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第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈25〉

挿絵(By みてみん)


 御厨(みくりや)はなにも云わずに織部のわきへ立つと、織部の腕を自分の肩へかけた。織部の腕にはさまれたぬばたまの長い黒髪をかき上げて、織部の腰へ手をまわす。


「あ、いいなあ」


 学園一と(うた)われる美少女に密着された織部をうらやましがった信輝(のぶてる)が思わず心の声を漏らす。


御厨(みくりや)さん、織部くんはぼくが保健室へつれていくよ」


 騎士道精神を発揮する沖田の言葉に御厨(みくりや)(かぶり)をふった。


「保健委員ですから。もうすぐHRがはじまるので、みなさんは席についてください。……さ、いきましょう織部くん」


 沖田があわてて教室のうしろ扉を開くと、織部の身体をささえた御厨(みくりや)会釈(えしゃく)して教室をあとにした。織部の机に織部のカバンをおいた芳乃(よしの)がふたりの背中を心配そうに見つめていた。



     13



 保健室にはだれもいなかった。御厨(みくりや)紫峰(しほう)は織部を鉄パイプのフレームでできた白いベッドへ腰かけさせた。額に手をあてて熱を計ると後頭部を触る。


「すこし熱もあるようね。ぶつけたところは痛くない?」


「……大丈夫」


「しばらく横になった方がいいわ。上着とネクタイを脱いで」


「……ああ」


 織部が上着を脱いでいると、御厨(みくりや)がひざまづいて織部の上履きを脱がそうとしたので、織部があわてた。


「自分でやるからいいよ」


「そう。それじゃ上着貸して」


 御厨(みくりや)はベッドの枕側の壁にかかったハンガーをとると、織部の上着をかけた。


 ネクタイよりも先に上履きを脱いでいると、御厨(みくりや)が織部のネクタイに手をかけた。御厨(みくりや)の小さな頭が織部の顔に近づいて、女のコ特有の甘い香りがした。織部は照れた。


「じ、自分でできるって」


「時間の短縮よ」


 御厨(みくりや)がこともなげに織部のネクタイをほどいてハンガーへかける。織部は腰をずらして毛布の中へ足を入れると、御厨(みくりや)が毛布の端をもって織部の首元へやさしくひき上げた。いちいち介添えされるのが恥ずかしい。


 御厨(みくりや)がベッド周りをカーテンでさえぎると姿を消した。洗面台をつかう音や棚をさぐる音がすると、水の入ったガラスのコップと錠剤を手にもどってきた。


「トランキライザー。飲んだらおちつくわ」


「……トランキ、ライザ?」


「鎮静剤よ」


「ありがとう」


 織部は御厨(みくりや)からガラスのコップをうけとると鎮静剤をのんだ。ベッドへ横になると始業を告げるチャイムが鳴った。


「ごめん御厨(みくりや)。いろいろありがとう。チャイムも鳴ったし、教室へもどってくれ」


 しかし、御厨(みくりや)は織部の言葉を無視してベッドのわきへ腰かけた。


「……御厨(みくりや)?」


 織部が顔を上げかけると、御厨(みくりや)の右手が織部の目をおおいかくすように、織部の頭を枕へやさしく押しもどした。


「……?」


 御厨(みくりや)が織部を目かくししたまま背中で語った。


「ごめんなさい、織部くん。私が至らないせいで、あなたにはつらい想いをさせてしまった」


「なにを云ってるんだ、御厨(みくりや)?」


 織部がしずかな声でたずねた。御厨(みくりや)と口をきくのは今日が初めてであり、保健委員の仕事とは云え、迷惑をかけたのは自分の方だ。御厨(みくりや)は小さく(かぶり)をふった。


「わからなくていいの。……なにもかも忘れて眠りなさい」


 御厨(みくりや)の香りが近づくと目かくしされた織部の顔に御厨(みくりや)の長い髪がこぼれる感触があり、額にやわらかな唇が押しあてられた。

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