第2章 ウラエイモス樹海調査団〈11〉
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「盗賊ねえ。そっちはとんでもないことになってるさ」
成城寺学園の昼休みである。1年C組の教室でいつものように『ドラグーン・ゲヘナ』の仲間が昼食をとりながら、2日目のクエストの情報交換をしていた。
「私らアギハベラミド復興組は、それほど大きな混乱もなくクエストこなしているけどさ」
「えへへ~。私レベル19になったんですよ」
彰子のとなりで上杉小町が嬉しそうにほほ笑んだ。
「よかったじゃない。その分だとクエスト終了までにレベル22くらいまで上がってるんじゃない?」
「ええ、がんばります。沖田さんたちの方はどうですか?」
「ヨッシーとはいい感じになりそうなんだけど、オフィーリアを口説きおとすにはもうすこし時間がかかりそうかな?」
「にゃにゅにょっ!? そんなおぼえはないのら!」
「なに私がちょっとなびいている風に云ってくれちゃってるわけ!? 小町ちゃんが聞いてるのはそう云うことじゃないでしょ! この下ネタ王子!」
「ホント市姫さんはからかい甲斐があってかわいいなあ。……狩りはまあまああるけど、EPは100人で山分けだから、なかなか上がらないよ」
沖田が小町に云った。どさくさまぎれにかわいいと云われた市姫は、むくれながらいささか照れる。
「おれはあと8ポイントでレベルアップでござる」
「おれももうすぐ」
沖田の言葉に信輝と柳生が云った。
「そんなことより聞いた? オルムテサミドの話さ」
「オルムテサミド?」
話題をかえた彰子に市姫が聞きかえした。
「私らがクエストに発ったあとのことさ。オルムテサミド城前の噴水広場で〈鉄の剣〉をもった覚者が、集まっていた戦鬼たちに斬りかかったんだって」
「ウソ! 覚者って無害なプログラムじゃなかったの!?」
沖田がたずねた。
「だれか死んだの?」
「まさかさ。周りは戦鬼だらけよ。すぐに捕り押さえられて、衛士にひきわたされたらしいんだけど、なかなかの剣技で数人の剣鬼のLPを削ったんだとさ」
「……油断も隙もないなあ」
「ちょっとしたハプニングであろう。命まではとられまい」
肩をすくめる信輝に柳生が笑った。ウラエイモス樹海調査団はスイドラだけでなく、なぞの盗賊団にまで警戒しなければならないのに、それまで無害だと思われていたプログラムにまで警戒の目を光らせなければならないのは精神的につらい。
しかし、織部は別のワードにひっかかっていた。
(……〈鉄の剣〉をもった覚者?)
そんなものに心当たりはないはずなのに、胸中へ不自然なさざ波が立つ。
「今夜ログインしたら賊鬼が捕まっているといいな」
能天気な信輝に市姫が乗っかった。
「ウワサの盗賊団の正体を突きとめて、とっちめてやりたいよね!」
「しかし、賊鬼を殺せば我らも賊鬼となり下がるのではないか?」
「ありゃりゃ、そうら」
「いいや。一度でも戦鬼を殺した賊鬼は、モンスターあつかいになるはずだよ」
「だろうな。うす汚いやり方でレベルアップをもくろむやつらなんてたたき斬ってやる」
「神装槍鬼の腕が鳴るぜ!」
「……でもどうして、ゲームに賊鬼なんて設定があるんでしょう? そんなのなければ、もっと楽しいのに」
盗賊団殲滅に燃えるウラエイモス樹海調査団パーティーのかたわらで小町が首をひねった。
「仮想空間だからこそ悪役を気どってみたくなるヤツもいるからだろうさ」
「それがドラゴンやモンスターへ向けられるものなら無害でいいけど、戦鬼に向けられるのは、やっぱ不愉快だよ」
「プレイ中にバトるならいざしらず、寝こみ(ログオフ中)を襲うなんて卑劣すぎるら」
彰子の言葉に市姫と芳乃は得心しなかった。




