ。学業もスポーツもそつなくこなす優等生だが、無闇にものしずかで男女ともにとりつく島がない。
着席している御厨の手にカバーのかかった文庫本があった。読書中にさわがしくされて気を悪くしたのかもしれない。織部と目のあった御厨紫峰がしずかに前をむいて文庫本へ目をおとした。
織部が玲瓏な美少女から無言であたえられた減点にいささかおちこみながら席につくと、沖田が小さく笑って云った。
「たすけてくれてありがとう。でも、どうせあいつらヘタレだよ」
「わかってるけどね」
織部のうしろの席についた信輝が腹立たしげにつぶやいた。
「神装突刹徽槍があれば、あんなやつら串刺しにしてやるのに」
「そう云うこと云うから、オタクってバカにされるんだよ。……ただ、長宗我部が魔装槍鬼でも、シンキには勝てないだろうな」
「だろう?」
信輝が不敵な笑みをうかべるとHRの本鈴が鳴った。担任の尾辻先生がいつものようにくたびれたようすで教室へ入ってきた。
「起立。気をつけ。礼」
日直である御厨紫峰の号令にしたがって生徒たちが朝の挨拶をおこなうと、尾辻先生が淡々とした口調で告げた。
「みんなも知ってるとは思うが、昨日も幡ヶ谷区の菊敷で例の殺人鬼によるものと思われる犠牲者がでた」
「女子の朱雀寮の方じゃん」
生徒のだれかがつぶやいた。女子生徒たちにかすかな緊張が走る。
「この20日間で16人。まだ殺人鬼はつかまっていない。みんなも登下校は寮ごとにまとまってなるべく多人数でするように。もっとも玄武寮の集団登校は逆に威圧的で、近隣住民からいくつか苦情もよせられているようだが」
尾辻先生の言葉に教室中が爆笑した。当の長宗我部たちが忌々しげに下を向く。
「殺人鬼がつかまるまではむやみに寮からでない。用があって外出する時は声をかけあって多人数で行動する。死角になるようなところへは立ち入らない」
「死角になるようなところってどこですか?」
ぶしつけな生徒の質問に頓着することなく尾辻先生がこたえた。
「人気のないせまい路地、街灯のない小路」
「だれがいくんだよ、そんなとこ」
「そんなとこあったっけ?」
教室の中がけそけそとざわめく。
「登下校時の通学路には警察も巡回しているから、あかるいうちは問題ないと思うが、夜の外出は寮則違反でもあるので、絶対ひかえるように。以上」
尾辻先生が御厨紫峰へ小さくうなづくと、かのじょが無感情な声で号令した。
「起立。気をつけ。礼」