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第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈24〉

挿絵(By みてみん)


 ふつうの女のコなら、好きでもない男のコとキスしていたと誤解されたら、全力で否定するに決まっている。他人のために笑顔で道化を演じることのできるやさしさと強さをもっていたのが(たかむら)芳乃(よしの)と云う女のコだった。


 気がつくと、織部は泣いていた。自分の感情は泣くほど(たかぶ)っていないはずなのだが、自然と涙があふれてとまらなかった。


(そうか。おれもやっぱり哀しかったんだ)


 織部は顔を涙で濡らしながら学園へとかけた。



     12



 学園前が報道陣でごったがえしているところを想像していたのだが、人だかりなど微塵もなかった。学園の雰囲気もいつもとかわらない気がする。


 織部は昇降口脇の水道で涙に濡れた顔を洗った。教室はさぞ(くら)い雰囲気につつまれているのだろうと覚悟していたのだが、廊下へ笑い声さえひびいていた。いぶかしみつつ教室のうしろ扉を開くと、織部は驚愕(きょうがく)した。


「おっはよー! ……どったの、オリたん目赤いのら?」


「おはよう織部くん。なあにその顔? 昨日もなんか徹夜?」


「おはよう織部」


「おはよう織部くん。今日もゆっくりだったんだね。先にいってたかと思ってたよ」


「……ヨッシー?」


 織部はわが目を疑った。昨晩、殺人鬼に殺されたはずの(たかむら)芳乃(よしの)がいつもとかわらぬ笑顔を見せていた。そして、昨晩あれほど悲嘆に暮れていた千姫や信輝(のぶてる)や沖田までが、なにごともなかったかのように芳乃(よしの)と笑いあっていた。織部は足元から力がぬけていくような気がした。


「……どうなっているんだ?」


 愕然(がくぜん)とする織部のつぶやきに信輝(のぶてる)が首をかしげた。


「なにが?」


「なにが? って、おまえ夕べ……」


「ああ。夕べ『ドラグーン・ゲヘナ』でさあ……」


「そんなこと云ってるんじゃない!」


 へらへらと笑う信輝(のぶてる)を織部がどなりつけた。意外な剣幕に周囲がたじろぐ。


「ちょ……どうしたの、織部くん?」


「オリたん、大丈夫ら?」


 芳乃(よしの)が近づくと織部の額に手をあてた。芳乃(よしの)のやわらかい手の感触がつたわる。


「う~ん、ちょっち熱っぽいかもしれないのら」


(どうなってるんだ!? 昨夜のできごとも全部おれの妄想だったってのか!? それとも今がおれの妄想なのか!?)


 織部は自分の顔を手でさぐった。〈リンクス〉をかけたまま歪んだ現実でも見ているのかと疑ったが、もちろんそんなものはかけていない。


 織部は目を見開いたまま、くずれるように尻餅をついた。頭と背中を教室背面のロッカーへ打ちつけてにぶい音がした。


「おい織部、大丈夫か?」


 いきなりどなりつけられて目を白黒させていた信輝(のぶてる)が我にかえってかけよると、芳乃(よしの)たちも心配そうに織部の顔をのぞきこんだ。


 沖田がかたわらにおちている織部のカバンを芳乃(よしの)へあずけると、信輝(のぶてる)とふたりで両わきから織部を立たせた。まだすこし呆然としている織部の足に力が入らなかった。腰ほどの高さのロッカーにひじをかけてもたれるように立つ。


「……ごめん信輝(のぶてる)。ありがとう沖田」


 織部がなんとかふたりに礼を云った。


「織部くん、保健室につれていった方が……」


 市姫がそう云いかけると、


「私がつれていきます」


 うしろからやってきた女子生徒が毅然(きぜん)と告げた。


御厨(みくりや)さん?」


 あらわれたのは御厨(みくりや)紫峰(しほう)だった。

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