第2章 ウラエイモス樹海調査団〈12〉
『ドラグーン・ゲヘナ』には戦鬼同士の決闘モードや戦争モードもある。
お互い合意の上であれば、戦鬼同士やパーティー同士で戦うこともできるし、相手を殺しても賊鬼になることはない。
設定上では、城塞都市や教団との戦争時も同様である。所属する都市や教団がパーティーあつかいとなる。
ただし、どちらの場合も勝者へEPは加算されるが、殺した相手のアイテムやEPをうばうことはできない。
「メーカーの天戸亭へ通報できないのかな?」
「殺られた人がしてるのではないか?」
信輝と柳生のハテナに沖田が首をかしげた。
「でも完全無料で課金制とかじゃないから、金銭的損失にあったわけではないし、名誉毀損とか誹謗中傷のたぐいでもないから、賊鬼を特定してログインID抹消って云うわけにもいかないんじゃないかな?」
「クラッキングなら犯罪でも、黒魔法なら『ドラグーン・ゲヘナ』のルール適応範囲内ってことになる。むしろメーカー、プログラマーの想定が甘かっただけなのかもしれない。プログラムの盲点、あるいは悪意とか」
「なにそれ?」
織部の補足を市姫が問いただす。
「解錠の魔法はふつうにあるじゃん。地下迷宮の秘密の扉とか、宝箱の鍵とか」
「うん。便利よね」
「それがたまたまゲルの結界解除にもつかえた可能性もあるってこと」
「メーカーやプログラマーも神さまじゃないから、バグやミスを看過することはあるよ。でも悪意って発想はこわいな。人の心の弱さを試してるってことだね?」
「さすがにそれはないと思うけど」
沖田の指摘に織部が小さく笑った。
たとえば、自転車の前輪後輪にふたつずつしっかりした鍵がかかっていれば、だれもその自転車を盗もうとは思わない。
しかし、自転車に鍵がついたまま放置されていれば、つい魔がさして自転車を盗んでしまう人もいないとはかぎらない。
そう云った人の心の弱さや悪意につけこんだのが賊鬼魔導師の黒魔法ではないか? そんな可能性を織部はふと考えた。覚者に人を襲わせるイベントを用意するプログラマーならやりかねない。
「だとすると、やっぱ『ドラグーン・ゲヘナ』はすごいよ。人の善意だけじゃなくて悪意も肯定しているってことだからね。「それが世界だ、どう生きる?」って、ぼくたちに問いかけているのかもしれない」
「ううむ。深遠である」
柳生が腕組みして感心した。
「おれはなにがあっても黒魔法なんかに手はださないぞ」
「信輝は絶対ないだろうね」
うなづく織部に市姫が皮肉っぽく水を向けた。
「あなたはありそうね、沖田くん」
「そうだね。ぼくはわからないかも。……オフィーリアの心と身体を手に入れるためなら、ぼくは悪魔にだって魂を売ってみせる」
「こっ、この変態下ネタ王子っ!」
ひかえ目な胸を両手でかくして本気でおののく市姫の悲鳴にみんなが爆笑した。
「……『ドラグーン・ゲヘナ』にそんな魔法ないって」
10
ウラエイモス樹海調査団・3日目。ログインした一同を待っていたのは、またしても凶報だった。
襲撃されたのは昨日同様、魔装槍将アフマルドのパーティーである。殺されたのはひとり。魔導師マルキリップだった。
昨夜、魔導師マルキリップはほかの魔導師たちと、それぞれのレベルにあわせて大小の結界を重ねあわせることで、パーティーの結界を強化した。
しかし、結界は破られ、魔導師マルキリップは自身のゲルの中で惨殺されていた。
首・両手、両足を切断されたマルキリップの胴体がゲルの中央に転がっていた。
手足は胴体の四隅へ上下左右を入れ替えたかたちで地面に突き刺されていて、胴体の上には羊皮紙をくわえたマルキリップの頭部が置かれていたと云う。
羊皮紙には血文字でこう書かれていた。
『明日はおまえだ。アフマルド』
23人から19人へ減ったアフマルドのパーティーは恐慌をきたした。
「みんなおちつけ! 今日は5つ目のマーカーポイントで法印魔導師エスメラルダのパーティーと合流する! 彼女はレベル50の法印魔導師だ。それに賊鬼のねらいが私なら、これ以上きみたちが犠牲になることはないから安心してくれ!」
疑心暗鬼となった戦鬼のひとりがわめいた。
「本当に信用できるのかよ!?」
「おちついてくれたまえ! ここで我々がうき足だてば賊鬼の思う壺だ。マルキリップたちの多重結界はやすやすと破られたわけではない。よしんば、そうであれば昨日以上に犠牲者がでていてもおかしくないはずだ」
「……そりゃあ、たしかに」
「賊鬼は多重結界の解除に手間どったからこそ、ひとりしか襲うことができなかった。そして、その事実をかくし、我々を恐怖させるために、あのようなクダラナイ演出をほどこしたのだ。やつらはあえてひとりしか襲わなかったのではない。ひとりしか襲えなかったのだ!」
アフマルドの言葉にパーティーの動揺がかろうじておさまった。




