第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈1〉
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「……で、そっからがすごかったのなんの。3回くらい死にかけたよな、織部?」
「ああ。あれはかなりヤバかった」
幡随院信輝の言葉に織原織部が苦笑した。
成城寺学園高等部1年C組の教室の一角につどう男女が、朝からゲームの話題で盛り上がっていた。
ゴーグル式PC〈リンクス〉でプレイするオンラインRPG『ドラグーン・ゲヘナ』の話だ。
ゴーグル式PC〈リンクス〉は、スポーツ用サングラスのように目元を完全におおうゴーグル型のPCである。
おおまかな操作は目の動きと脳波で使用者の意思を読みとるシステムになっている。
メガネの耳にかける部分の幅広のツルに伸縮性のイヤホンがついているので、周囲に気がねなく3Dの映像作品を見ることもできれば、フレームに内蔵されている骨伝導集音マイクで電話や音声チャットも可能だ。
もちろん、ゴーグルごしの実景にさまざまな情報をかさねて見ることもできる。
ゴーグルに表示されたキーボードへ手を這わせれば、なにもない空間でタイピングすることもできるし、表示されたウインドウのデータを指先でスクロールさせるなど、タブレット端末同様の操作も可能だ。
〈リンクス〉は次世代型情報端末として世界を席巻した。
さらに〈リンクス〉の普及を加速させたのが〈疑似体感型ゲーム〉である。プレイヤー目線で操作する3Dアクション(FPS)ゲームの臨場感は従来とは比較にならなかった。
なかでも、新興のゲームソフト会社・天戸亭からネット配信された無料オンラインRPG『ドラグーン・ゲヘナ』の人気は群をぬいていた。
ひらたく云うと、異世界にはびこるさまざまなドラゴンを倒していくと云うありきたりな物語だが、グラフィックや音響の見事さ、設定の緻密さや難易度の高さがマニアのハートをわしづかみにしていた。
「織部くん無謀すぎなんだよ。MPがチャージされたら、いっつも全開攻撃。そのあとノーガードになるから、なんど沖田くんの防御魔法ラプリガと私の回復魔法ボルキガでフォローしたか」
織部のとなりの席から、アバター同様つり上がった猫目のかわいらしいショートボブの少女が云った。魔装銃妃オフィーリアこと草壁市姫である。
「あれはギリギリの賭けだったよね。織部が死んでたらパーティ全滅。1からやりなおしってとこだったんだから」
魔導師ムードラこと沖田宗巌が肩をすくめた。
『ドラグーン・ゲヘナ』はアバターが死ぬとセーブデータも消失する。完全に最初からやりなおさねばならない。
「結果的に全員レベルが2つずつ上がったんだからいいじゃないか。つぎはもうすこし考えるって」
魔装剣鬼オリベこと織原織部がちっとも反省していないようすでこたえた。
「ウソだろ? レベル2アップ!? どうしておれもさそってくれなかったんだよ」
「そうらよ! ヨッシーもみんなとパーティー組んでバトりたかったのら!」
『ドラグーン・ゲヘナ』の世界で、魔装槍鬼の柳生重隆と魔装銃妃の篁芳乃がくやしがった。一気にレベル2アップなんて体験したことがない。
「草壁から情報もらってログイン前にコールしたんだけど、おまえらでなかったから。じゃ、おれたちだけでいくかって。そもそものねらいはレベル40のエンドラだったから、あんまり大勢でいくとポイントの分け前減るし」
神装槍鬼シンキこと幡随院信輝が悪びれずに云った。
ちなみに、エンドラとは炎の攻撃力をもつ竜を指す。カエンのエンとドラゴンのドラでエンドラ。雷の攻撃力をもつ竜だとエレドラ、水や氷の攻撃力をもつ竜だとスイドラ、コードラなどと略称する。