序章
そぼ降る雨が黒々とした広大な火山を茫漠とけぶらせていた。
かつて濁流のように押しよせて冷えかたまったであろう設定のパホイホイ熔岩が大地へなだらかにひろがっている。
ひびわれた斜面のそこかしこに火砕岩が禍々(まがまが)しいオブジェとなって屹立していた。見た目以上に峻厳な地形である。
黒い山肌の数ヶ所から赤い熔岩流が幾筋も血のようにほそくながれつづけ、その高温で蒸発した雨が白い靄をつくり、ますます火山の全容をおおいかくしていた。
木はおろか風になびく草1本生えていない地獄のような光景である。
そんな火山を征く酔狂な4人の男女がいた。
甲冑の上からフードつきのマントをはおり、腰の左右に風がわりな握り手の大剣を帯びた男がひとり。
ものものしい甲冑の上からマントをはおり、長槍を肩にかついだ兜の男がひとり。
甲冑の上からフードつきのマントをはおり、流線型の剣銃を背負った女がひとり。
皮製の簡易な胴あてにフードつきのマントをはおり、二股の杖をたずさえた男がひとり。
おそらくはこの世界の〈人間〉とよんでよいのだろうが、その顔貌は少々異質だった。
額がすこし突きでていて、短い2本の角、あるいは瘤のようになっていた。瞳も異質である。瞳孔は猫のような縦長で、虹彩は金や碧や翠にかがやいている。
長槍を肩にかついだ長身の男がいらだたしげにたずねた。
「なあクサカベ? ほんとにこんなところへレベル40クラスのエンドラがでるんだろうな?」
「ちょっとシンキ。リアルでよぶのやめてくんない? 私のアバターはオフィーリア!」
魔装美麗剣銃を背負った猫目の美少女が主張した。
魔装銃妃オフィーリア。レベル28。
「エンドラって云っても、ジバシリの1m級、レベル12のドラゴンモドキを5匹倒しただけじゃん。これじゃレベルアップの足しにもならないよ。せめて曲竜類系のドラゴンでもでてくれれば、装甲強化アイテムとか手に入るかもしれないのに」
二股の杖、グルガンドルフ・ロッドをたずさえて最後尾を歩く男もつかれたようすで云った。
魔導師ムードラ。レベル27。雨に辟易して気分は絶賛だだ下がり中である。
「雨って設定がエンドラを出現させにくくしているのかも。火と水じゃ相性悪いし」
先頭を歩く双剣を帯びた男がオフィーリアを擁護した。
「きっとそうだよ! 居酒屋『睡羊亭』でエンドラ装備の戦鬼から聞いた話だからまちがいないって。もうちょっとねばってみようよ」
「……まあいいけど。この景色に雨って気が滅入るんだよな」
雨煙にかすむモノトーンのぐるりを見わたして、シンキとよばれた長槍の男がため息をついた。
神装槍鬼シンキ。レベル31。
「この雨の感じ、リアルすぎるよ」
神装槍鬼シンキの言葉に、グルガンドルフ・ロッドをひきずるように歩く魔導師ムードラが同意した。耳朶にバタバタとひびく雨音が鬱陶しさをいや増す。
「ムネヨシ。魔導師に雨よけの魔法とかないのかよ?」
「あるわけないじゃん。あってもそんな魔法でLPとかMPとか消費したくないし」
シンキに実名で問いかけられた魔導師ムードラが肩をすくめて云った。
「……旱魃の街で雨乞いのイベントとかあるかもよ? 雨とともにスイドラもやってきてバトる! みたいな」
「フフ、意外とあるかも」
先頭を歩く双剣を帯びた男がオフィーリアに追従して笑うと、空をおおいつくす厚い雨雲から目もくらむような雷光がひらめいた。世界が白く染まると同時に、ドドオォォン! と爆音のような雷鳴が衝撃波となってかれらを強襲する。
「うあ~、びっくりしたあ。雷って……!」
身をすくめて耳を手でふさいだオフィーリアが顔を上げると、眼前に巨大な影がせまっていた。ほかの3名も青ざめた表情で武器や杖を身がまえている。
「ウググルルゥ……」
頭上から白くかがやく有翼の巨竜が4人を睥睨していた。
鼻梁から額にかけてふたつのとさかがあり、獣脚類の恐竜を彷彿とさせるフォルムのドラゴンだった。
小さな前足に大きなうしろ足。太く長い尻尾。全身をくまなくよろう白銀のウロコの隙間からほそい火花がチラチラとのぞく。
「エレドラかよっ!?」
神式突刹徽槍の切先を遠い巨竜の額へと向けたシンキの言葉に〈メモリング〉とよばれる左中指の指輪型情報端末でドラゴン・データを照会したムードラが悲鳴を上げた。
「雷電竜ライカギゲルス。しかもコイツ、レベル52だ! ぼくらのパーティーじゃムリだよ!」
「……いきなり退却したらソッコー全滅させられる。大丈夫、慎重にかかればやれるさ」
2本の大剣を両手でかまえた男がしずかに告げた。男の大剣に柄はなく、洋風のこぎりのような握り手がついていた。つまり、握り拳の延長線上に諸刃の剣がのびている。
刀身から握り手にそって、ひじまでをガードする角のような突起がついていた。グリソード(グリップソード)とよばれる特殊な大剣である。
「エレドラは水との相性がいいからな。雨中の戦闘だと攻撃力は増すぞ」
肚の底からふつふつとわき上がる戦闘の高揚感でシンキの口元に不敵な笑みがうかぶ。
「……勝ったら超レベルアップとかできそうじゃん。私とムードラは後衛で防御と援護。オリベとシンキはコツコツとヤツのLPをけずって!」
魔導師ムードラが最後尾でグルガンドルフ・ロッドの鋭利な二股をかたい熔岩の大地へ突き刺した。両手で印をむすび詠唱をはじめると、4人の足元にかがやく円形の魔法陣がうかぶ。
「まずは一発デカイのをお見舞いしてやる。うおおおっ! 双剣旋風斬ッ!」
オリベとよばれた男が2本の魔装斬双覇剣をふりまわしながら、白い有翼の巨竜めがけて斬りかかった。