第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈3〉
この手のRPGでは、こまめにマップで俯瞰から現在位置を確認するタイプと、グラフィック情報を元に現在位置をざっくりと把握し、てきとうに進んでいくタイプとに分かれる。無論、芳乃は後者である。
「えっとね、どのへんとかはわかんないんだけど、ヘビクイワシのレリーフがある小さな廃墟のところら」
「ああ、そこなら知ってる。森の南東だよ。あのあたりにでるモンスターの上限って、レベル14のモモイロコヨーテくらいだから、群れにとりかこまれててもぜんぜん平気だと思う」
沖田が確信をもってこたえた。
「うるうる。よかった~。みんなはやくたすけにきてほしいのら。お礼になんでもするのら」
「わかりました。あとで片乳もましてください」
芳乃の言葉に沖田がさわやかな笑顔とていねいな言葉で最低の下ネタをかました。いつもながらの切りかえしではあるが女性陣がひく。
「やめてよ、この下ネタ王子!」
「はにゃにゃ! 本気っぽくてコワイんらよ!」
「いや、むしろ堂々としていて清々しいと思う。おれにはマネできん境地だ」
本気で感心する信輝を千姫が軽蔑した。
「チョーヘンタイ」
「超変態、幡随院信輝! ジャキーン!」
千姫の言葉にめげるどころか両腕をななめに上げてわけのわからないポーズを決めた信輝の背中に冷めた言葉が突き刺さった。
「どけよバカ。ジャマだ」
教室のうしろから長身でゴツい男子生徒がペッタンコのカバンで信輝の頭をはたいた。
「いてえな、長宗我部!」
横幅はともかく縦幅の体格でおとる信輝がひかえめに抗議した。
「キショいオタクが朝からゲームの話でサカってんじゃねえよ、バカが」
長宗我部勝家の言葉に彼を追従するふたりの男子生徒がヘラヘラと笑った。瀬崎と行川だ。瀬崎がいやらしい口調で云った。
「お前らみたいなキショいオタクなんて殺人鬼に殺されちまえよ」
じつは最近、成城寺学園のある幡ヶ谷区に無差別殺人鬼が跋扈していた。連日、犠牲者がでているのに犯人の行方や正体は杳として知れず、住民を不安と恐怖におとしいれていた。
「……たしかに、その殺人鬼がこわくて、先生に云われたとおり、寮から2列縦隊で集団登校しているきみたちが襲われる可能性は低いだろうね」
織部の前の席に座る沖田が冷淡な口調で揶揄した。
成城寺学園は一風かわった全寮制の高校である。
全寮制とは云っても学園内に寮はなく、男女別々の寮が幡ヶ谷区の数ヶ所へ点在している。寮もそれぞれ個性的で、共用の大きな玄関食堂風呂トイレ洗濯場を有した寮棟から、フロトイレつきの1Kと完全に独立したタイプまでさまざまである。
織部や沖田の麒麟寮は寮則とよべるほどきびしいものはないが、長宗我部たちの玄武寮は寮則が軍隊なみにきびしく、徹底した集団行動がもとめられる。
そのため、長宗我部たちは心ならずもむくつけき男だらけの集団登校につらなっていた。防犯対策とは云えみっともよいものではない。沖田の言葉は長宗我部たちの羞恥を突いた。
「なんだとテメエ!」
「やめなよ、朝から」
かれらの中でもっとも背の低い織部が席を立ってふたりを諌めた。教室内の異変を感じとったまわりの生徒たちも無言で緊張するとしずかに気配を殺す。かかわりあいになるまいと云う自己防御本能だ。
しかし、織部はおちついていた。ふだんからわがもの顔でのさばっている長宗我部たちだが、かれらが実際にハデなケンカをしているところは見たことがない。ある程度の示威行動ができれば、かれらのちっぽけな矜持は満足なのだ。校内にHRの予鈴が鳴った。