第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈25〉
御厨はなにも云わずに織部のわきへ立つと、織部の腕を自分の肩へかけた。織部の腕にはさまれたぬばたまの長い黒髪をかき上げて、織部の腰へ手をまわす。
「あ、いいなあ」
学園一と謳われる美少女に密着された織部をうらやましがった信輝が思わず心の声を漏らす。
「御厨さん、織部くんはぼくが保健室へつれていくよ」
騎士道精神を発揮する沖田の言葉に御厨が頭をふった。
「保健委員ですから。もうすぐHRがはじまるので、みなさんは席についてください。……さ、いきましょう織部くん」
沖田があわてて教室のうしろ扉を開くと、織部の身体をささえた御厨が会釈して教室をあとにした。織部の机に織部のカバンをおいた芳乃がふたりの背中を心配そうに見つめていた。
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保健室にはだれもいなかった。御厨紫峰は織部を鉄パイプのフレームでできた白いベッドへ腰かけさせた。額に手をあてて熱を計ると後頭部を触る。
「すこし熱もあるようね。ぶつけたところは痛くない?」
「……大丈夫」
「しばらく横になった方がいいわ。上着とネクタイを脱いで」
「……ああ」
織部が上着を脱いでいると、御厨がひざまづいて織部の上履きを脱がそうとしたので、織部があわてた。
「自分でやるからいいよ」
「そう。それじゃ上着貸して」
御厨はベッドの枕側の壁にかかったハンガーをとると、織部の上着をかけた。
ネクタイよりも先に上履きを脱いでいると、御厨が織部のネクタイに手をかけた。御厨の小さな頭が織部の顔に近づいて、女のコ特有の甘い香りがした。織部は照れた。
「じ、自分でできるって」
「時間の短縮よ」
御厨がこともなげに織部のネクタイをほどいてハンガーへかける。織部は腰をずらして毛布の中へ足を入れると、御厨が毛布の端をもって織部の首元へやさしくひき上げた。いちいち介添えされるのが恥ずかしい。
御厨がベッド周りをカーテンでさえぎると姿を消した。洗面台をつかう音や棚をさぐる音がすると、水の入ったガラスのコップと錠剤を手にもどってきた。
「トランキライザー。飲んだらおちつくわ」
「……トランキ、ライザ?」
「鎮静剤よ」
「ありがとう」
織部は御厨からガラスのコップをうけとると鎮静剤をのんだ。ベッドへ横になると始業を告げるチャイムが鳴った。
「ごめん御厨。いろいろありがとう。チャイムも鳴ったし、教室へもどってくれ」
しかし、御厨は織部の言葉を無視してベッドのわきへ腰かけた。
「……御厨?」
織部が顔を上げかけると、御厨の右手が織部の目をおおいかくすように、織部の頭を枕へやさしく押しもどした。
「……?」
御厨が織部を目かくししたまま背中で語った。
「ごめんなさい、織部くん。私が至らないせいで、あなたにはつらい想いをさせてしまった」
「なにを云ってるんだ、御厨?」
織部がしずかな声でたずねた。御厨と口をきくのは今日が初めてであり、保健委員の仕事とは云え、迷惑をかけたのは自分の方だ。御厨は小さく頭をふった。
「わからなくていいの。……なにもかも忘れて眠りなさい」
御厨の香りが近づくと目かくしされた織部の顔に御厨の長い髪がこぼれる感触があり、額にやわらかな唇が押しあてられた。




