第1章 ドラグーン・ゲヘナ〈9〉
早足でヘビクイワシのレリーフがある小さな廃墟へ先導するムードラのうしろでシンキがたずねた。
「この森の中にヘビクイワシの廃墟なんてあったっけ?」
「いくつか小さな廃墟があったのはおぼえてるんだけど、いろんなところのが頭の中でごっちゃになってるのよね。……マップにも載ってないし」
マップ画面を開いて確認したオフィーリアも首をかしげた。
オンドロイボナの森は初心者むけのフィールドである。レベル10くらいになるまでは、ひたすらここでビクビクしながら狩ったり逃げたりするのだが、レベル25をすぎれば狩り場としてはもの足りなくなる。
「剣鬼や銃妃みたいな戦鬼には無価値な廃墟なんだけど、魔導師はそこで足りなくなったMPをすこしだけ補うことができる。困った時はそこへ逃げこむのが初級魔導師の鉄則なんだ」
「それは知らなかった」
ムードラの言葉にオリベが感心した。
「むう、あれではないか?」
森の奥に白い石柱をかいま見たゲオルギウスが云った。リアルの時とはまったく異なる時代がかった口調だが、このアバターには違和感なくおさまっている。
「そうだね。……みんな、とまって」
先頭をいくムードラがみなを制止した。小さな廃墟のとなりに淡いピンクをベースに黒っぽいレースで周囲をふちどられた小さなゲル(野営用テント)が張られていた。魔装銃妃ヨッシーの〈セーブポイント〉である。
「なんだありゃ? すごい趣味だな」
「かわいいけど、この雰囲気にはちょっとね~」
シンキの言葉にヨッシーと同性のオフィーリアも失笑した。
「レベル14のモモイロコヨーテが3頭、レベル12のリクイソギンが1匹か。たいした相手にかこまれてなくてよかったね。全員でかかる相手じゃない。で、だれが狩る?」
「しからば拙者が参ろう」
神式打突重鉄球をたずさえた神装槍鬼ゲオルギウスが前にでた。
「そんなゴツイ武器で大丈夫? おれかオフィーリアの剣撃でかたづけた方がはやいと思うんだけど」
オリベの言葉にゲオルギウスがチチチと指を横にふった。
「拙者の神式打突重鉄球は複数の相手にこそ威力を発揮する武器なのでござるよ。まあ、ごろうじろオリベ殿」
「それじゃ、お手なみ拝見といこうか」
「うむ」
ゲオルギウスが鷹揚にうなづくと廃墟へひとりで歩を進めた。魔装剣妃ヨッシーのゲルの周りを徘徊しているモンスターたちがゲオルギウスの気配に気づいてふりかえる。
「レベル28、神装槍鬼ゲオルギウス参るっ!」
云うなりゲオルギウスが神式打突重鉄球でリクイソギンをたたきつぶした。
根のような触手をタコのようにくねらせて地べたを這いまわる食人花リクイソギンの肉厚な花弁とその中央に位置する丸い口がビシャッ! と爆ぜて黄色い血が飛び散る。
名前どおりピンク色をした犬科の肉食獣モモイロコヨーテが牙を剥いてゲオルギウスへ襲いかかった。ゲオルギウスに神式打突重鉄球をふり上げる暇はない。
「棘鎖網散華!」
鉄球をおおう無数の棘角が鉄球から飛びだした。鉄球とほそい鎖で連結している棘角が空中で鋭角にまがりながら、3頭のモモイロコヨーテを刺しつらぬいて蜂の巣にした。
「お見事」
モモイロコヨーテの肉と皮、リクイソギンの小さな牙、EP(=経験値)30をゲットしたゲオルギウスが得意げに笑った。




