第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈11〉
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ベッドへ横たわる織原織部が『ドラグーン・ゲヘナ』からログオフし、ゴーグル式PC〈リンクス〉をはずすと、窓の外はすっかり暗くなっていた。
もちろん、あかりをともしていない室内も冥い。枕元の目覚まし時計に目をやると、蛍光塗料の塗られたアナログの文字盤がぼんやりと午后6時42分を示していた。
(もう食堂の開いている時間か)
織部はベッドから起き上がると、寮室に備えつけられたドリンク用の小型冷蔵庫からペットボトルのほの甘い紅茶をとりだして一口飲んだ。
織部の暮らす成城寺学園・麒麟寮は6畳洋間の個室である。トイレ風呂食堂洗濯室は共同で、風呂は午后5時から午后10時、食堂は朝が午前6時から午前8時、夜は午后6時から午后10時までとなっている。
(風呂のあとで夕食だな)
織部がふたたびペットボトルへ口をつけると、ゆさゆさと室内がゆれだした。地震だった。震度2~3と云うところであろう。微細なゆれはすぐにおさまった。
「……これって偶然だよな?」
ペットボトルを冷蔵庫へしまうと、織部はひとりごちて笑った。『ドラグーン・ゲヘナ』の世界でも地震に遭ってきたばかりだった。
ジギゾコネラ火山で狩りをおこなっていたオリベたちのパーティーは、レベル12のドラゴンモドキ9匹と、レベル40の火焔竜ホムラノドゴス3匹、レベル36の吐毒竜ポイズナドクトス1匹を狩った。
火焔竜ホムラノドゴスは、炎のたてがみをもつ竜脚類の紅い有翼竜。
吐毒竜ポイズナドクトスはカモノハシのように扁平で長い口をもち、大きな鼻の穴から毒霧をふきだす鳥脚類ドラゴンである。朱色と空色の迷彩模様がいかにも毒々しい。
古来よりドラゴンは火を吐くものと相場が決まっているので、エンドラ狩りはお手のものだが、ドクドラ狩りは戦鬼むきではない。とくに戦鬼たちのエンドラ用に強化した甲冑は毒攻撃に弱かった。
前衛を魔導師ムードラ、そして遠距離攻撃を得意とする魔装銃妃オフィーリアと魔装剣妃ヨッシー、神装槍鬼ゲオルギウスにまかせたのだが、神装槍鬼シンキとヨッシーはすぐに毒で身動きがとれなくなった。
ヨッシーの魔装音波砲は吹奏楽器のように吹きこんだ息を魔法音波に変換して攻撃する特殊な武器なので、毒霧の中では息ができずお手上げとなる。魔装剣鬼オリベはふたりの毒消しに右往左往した。
下ネタ王子の悪名をもつ魔導師が吐毒竜の毒霧を中和し、ゲオルギウスが神式打突重鉄球で吐毒竜の動きを牽制。オフィーリアが魔装美麗剣銃の必殺技・炸裂蓮華弾で吐毒竜ポイズナドクトスを見事にしとめた。魔装剣妃ヨッシーと神装槍鬼ゲオルギウスのレベルがひとつずつ上がった。
オフィーリアが問いかけた。
「どうする? まだ狩る?」
「とりあえず、レベルアップを果たしたので、拙者としては満足だが」
「ヨッシー、まだまだみんなとバトりたいのら!」
「ドクドラがでるなんて聞いてないよ。甲冑かえないとダメかな?」
「ドクドラの血肉はけっこう魔導師のアイテムと交換できるんだよね。ぼくとしてはもうすこしドクドラを狩りたいところだけど」
「おれ、明日の英文和訳あてられてるんだ。あんまり長時間になると宿題やる時間が……」
「オリベ、ここじゃリアルな話は禁止! 無粋よ」
「プレイ時間の上限って何時間だったっけ?」
「3時間。でも、そんなにプレイしてらんないよね」
『ドラグーン・ゲヘナ』には1回のプレイ時間に上限がもうけられている。建前上は〈1時間プレイしたあとは15分休憩してください〉となっているが、1時間以内ではおさまらないクエストもすくなくない。
しかし『ドラグーン・ゲヘナ』には1回のプレイ時間に上限がさだめられている。3時間未満のプレイでも一旦ログオフすると15分はログインできないし、3時間連続でプレイすると、その後1時間はログインできなくなる。
30分前になると警告画面が表示され、タイムアップまでにセーブしないと、つぎのログイン時には基本装備と所持金以外のアイテムが消去されてしまう(前回いたフィールドから一番近い街の教会で目ざめる)。戦闘中なら、もちろん死ぬ。これまでのセーブデータはおじゃんだ。




