93 モテる
「あ、お兄ちゃん。ヒヨリさんもこんにちは」
「ハルカさんどうもっすー」
俺とヒヨリはフェリックの馬車発着場の前で待っていたハルカと合流する。
「あれ、他のみんなは?」
「シャルとマコトは市場、キリカはまだお昼ご飯から帰ってきてないね」
そういうわけでキリカが戻ってくるまでは自由にしてていいよとハルカには言われたが、特にすることもないのでしばし雑談することにした。
「――それじゃあヒヨリさんって≪LF≫を抜けてからはほぼソロ狩りなんだ」
「そうっすね。あ、私のことはヒヨリでいいっすよ? 自分はヒヨリさんってキャラでもないんで」
「そう? じゃあ私もハルカでいいよ」
「あー、すみません。良かったら自分からはハルカさんって呼ばせて欲しいっす」
「ん、じゃあそれで」
ヒヨリの申し出をハルカは特に気にした風もなく了承した。
「もしかしてロールってやつか?」
「まあそんな感じっす」
レンほどガチガチのロールというわけではないようだけど、ヒヨリもその口調に少し特徴があった。
もしかしたら彼女が演じているのは、キャラクターというよりは立場なのかも知れない。
「そういえばヒヨリって、お兄ちゃんと『打ち捨てられた墓所』の周回をしたんだよね? そのときのお兄ちゃんってどうだった?」
「どうって、もうヤバかったっすよ。自分はこういうゲームって結構長くやってるんすけど、チトセさんみたいなぶっ飛んだプレイヤースキル持ってる人は初めて見たっす」
「だってさ、お兄ちゃん。良かったね、トッププレイヤーのお墨付きだよ」
「んー、でも俺はまだ戦闘に少し慣れてきたってだけだから、まだまだ覚えることはたくさんあるよ」
それは野球で言うと基本のキャッチボールが上手くなったというだけで、まだ守備とか打撃とか走塁とか、覚えることがまだたくさんある状態に近かった。
ハルカたちみたいに本当の意味でゲームが上手くて、全てを楽しんでいると言えるレベルには遠く及ばない。とはいえ焦っても仕方ないので、一つ一つ覚えて身につけていくしかないけど。
何にせよ出来ることが増えれば、楽しみも増える。それは野球やゲームに限らず、色々なことに当てはまるような気がした。
「いやー本当に謙虚っすね、チトセさんは」
「謙虚というか、お兄ちゃんの場合は上しか見てないだけなんだけどね」
「あー確かにそんな感じっす。向上心の塊みたいな」
二人はそんな風に褒めてくれるけど、俺はただ自分がやって楽しいことをしているだけだから少し照れくさい。
そんな感じで少し話をしていると、キリカがログインしたという通知が出た。
「よし、じゃあみんなを集めようか」
ハルカがそう言ってみんなにメッセージを飛ばすと、ほどなくして全員が集まった。
「ヒヨリはシャルさんと面識あるんだっけ?」
「もちろんっす。ベータテスト時代は凄くお世話になったんで」
「でも正式版でヒヨリさんと顔を合わせるのは初めてですね。市場でポーションは何度か購入していただいていますが」
「いやー、まだ特殊な効果のついたポーションをオーダーメイドする段階まで攻略が進んでないっすからね」
「確かにそうですね。私もまだそうした依頼は誰からも受けていませんので」
ヒヨリとシャルさんは攻略組と生産職のトッププレイヤー同士なのですでに面識があった。
二人は特別仲が良いという感じでもないけど、顔を合わせれば普通に会話するくらいの仲みたいだ。たぶん今の俺とギョクみたいな関係に近い。
「そういえばチトセさん、どうしてシャルさんだけさん付けしてるっすか?」
「どうしてって言われても、なりゆきというか……落ち着いてて頼りになる大人の女性みたいな雰囲気があるからかな」
「あら、私は頼りにならないかしら?」
「いやキリカのことは凄く頼りにしてるけど、キリカの方から最初に呼び方を決めてくれたからな」
年上のキリカがそんな風に少しからかうように言った。というかそれを言い出したらキリカだって最初の頃はしばらく俺に敬語で話していただろうに。
「そういうことでしたら、そもそもシャルというのは愛称なので、チトセさんさえ良ければ呼び捨てにしていただければと」
「ああ、わかった。それじゃあ、シャル…………さん」
「はーいやめやめ! ヘタレなお兄ちゃんを見てるこっちが恥ずかしいからねー」
「いや違うんだって! もう一回! もう一打席だけチャンスを下さい監督!」
「誰が監督か!」
ハルカのツッコミにみんなが笑う。
俺の中ではすでにシャルさんで刷り込まれていたから、呼び捨てにすることに強烈な違和感があっただけで、だから決して俺が照れているとかヘタレだとかいう訳ではないのだ。と、俺はそう必死に弁明したが、結局ハルカ監督にチャンスは貰えなかった。
まあそんな俺たちのやりとりを見て他のみんなが笑ってくれたので、場の雰囲気はだいぶ和やかになった。たぶんヒヨリもこのメンバーに打ち解けやすくなったんじゃないだろうか。狙ったわけではないけど。
「それじゃあまず調査団の施設にクエスト受けに行こうか」
そのまま自然な流れでハルカがそう言うと、みんなそれぞれ返事をして先導するハルカについていった。
そうして俺がみんなの最後尾を歩いていると、それに気づいたマコトが少しスピードを落として俺の横に並ぶ
「マコト、どうかしたのか?」
「いえ、別に何かあるわけじゃないんですけど」
前を見てみると、ヒヨリとキリカが何やら攻略に関する会話をしていて、先頭ではハルカとシャルさんがヒーラーについての会話をしていた。
「なるほど、余りもの同士か」
「そうですね、そんな感じです」
マコトはそんな風に優しい嘘をついた。
ゲームの知識がない俺と違って、マコトだったら問題なくキリカとヒヨリの攻略談義に混ざれるだろうに。
それでもマコトは俺が一人なことに気付いて、気を遣ってくれたのだ。
「マコっちゃん、学校でモテるだろ?」
「えっ、いえっ、全然そんなことはないです!」
俺がそう言ってからかうと、マコトは顔を真っ赤にして慌てながら否定する。
真面目で必死な感じが可愛らしくて実に男子からモテそうだった。
「というかモテるという話なら、ハルカの方がずっとモテてますよ」
「あー……あいつの外面の良さは奇跡の領域だからなぁ。でもあれ、実は仮面なんだけどな」
「そうなんですよね……ってチトセさん、よく普段のハルカのこと知ってますね?」
「そりゃまあ、一応兄だからな」
そもそも高校に入るまではずっと同じ学校だったし、毎日家では顔を合わせていたのだから、知らないわけがない。
「でもハルカは、チトセさんは野球にしか興味がない、って思ってるみたいでしたよ?」
「いやそれは……否定出来る要素がないけど」
「小学校の頃はよく『お兄ちゃんが構ってくれない』って拗ねてましたし」
「それも全部俺が悪いな」
ハルカが何か話しかけてきても「野球の練習があるからあとで」といって家を飛び出していたのが当時の俺だ。もちろんその「あとで」は二度と訪れなかった。
そんなことを何度も繰り返していたのだから、ハルカが俺はハルカに興味がないのだと思うのは当然だったりする。
「でも本当は昔から、ハルカのことを心配して気にかけてたってことですよね?」
「いや、そんな立派なものじゃないよ。ただ普段のハルカを知っていたってだけで、何かをしてやったわけでもないし」
「それでも本当のことを言えば、ハルカは喜ぶと思いますけど」
「確かにそうかも知れないけど……今さらそんなことを言っても格好悪いだろ?」
今さら過去のことをどう言い繕ったところで結果は変わらないのだから、それはただの言い訳にしかならない。全ては行動と結果で示すしかないのだ。
野球でも口先だけで勝ちたいと言ったところで誰にも信頼されない。黙々と練習に打ち込んで泥だらけでグラウンドに倒れている人間の中で、結果を残せた人間だけが信頼される。
そして俺はハルカには何も兄らしいことをしてやれていない。それが全てだ。
「ふふふ。それでこそチトセさんって感じですね」
「まあ何も成長してないって話だけどな」
「私は良いと思いますよ。言葉より結果で語るというのは不言実行というか、背中で語るみたいで格好いいですし」
「そんなに持ち上げてもクリスマスまでは何も出ないぞ」
「別に今欲しい物は特にないですけど……でも、そうですね。それならチトセさんは、ハルカが満足するまでは一緒にこのゲームで遊んであげてくださいね」
……なるほど。
マコトが俺に言いたかったのは結局のところ、その一言だったのか。
俺たち兄妹のことも、マコトは昔からしっかりと見ていたに違いない。何だかんだいってもハルカにとってマコトは唯一無二の親友なのだから。
「やっぱりマコっちゃん、モテるだろ」
「だからモテませんって」
俺が軽くそう言ってからかうと、今度はマコトも軽く呆れた調子で返すのだった。